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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~

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ミーティアはカフェでため息を吐いていた。どうしてこうなってしまったのか、教えて欲しいものだ。元はと言えば、自分が蒔いた種だとわかってはいても、こうもタイミング良く出会うなんて、どう考えてもおかしいだろうと思っていた。

正面ではジルベルトが憮然とした表情をしているし、右隣りに座ったナンシーは顔を俯けたままだし、ジルベルトの隣に座っているトビアスは笑いをかみ殺した微妙な表情だし、左隣に座っているルシアンは優雅に紅茶を飲んでいるし……。

事の発端は、ヴァランタイン侯爵家で偶然出会ってしまったルシアンの馬車に、半ば強引に乗せられたことから始まる。王都を案内すると言ったルシアンは、宣言通り、馬車から様々な場所を案内してくれた。王城に始まって、王立図書館や美術館、そして見事な噴水広場……確かにミーティアが目にするのは初めての場所ばかりで、馬車の窓から何度か感嘆の声を上げた。それに気を良くしたのか、以前カークスが連れて行ってくれた、目抜き通りへと馬車は進み、そこで降りてお茶でも……と、ある店先で話をしていたところに、ジルベルトとトビアスがその店から出て来たのだ。

その時のジルベルトの顔は、一瞬呆けた後、ミーティアに笑いかけようとしてルシアンを認めると、憮然とした表情になり、以来ずっと仏頂面だった。

「ジ、ジルベルトお兄様はどうして目抜き通りにいらしてたんですの?」
このよくわからない雰囲気をもう少し和やかなものにしたくて、ミーティアはジルベルトに話しかけた。

「……」
「ペンを買いに来たんだ、羽ペンの替えが欲しくて。ねえ?ジルベルト」
代わりにトビアスが返事をしてくれる。
「へ、へぇ……そうだったんですの」
「ミーティア嬢は、なぜ、ルシアン卿と一緒にいたんです?」
「それはですね……」
ミーティアは掻い摘んで説明するが、ジルベルトの眉間の皺は更に一段階深くなった気がする。

「レディミーティアはこの後我が家に来るんですよ、ねぇ?」
「ええ、後見人であるヴァランタイン侯爵家にご挨拶に伺う予定ですの」
それを聞いたジルベルトは、ミーティアをギロリと睨んだ。

「我が家への挨拶はなしか?ミーティア嬢」
「そんなつもりは……ただ、明日が入学式なので、日を改めてお伺いしようかと思っておりま……」
「駄目だ」
ミーティアの説明に被せ気味にジルベルトは拒否を表明した。

「だ、駄目だと言われましても」
ミーティアは困惑した。通常、貴族の家に訪問する場合、数日前にお伺いの手紙を送るのが礼儀とされている。どうしても急ぎの場合でも、先触れを出すのが礼儀だ。相手は客人を招く準備をせねばならない為、前もって知らせておくべきで、いきなり訪問するなど、いくら親類の家とはいえ、あまりいい印象は持たれないだろう。
ただでさえ、オルヴェノク伯爵家には迷惑をかけているのだ、これ以上、評判を落としたくはない。

「今日は、寮で夕食は出ないんじゃないのか。それならうちで食べるといい。俺が帰って知らせておくから」
「そんな……勝手に決めないでください、ジルベルトお兄様」
「否は認めない、夕食の時間に待っているからな。それでは失礼する、トビアス、行くぞ」
「ちょっと、ジルベルト!いくらなんでも強引過ぎるんじゃない?」
トビアスの抗議にも耳を貸さず、代金をテーブルの上に叩きつけるように置くと、ジルベルトはさっさと店を出て行ってしまった。

「ふぅ……いつもはもうちょっと冷静なんだけどね」
トビアスがため息を交えて呟く。

あれのどこがいつもはもうちょっとなのだ、大体、半年前といい、ジルベルトはなんでああいう態度しか出来ないのか、ミーティアには不思議でならなかった。

「ジルベルトお兄様は、学園で何か不満でも抱えていらっしゃるんでしょうか……?」
ミーティアのその言葉を聞いて、トビアスは吹き出した。

「ぶふっ……ミーティア嬢、それ、本気で言ってるの?」
「?……何かおかしいですか……?」
ミーティアが真顔で答えると、トビアスは肩を竦めた。

「ジルベルトは学園には不満はないと思うよ、寧ろ楽しみにしていたんじゃないかな」
君が来るのをね、とトビアスは心で答える。

「楽しみにしていた……なんだか謎解きのようですわね」
「そのうちわかると思うよ。僕もそろそろ失礼するね、ルシアン卿、ミーティア嬢」
「ええ、学園でお会い出来るのを、楽しみにしております」
ミーティアは立ち上がって礼をしようとしたが、手で制されたので目礼のみを交わし、トビアスは去って行く。

「あの、そろそろお伺いしようかと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうだね、あのお二人のせいで、よくわからないうちに時間が経ってしまったけれど、行こうか」
ミーティアとナンシー、そしてルシアンは連れ立って店を出た。

そしてまた、ヴァランタイン侯爵家の馬車に揺られて、屋敷へと向かう。

侯爵家の屋敷の玄関に、馬車が横付けされ、ルシアンに続いて馬車を降りると、壮麗なお屋敷に思わず感嘆の声を上げた。

「美しいお屋敷ですのね……」
三大侯爵家の一つ、ヴァランタイン侯爵家の屋敷は、白亜の館で、赤い屋根がアクセント代わりになっている。
「そうかな?僕にとっては普通だけれどね」
大して興味もなさそうに、ルシアンは自分の屋敷を見上げる。すると、玄関の扉が開かれ、この家の執事が深々と礼をしてこの家の息子を出迎えた。

「お帰りなさいませ、ルシアン様……こちらのご令嬢は?」
「ただいま、ダドリー。こちらはマッコール伯爵令嬢だよ、父上に会いにいらしたんだ」
「伺っております。ようこそお越しくださいました、マッコール伯爵令嬢、ミーティア様。旦那様がお待ちでございます、どうぞ」
「はじめまして、ミーティア・マッコールと申します、こちらは侍女のナンシー」
ミーティアが淑女の礼をして挨拶をした後に、ナンシーも深々と礼をして執事に挨拶をした。

「これはこれは。ご丁寧な挨拶、恐悦至極に存じます。ささ、どうぞ」
「ありがとうございます、お邪魔いたします」
ダドリーに案内されて、ギルバートが待つ応接間に向かう。てっきりルシアンも来ると思っていたのに、ルシアンはさっさと階段を昇って行ってしまった。

ゲーム設定通り、あまり家族とうまくいってないのか、とミーティアは思う。彼の孤独を埋めるのはヒロインの役目であって、自分ではない。冷たいようだが、あまり深入りしてはいけない。なぜなら、あくまで自分は傍観者だからだ。物語の舞台に上がるのは、自分ではない。その辺は弁えなくちゃねとふかふかの絨毯の上を歩きながら、ミーティアは思っていた。

応接間に案内されると、ギルバートと夫人であるアナベルが座っていた。ミーティアはカーテシーを披露して、ギルバートの許可を得て、ソファに座る。ナンシーは扉の外で待っていた。

「ご無沙汰しております、ギルバート様。そしてはじめまして、アナベル様」
「久しぶりだね、ミーティア。もう立派なレディだ。」
「はじめまして、ミーティア様。こんなに可愛らしいお嬢さんだったのね。うちは女の子がいないから、こんな可愛らしい娘がいたら、毎日楽しかったでしょうに」
「そんな……」
お世辞を言われ慣れていないミーティアはポッと頬を赤らめる。

「あらあら、益々可愛らしいわ、ねえ、あなた」
「そうだな、うちは息子しかいないからな。たまには顔を見せに来ておくれ、アナベルが喜ぶ」
「はい、ぜひお伺いさせていただきます」
ミーティアは微笑むと、傍らの包みを夫人に差し出した。

「あら、これはなぁに?」
「我が領地で新しく織り上げた生地をショールに仕立てた物です。いつもお世話になっているお礼と言っては恐縮なのですが、お使いいただけたらと思ってお持ちしました」
「開けてみてもいいかしら?」
「はい、お気に召していただけると嬉しいのですが……」
ヴァランタイン侯爵夫人はルシアンに良く似ていて、少し垂れ目の濃いブルーの瞳を持つ、優しい雰囲気のご婦人だった。

「まぁ……美しいわ。これを私に?」
「はい、お使いいただけたらと思いまして」
ミーティアは領地の借金のことを一日たりとも忘れたことはない。このショールを気に入ってもらって、夜会にでも身に付けてもらえれば、それだけでよいプレゼンになることを見越して持参したのだ。それに気づいたギルバートは、苦笑交じりにミーティアを見ていた。

「ミーティアは相変わらずしっかりしているな」
「恐れ入ります……」
ギルバートにあっさり真意を見抜かれて、少々居心地が悪いが、ヴァランタイン夫人は全く気付くことなく、素直に喜んでくれているので、それはそれでよかったとミーティアは思っていた。

「あなた、早速次の夜会で、これをドレスの上に羽織ってみようと思うのだけれど、どうかしら?」
「いいんじゃないか。君に良く似合うと思うよ」
「うふふ……夜会に行くのが楽しみね」
こんなに良い両親がいるのに、なぜルシアンがああなのか、ミーティアには不思議に思えた。少なくとも不仲には見えないし、どちらも良識のある人たちだと思えるーーーまぁ、内情は他人には伺えないものだ。我が家だって、他人から見れば憐れまれてもおかしくはないかもしれない。それなりに幸せではあるのだが。

和やかに応接間で歓談していると、ミーティアに迎えの馬車が来たと執事のダドリー告げた。

……迎えの馬車?ミーティアの頭の中で?マークが浮かんでいると、オルヴェノク伯爵家の馬車にございますと補足され、ミーティアは仰天した。

「そうか、このまま我が家で夕食をと考えていたんだが、オルヴェノク伯爵家は君の母上の実家だったね。親類にも挨拶に行かなくてはならないだろう。また改めて夕食に誘わせてもらうよ」
「残念ね、もう少し、お話したかったのに……今度また、ゆっくりいらしてね」
まさか、本気で、しかも逃げ道までがっちりと塞ぐとは、一体何を企んでいるのか。ミーティアは若干引き攣った笑顔で挨拶をすると、ヴァランタイン侯爵夫妻に別れを告げた。

ダドリーの案内で玄関ホールへ行くと、オルヴェノク伯爵家の侍従が待ち構えていた。

「お嬢様、お迎えに上がりました」
「ありがとう。では、ダドリー殿、ごきげんよう」
「またのお越しを心よりお待ちしております」

ナンシーと共にオルヴェノク伯爵家の馬車に乗り込むと、先ほどの仏頂面がそのままの表情でそこに座っていた。
「ジルベルトお兄様……」
「その気持ち悪い呼び名はやめろ」
「もう、いい加減にしてくれない?気持ち悪いって言われたって、他の人の手前、愛称で呼ぶ訳にいかないでしょうが!!大体、自分だって『ミーティア嬢』って呼んでたじゃないの。こっちだって気持ち悪かったわよ!」

ミーティアとジルベルトのやり取りを、ナンシーと侍従が驚愕の表情で見ているが、もう気にしてはいられない。さっきから、というより、半年前のあのやり取りからのうっ憤が爆発したのは仕方ないと思う。

「相変わらず倍にして返してくるな、淑女ぶったって似合わないんだよ」
「似合うとか似合わないとかの問題じゃないでしょう!私にだって立場ってものがあるのよ?どうしてわからないの?」
「それぐらい、俺だってわかってる。だが……」
「だが……って、なんなのよ!」
もう、本当に何なのだ、この従兄は!確か、頭脳明晰、容姿端麗って話じゃなかったっけ?どうして頭脳明晰がこうも子供のように聞き分けがないのか、信じられない。た、確かに……容姿端麗ではある……けれども……。

ジルベルトは苦しそうな表情をしたまま、黙り込んでしまった。だが、の続きはいつまでたってもジルベルトの口から語られることはない。ミーティアもそれ以上、何かを言う気にはなれず、黙って窓から外を眺めた。

気まずい空気のまま、馬車はオルヴェノク伯爵家へと向かっていた。




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