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最終章.3

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布がボワっと燃え上がり、中のものが炎の奥に黒いシルエットとして映る。
 金は燃えないけれど溶ければ刻印が分からなくなってしまう。

「はは、これで証拠は何もない。せっかく海から戻ってきたところ悪いが、今度はとどめをしっかり刺すか」

 そう言ってシードラン副団長は剣を抜くと、私に切り掛かってきた。 

 こうなることを予想しなかったわけではない。
 それなのに、迫ってくる姿に腰が引け足が動かない。自分に対して向けられた明確な殺意が私の足を床に縫い付けた。

「リリーアン、ふせろ!!」

 その声にハッとし頭を抱えて床にしゃがみ込むと、頭上でカキンと金属がぶつかる音がした。
 
 意表を突かれたように副団長の顔に驚きが浮かぶも、すぐに頭を切り替えたようで、飛び出してきたルージェックをニヤリと見やる。

「俺に勝てると思っているのか?」

 剣を握る腕にさらに力を込め、ルージェックをギリギリと押し込んでいく。

 シードラン副団長のほうが頭ひとつ分背が高い上に、腕力には大きな差がある。
 必死な形相のルージェックに対し、副団長は笑みを浮かべる余裕すらあった。

「宰相様の部屋にあった資料を燃やしたのはあなたですね。もう言い逃れはできませよ」
「証拠は? 釦はもうない。あるのはそこの女の推測とカージャスの戯言だけだ」

 ガッと鈍い音がしてルージェックが剣を払いのけた。それにはシードラン副団長も眉を上げる。でも、相変わらず余裕があるようで、フッと肩を上げ笑いを零す。

「いい腕だ。騎士団にくるか?」
「義父にも誘われましたが、お断りします。それに最初からあなたに勝てるとは思っていません」

 ルージェックが背後を見やると複数の騎士が現れた。
 その中には騎士団長やオリバー様の姿もある。

「無防備のままリリーアンを部屋に入れるわけないでしょう。リリーアンを助けたのは俺です。ここに来る前に義父に会い、リリーアンがパレードに行けないこともテオフィリン様に伝えています」

 私とルージェックはまっすぐこの部屋にきたわけではない。
 バーディア侯爵邸へ行き事情を説明し、きちんと根回しをしてから来た。

 私の部屋にいるシードラン副団長を、すぐに騎士が取り押さえることもできたのだけれど、金の釦が副団長のものだという確かな証拠が欲しかった。

 シードラン副団長の狙いは特定の領地の書類を燃やすこと。
 シードラン副団長捕縛後すぐにそれらの領地に踏み込まなければ、税率改ざんの証拠を揉み消される恐れがある。

 騎士全員に正装を持って来させ消去法で釦の持ち主がシードラン副団長だと分かったとしても、落としただの失くしただの言い訳されたり、黙秘されることもある。

 犯人だと断定するのに時間を取られれば税率改ざんの証拠が隠蔽され手に入らなくなるかもしれない。

 そこで、私ひとりなら油断して本当のことを言うかも知れないと考えた。
 小娘相手なら誤魔化し切り抜けるより、全部話して証拠隠滅――この場合私も含めて――のほうが、シードラン副団長には簡単で安全だろうから。

 ルージェックは最後まで反対していたけれど、私が頑なにその役割を譲らなかったので、危ない時はすぐにかけこむという約束で納得してもらった。

「俺を嵌めたのか。いや、だが証拠はもう火の中。今頃は溶けて……」 
「証拠ならここにありますよ」

 私はポケットから刻印の入った金の釦を取り出し、それが分かるように副団長に見せた。

 ルージェックが現れた時よりも驚いた顔で私の手にある小さな釦と暖炉を交互に見る。

「不審者騒ぎの翌日、私が庭でシードラン副団長にお会いしたときに話した『テオフィリン様から頂いた金の釦』は女性のワンピースで一般的に使用されるものです」

 不審者が飛び降りた窓の下にある庭先で、あれやこれと拾うテオフィリン様を見たシードラン副団長は焦ったことでしょう。
 さらに、私に「金の釦を貰った」と言われては、昨日落とした自分の釦と勘違いしたのも頷ける。

 カージャスに濡れ衣を着せ、謹慎処分にしたのもおそらく副団長。孤立したカージャスに接近し、唆し、利用して私を海に流したあと釦を取り返そうとした。

 もし、カージャスのしたことがバレてもシードラン副団長にお咎めはない。
 完璧な計画だ。

 だけれど、実際に私が刻印入りの金の釦を貰ったのはパレードの前日。昨日のこと。
 もちろん釦はベッド横のチェストになく、ずっと私のポケットの中だ。

「話はゆっくり聞こう。おい、シードランを連れていけ」

 騎士団長の声にオリバー様が真っ先に動き、シードラン副団長の手を取った。
 私とルージェックは連れ去られるシードラン副団長の後ろ姿を寮の前で見送った。

「……無茶をしすぎだ」
「ごめんなさい。背後にルージェックや騎士がいると分かっていても怖かったわ。助けてくれてありがとう。それにしても、あのシードラン副団長に力負けしないなんてすごいわ」

 逞しいけれど痩身のどこにあれほどの力があったのかと思う。
 するとルージェックは私の頭をポンと叩き、コツンと額をつけてきた。軽い痛みが触れた場所に走り、熱をもつ。

「背後にリリーアンがいるのに、膝をつくなんてできないだろう」
「あ、あの……」
「本当に良かった、無事で」

 伝わる熱がどんどん高くなっていく。
 ちょっと動いたら触れそうな位置にある唇に私が身動きできないでいると、先にルージェックが動いてくれた。

「いろいろ浸りたいところだが、俺達の仕事はここからだ」

 うん、と私は真っ赤な顔のままで頷く。

 シードラン副団長の実家であるドラフォス侯爵家が税率改ざんに関わっていたのは確実。
 おそらく、ドラフォス侯爵家と懇意にしていた貴族にこの方法を教えて、いくらかマージンを受け取っていたと思われる。

 燃えた書類に書かれていた貴族の屋敷を捜索して、あらゆる書類から税率の不正とお金の流れを調べる。
 そうすれば、どこかにドラフォス侯爵と繋がるものが見つかるはず。

 宰相様の耳にも今回のことは全て伝わっていて、私はテオフィリン様の侍女から宰相様付きの侍女へと戻ることになっている。

 なにせ、人手が足りない。
 
 私とルージェックは宰相様の部屋へ急ぐことにした。
 きっと今頃、先輩文官達達が誰がどの屋敷に踏み込むか段取りをしているはず。
 そしてそのメンバーに私も入っている。
 ふぅ、と小さく息を吐き気を引き締める私の隣で、ルージェックも同じように表情を引き締めてた。 
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