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少女期~淑女の嗜みと領地について~

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その日から、ミーティアは与えられている部屋に籠っていた。

書物を片手にトンカチを使い、分けてもらった鉱石を崩していく。
更に擂粉木棒すりこぎぼう擂鉢すりばちを使って粉末にしていくのだが、どうもうまくいかなかった。ミーティアは腕を組んで唸っていた。

(本当はあれよね、乳棒と乳鉢が必要なのよね、きっと)
理科の実験以来使ったことはないが、今のミーティアに必要な物はそれだった。乳鉢はともかく、乳棒が欲しい。かなり、切実に。

他に代わりになる物が見当たらないのなら、作るほかないのだろうか……。あともう少しで実現するというのに、現実は容赦がない。
擂粉木棒すりこぎぼうでは、どうしても木の破片が混入してしまうのだ、鉱石のほうが硬いのだから仕方がないのだが、陶器の棒ならその心配も少なくなるだろう。

ミーティアは考えた、考えた末に……。
いっそのこと、石臼を使ってみてもいいのかもと考えた。乳棒をわざわざ作らなくとも、石臼ならば手に入りやすいし、試す価値はあるだろう。
祖父に頼んで石臼を手配してもらうと、あっさりと手に入った。

さすがに部屋で回す勇気はなかったので、庭師の使っている物置を借りて石臼である程度細かくした石を挽いてみる。すると……。

(やったわ、これならきっと大丈夫!)
借金返済と、王立学園入学と学費の為に、ミーティアは商品化するべく、祖父母の元へと走ったのだった。

*****

結論から言うと、ミーティアの目論見は見事に当たった。

それは空恐ろしいほどの勢いで社交界のご婦人たちの間で大流行した。もちろん、祖母や、伯母であるオルヴェノク伯爵夫人の見事なプレゼンのお陰もあるだろうが、何より王妃様の目に留まり、お気に入りになったことが大きい。

ミーティアが拾い上げた石は雲母だった。現代では一般的だが、ミーティアのいる世界では、その価値を見出した者はいなかった。電力がある世界であったなら、マイカとして流通していたかもしれないが、あいにくこの世界に電力はない。
雲母は化粧品に使われる、パール成分だ。アイシャドウやパウダーに使われている、ラメのようにキラキラ光る、アレである。ミーティアはそれを白粉に混ぜて使う物として売り出したのである。

試作を繰り返しつつ、量産化に向けてマッコールとオルヴェノクの間を何度も往復したし、アフォ下ぼ……もとい、父であるニールや母のグロリアも喜んで手を貸してくれた。

このことはオルヴェノクとマッコールだけに秘匿され、オルヴェノクが掘り出した物をマッコールが加工し、王家への献上品として、また王都の貴族婦人たちが抱える商人のところへと納品されていった。



*****



オルヴェノクの領地で過ごして一年と少しが経過した。

ミーティアはすでに9歳となっており、ジルベルトは11歳を迎えていた。

オルヴェノクの血筋は大柄な者が多く、ミーティアは当初、ジルベルトがもっと年上だと誤解していたのだが、2歳違いだったとわかったのはいつだったか。


二人は屋敷から程近い、小高い丘の上でぼんやりと過ごしていた。


「ねぇ、ジル」
「なんだ」
「あっという間だったわねぇ……」

ミーティアは感慨深げに告げた。

明日にはジルベルトは王都へ向けて出立する。ミーティアより一足先に王立学園に入学するためだ。

「エマが来るのは当分先だな」

ミーティアはジルベルトにミドルネームで呼ぶことを許していた。そしてジルベルトも愛称で呼ぶことを許した。それほどにこの従兄とは、いつの間にか打ち解けていた。

「そうね、でも……」
「でも?」
「きっと、あっという間よ」
ミーティアはそっと微笑んだ。

「そうだな……」
ジルベルトはどこか遠くを見つめながら言葉を返す。

「なぁ?」
ジルベルトの呼びかけに顔を向けるミーティア。

ミーティアの顔を眺めたジルベルトは、結局意味のある事は何も言わなかった。

「……いや、なんでもない」
「……変なジル」
「そうだな」
「どうしたの?益々変なんだけど?」
ミーティアが怪訝な顔をすると、ジルベルトはミーティアの頭を軽く小突いた。

「ちょ……何すんのよ!」
「あはは……」

ジルベルトを軽く睨んだミーティアだったが、そんなやり取りもしばらく出来ないのかと思うと、寂しさは否めなかった。

「明日は、見送らなくていい」
「は?なんで?」
「いいから、いいと言ってるんだ」
「どうしてよ?……あ、わかった、ジルったら寂しいんでしょ?」
その言葉にジルベルトが無表情になる。この従兄は核心を付くとなぜか無表情になることを、ミーティアは既に知っていた。

「ごめん……」
ミーティアが俯いて謝ると、ジルベルトがこちらをじっと見ている気配がした。

「また会えるだろ?だから、見送りはいらない」
ジルベルトの声がほんの少し、震えていることに気付いたミーティアは、黙ってコクリと頷くのだった。


*****

ジルベルトの出立を、窓からそっと見送ったミーティアだったが、カント夫人の教育や雲母の採掘にと忙しい日々を送るうちに、ジルベルトのいない日常に慣れていった。

淑女教育も終盤に差し掛かっていたらしい、ある日のこと。

「ミーティア様、もう私がお教えすることはございませんわ」
「ほんとうですか?!」
ミーティアが聞き返すと、カント夫人はにっこりと頷いた。

「今のミーティア様なら、どちらの夜会にお出ましになっても恥ずかしくないでしょう。実際にご出席なさるのはまだ先ですので、あくまで例えではありますが」
カント夫人の言葉に、ミーティアは感激のあまり、目が潤んできてしまった。

「コホン……老婆心ながら、一言ご忠告申し上げますと、人は忘れる生き物です。時々は私の言葉を思い出し、我が身を振り返ってみることをお忘れなきように」

「かしこまりました、夫人のおことば、しかとむねにきざんでおきます」
カント夫人は大きく頷くと、目に光るものを浮かべながら、そそくさと部屋を出て行った。

こうしてミーティアのオルヴェノク領での生活は終わりを告げた。元々、淑女教育のために預けられていたのだから、それが終わればこの地を去るのは当たり前のことだった。

祖父母に優しく見守られ、従兄やハリーと過ごした日々は楽しかったが、ミーティアのいるべき場所はマッコール領であり、父母とロビンの待つ屋敷である。

「また、いつでもいらっしゃい。あなたの大好きな木の実のクッキーを用意して待っているわ」
祖母が柔らかく抱きしめてくれた。
「腕が鈍らんように、たまには来るんだぞ、鍛えてやるからな」
祖父はその大きな手で、ミーティアの頭を優しく撫でてくれた。

祖父は乗馬の他に、剣も教えてくれていたのだ、母と同じように。

二人に見送られながら、ミーティアは馬車へ乗り、後ろ窓から、祖父母に手を振った。

手を振りながら、二人の姿が滲んでしまって、もっとよく見たいのに見えなくなってしまって、そのことが悲しくて、ミーティアは更に涙を零したのだった。












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