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最終章.4
しおりを挟むあれから数ヶ月後。季節は春になった。
「パレス、すごく素敵よ」
「それを言うなら、リリーアンのほうがずっとずっと綺麗よ」
狭い寮の部屋は、ボリュームのあるドレスを着た私とパレスでいっぱい。
ベッドやチェストは部屋の隅においやり、できるだけスペースを作ったというのに、気をつけなければお互いのドレスを踏んでしまいそう。
今夜開かれる夜会に出席するため、私の部屋でお互いを着飾りあっているけれど、つい数日前までは目も回るような忙しさだった。
騎士団がシードラン副団長を捕縛し、罪を連ねた供述書を作ったのはそれから数時間後のこと。
それを持って、私達は各領地へと馬車を走らせた。
領主は王太子のパレードで全員王都に集まっていたため、書類を隠したり処分する間もない。
私達を出迎えた執事や使用人は顔を青くしおろおろするばかり。
なかには「主人がいないときに勝手なことはできない」と頑なに首を振る強者もいたけれど、国王陛下の印が押されている証書を見せれば引かざるを得ない。
使用人の中には税率を偽っていたことを知っている者もいて、証拠を隠されそうになったりとすべてが順調にいったわけではないけれど、最終的には大量の不正の証拠を持って帰ることができた。
できたのはいいけれど、そこからが大変。
まずは領民から徴収した税がいくらかになるかを調べ、それと国へ届け出た金額を比べ、いくら横領したかを計算しなくてはいけない。
符合する年もあれば、そうでない年もあったりで、二十年遡り確認することになった。
突合する項目は多種多様に及び、目も頭も痛い。
私達が必死で、それこそカンテラの灯を頼りに膨大な数字と格闘している間、騎士によって軟禁状態になった領主達は脂汗を流していたそうだ。
すべてが終わり、まとめ上げた書類を宰相様が議会に挙げたのが一昨日。
昨日には騎士団が軟禁していた領主含め、不正に加担した使用人を捕縛した。
捕まった領主は六人。領地持ちの貴族の数が四十名なので、約七分の一に当たる数だ。
我が国には三大公爵についで五大侯爵がいる。
その一人がシードラン副団長の実家のドラフォス侯爵家。
どうやら今回のことは、ドラフォス侯爵家が自分の派閥を増やし、貴族議会においての地位を高めるのが目的だったらしい。
美味しい話――税金の横領の仕方を教える代わりに、自分の派閥に入るよう貴族を囲っていったようだ。
現ドラフォス侯爵様はシードラン副団長のお父様。
高齢のため数年後には息子に爵位を継がせるつもりだったようで、それまでにドラフォス侯爵家の地位を確固たるものにしたかったのが理由。
ちなみに、宰相様のご実家であるサイテル侯爵家と、騎士団長のバーディア侯爵家は、五大侯爵の中でも頭ひとつ飛び抜けていて、三大公爵家に次ぐお立場。この二つの侯爵家に対抗したかったのではないか、というのが騎士団の見解だ。
罪を犯したドラフォス侯爵家については、今回の犯罪に加担していなかった親族が継ぐことになった。
そのほかの領地についても、同じように縁戚が継いだり、隣地の貴族領に吸収されることが決まっている。
そして今回の税率改ざんについて、どうして前任者は気づかなかったのか、というのもひとつの争点となった。
前任者の女性文官の実家が税率改ざんに関わっていたことは判明したけれど、彼女はそれについて深くは知らなかったらしい。
ただ、納税に関して不審な点が見つかれば、宰相様に報告する前に実父に伝えるよう念押しされていたという。
そのことにずっと不信感を抱いていた彼女は、子供ができたのを理由に文官を辞めることにした。正義感の強い方で、父親の命令と良心の呵責に苦しんでいた、というのは彼女と会った宰相様から聞いた話だ。
彼女の嫁ぎ先が国防の要である辺境伯家で、夫である辺境伯からの口添えもあり前任者についてはお咎めなしということになった。
辺境伯に対して「愛妻を助けた」という恩を売る形で話を着地させたそうだ。
そんな濃密な数ヶ月を、閉ざされた部屋で書類を睨めっこして過ごした私は、今夜いきなり煌びやかな世界に放り込まれてちょっと……いえ、かなり戸惑っている。
着飾った私達を迎えに来た馬車に乗って辿り着いたのは、バーディア侯爵邸。
国政がバタバタしていたせいで遅れてしまったけれど、今日の夜会はルージェックがバーディア侯爵の養子となったことをお披露目するために開かれたもの。
広いバーディア侯爵邸の一角にある夜会専用の会場は、お城のものよりは少し小さいけれど煌びやかさは負けていない。
開けられた扉の向こうに見えるのは、大きく繊細な造りをしたシャンデリア。
灯された光がクリスタルをキラキラと輝かせ、大きな窓には見惚れるような彫り物がされている。花瓶には大輪の薔薇が活けられていた。
それらを背景に、私を見つけたルージェックが大理石の床をカツカツと鳴らしながら近づいてきた。豪奢な背景も相まって、いつもよりキラキラが増すその顔が眩しい。
「迎えにいけなくてごめん。とても綺麗だよ。リリーアン」
「ありがとう。また、ドレスを贈ってもらえるなんて思わなかったから驚いたわ」
この前もらったドレスで充分なのに。
夜会の日程が一ヶ月以上前に決まったこともあり、ルージェックは今度はオーダーメイドで私にドレスを仕立ててくれた。
決闘から半年たち、そろそろ婚約者の振りもやめていい頃なのに。
それに、このドレス、前回よりもずっと華やかで豪奢なのだ。
そもそも生地が外国から取り寄せた珍しいもので、動く度にライトグリーンの生地がオーロラのように色を変える。オフショルダーの胸元は小さなダイアで縁取られ、段違いにあしらわれたフリルが華やかさを演出している。
明らかに衣装負けしているのに、ルージェックは私を見て嬉しそうに目を細めた。
その笑顔に、勝手に鼓動が早くなってしまう。
「ねぇ、ルージェック。私にはなんの一言もないのかしら」
「ああ、パレスいたのか。オリバー様は少し遅れてこられるそうだ」
「いたわよっ! 仕事が忙しいらしく、自分が行くまではリリーアンと一緒にいるようにって念を押されたわ」
半目でルージェックを睨むパレスに、ルージェックは肩を竦め笑った。
こうしていると学生時代に戻ったようだ。
私達は広間に入り、ルージェックの案内で食事が並ぶテーブルへ案内された。
「俺は義父と挨拶周りをしてくるからここで食べながら待っていて欲しい。そのうちオリバー様も来られるだろう」
「ええ。分かったわ。私達のことは気にしないで」
「ちゃんとリリーアンを守っておくから、安心していってらっしゃい」
もう私は命を狙われていないはずなのだけれど。
首を傾げた私に、パレスは「まだその段階なの?」と呆れながらお皿を手渡してくれた。
テーブルには小さくカットされたケーキにプディング、マドレーヌやドライフルーツ。おまけに目の前にはプチシュークリームのタワー! なんて素敵な眺めなの。
頭を使い過ぎて糖分不足の私の目には、すべてのデザートが輝いて見えた。
それらを少しずつお皿にとって、パレスとお喋りしながら食べるのは本当に幸せで。疲れた身体に甘味が染み入ってくる。
頬に手を当て堪能する私を、遠くからルージェックが眺めていたなんて気づけるはずもなく、私はただ、甘味を摂取することに夢中になっていた。
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