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息の詰まる暮らし.6

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「じゃ、行こうか」
「ええ」

 そう言って歩き出すルージェックの隣に並ぶ。

 お城からまっすぐに伸びるこの道はハレストヤ王国のメインストリートでもある。
 少し歩くと立派な門構えの店が軒を連ね、このうちのいくつかは王室御用達だ。
 もちろん私には高すぎる敷居なのでその前は通り過ぎ、二つ目の角を曲がればさっきよりは小さな、でもお洒落な店構えがずらりと並ぶ道に出る。

「ルージェックもこの辺りのお店でいいの?」

 伯爵家次男で宰相付きの文官――つまりはエリートコースに乗っているルージェックだったら、メインストリート沿いのお店のほうが良かったかも、そう思い聞いたのだけれど。

「あれ、リリーアン知らないの? この通りには新進気鋭のデザイナーの店が多くて、一年ぐらい前から若者の間で注目されているんだよ。じゃ、まずはリリーアンのお父様の万年筆から探すか」

 ルージェックはスタスタと歩きだしここがお薦めなんだ、と一軒の店の前で足を止めた。
 この辺りに詳しいところを見ると、よく来ているのかもしれない。
 私は、休日は溜まった家事をこなすのに精いっぱいだったから、ふらりと街へ出掛けるのは随分久しぶり。

 ルージェックが開けてくれた扉から中に入ると、沢山の文房具が並んでいた。
 万年筆も色やデザインが豊富。それでいて、私の懐事情にちょうど良い。
 目移りしながら選んでいると、ルージェックもお父様のプレゼントを万年筆に決めたようで、店員にあれこれ聞き始めた。
 一時間程かけて私は紺色の、ルージェックは臙脂色の万年筆を買いラッピングしてもらう。

 そのあとは、ストールなどの小物を扱うお店へ。
 私はつばの広い帽子を選び、ルージェックは私が薦めた綺麗な花柄のストールにした。
 最後に、妹さんに髪飾りを買いたいというルージェックについて行ったアクセサリー屋さんで、私はこの日一番に目をキラキラさせた。

「か、可愛い! こんな可愛いお店があるなんて」
「これは……品数が多いな。リリーアン、すまないが任せてもいいだろうか」
「もちろん。歳は私達の五歳下、十五歳よね」

 それならと、可愛らしい花をモチーフにしたイヤリングを選ぶと、ルージェックはあっさり「ではそれで」と決めた。
 もう少し吟味したらと言えば、妹だし……と苦笑いでこめかみを掻く。

「好きな人へのプレゼントなら丸一日かけて悩むんだろうけどな」
「えっ、ルージェック、好きな人がいたの?」

 恐ろしい程モテるのに婚約者どころか恋人も作らないから、てっきり恋愛ごとに興味がないのだと思っていた。意外だと驚いていると。

「いるよ。無理だと諦めていたんだけれど、最近風向きが変わってね」
「そうなの。ルージェックが無理と思うなんて、ものすごく高嶺の花なのね。でも、ルージェックならきっと大丈夫よ」

 高嶺の花同士、並んだらお似合いなんだろうな、とぐっと拳を握って応援すれば、複雑な笑みが返ってきた。

「私、何かおかしなことを言ったかしら」
「いや、ここからどうすべきかと考えていただけだ。とりあえずこれを買ってくるから待ってくれるか?」

 ルージェックは私が選んだイヤリングを持ったまま店の奥へと向かった。
 私はというと。

「この数ヶ月、いろんなことを乗り越えたのだもの。自分へのご褒美を買ってもいいわよね」

 私が着飾るといつも眉根を寄せるカージャスは、もう隣にいない。
 それなら可愛らしいアクセサリーを身に着けてみたいと思った。

 最近、自分でもいろいろ変わったなと感じている。
 子供の頃は人見知りで怖がりでいつもカージャスの背中に隠れていたけれど、学園や職場でいろいろ経験するうちに私は随分強くなった。

 特に仕事ではどうしたいか、どうすれば良いかを自分の頭で考え、周りに伝える必要がある。
 そうやっているうちに、いつの間にか引っ込み思案は鳴りを潜め、思っていることを口にできるようになった。我ながら成長したと思う。
 だから、そんな私にご褒美を買ってもいいはず。

「それらが気になるのかい?」

 いつの間にかお会計を終えたルージェックが、私の隣で同じショーケースを覗きながら聞いてきた。

「ええ。でもたくさんあって選べないの」

 ショーケースの中にはネックレスが十本ほど並んでいる。
 石はアクアマリンや水晶、ラピスラズリ。どれも小ぶりだから職場に着けていけるデザインだ。
 うーん、と暫く悩んだあと手にしたのは、ラピスラズリのネックレス。濃紺の宝石は落ち着いた印象で紺色の侍女服にも合うはず。

「これにするわ」
「ちなみに、どうしてその色を選んだんだい?」
「どうしてって……。小ぶりのアクセサリーを着けるのは許されているけれど、新人だからあまり目立つのは、と思って」

 赤や緑はちょっと躊躇ってしまう。それに対し、濃紺のラピスラズリなら、と目線高さまでそれを持ち上げた私は、そこで気が付いた。

「この色、ルージェックの瞳の色と同じね」
「今、気が付いたのか。……つくづく無意識というのは恐ろしいものだな。では、これは俺からプレゼントするよ」
「そんな、自分で買うわ。だってプレゼントしてもらう理由がないもの」
「理由なら充分にあるんだけれど……とりあえず、今日、一緒にプレゼントを選んでくれたお礼だ」
「だったら、素敵なお店を教えてもらった私こそお礼をすべきだわ」

 ぶんぶんと首を振ったけれど、ルージェックは自分が買うと譲ってくれなかった。そのうち顔を覗かせた店員さんに「これをプレゼントで」と渡してしまう。

 
 お店を出た私達は、少し歩いたところにある小さな広場で一休みをすることに。
 道の片側が大きく膨らみ、噴水を取り囲むようにベンチが置かれたそこには、テイクアウトできる軽食を出す店がいくつか出ていた。
 秋で少し寒いのにも関わらず、広場の隅では子供数人が石で道に落書きをしている。

「ルージェック、お腹空かない? ネックレスのお礼に何か買ってくるわ」
「そんなこと気にしないでいいよ。それより、もしお礼がしたいのなら、今あのネックレスを着けてくれないか?」

 そんなことがお礼になるとは思えないけれど、ルージェックが私を見る目に期待が込められているように感じ、首を傾げつつも私は包装紙を解いた。
 綺麗に包んでもらったのにすぐ解くのは申し訳ないような気もしたけれど、取り出したそれを改めて陽の光の下でみれば、落ち着いた輝きがルージェックの瞳によく似ていた。

「貸して」

 私が答えるより先にルージェックがネックレスを手にし、背後に回ってきた。
 そのまま私の胸元にネックレスが当てられ、首の後ろで留め金が止められる気配がした。

「はい。できた」
「ありが……」

 続く言葉が出なかったのは、ルージェックが背後から顔を覗かせたから。
 私が着けたネックレスを見たかったのかもしれないけれど、耳元あたりで感じるぬくもりと息遣いに、心臓が跳ねた。
 こんなに顔を近づけるなんて初めてで、少しでも動けば触れてしまうと身じろぎひとつできない。戸惑う私の耳元で、クスッと笑う気配がしたそのときだ。

「お、おい! リリー!! こんなところで何をしているんだ。そいつは誰だ!」

 突然の大声にルージェックが顔を上げ、続いて私も声のするほうを見ると、そこには顔を真っ赤にさせたカージャスが立っていた。
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