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彷徨う甲冑.7
しおりを挟む空が白み始めた頃、ティナは師匠の部屋を訪れた。部屋は四つ隣と意外に近く、後ろに天使像、甲冑と続く。ふわふわ、ガシャンガシャン、特に来る必要はないが、なんだか楽しそうについて来る。
「おい! 本当に見る気なのか」
ベッドの上でシーツから頭だけ出し黒猫リアムが威嚇するも、ティナは「可愛い」と頭を撫でる。ふぎゃっと逆立てた毛がミーとそっくりで撫でればやっぱりふわふわ手触りが良い。
「リアム殿、前足を出して。ティナはそれを握って」
「はい」
躊躇う黒猫の手をシーツから強引に引っ張り出し、ぎゅっと握る。
「変身の魔法の場合、解呪のタイミングは姿が変わるその一瞬のみ。下手な解呪はさらに呪いを複雑にし、命を脅かす危険もあるので一発勝負だと思え。物についた解呪と異なり、姿を変える際に起こる呪いの波長を感じ取る必要がある。今回はその練習だ」
「分かりました」
「……意外とまともな理由だったんだな」
涼しい朝の空気の中、ピンと緊張感が張り詰めた。
「リアム様、今更ですが、実験台のようになってしまいすみません」
「いや、構わない。ティナのこの経験がいつか誰かの役に立つなら幾らでも協力してやる」
黒猫が笑った瞬間、毛がボワッと膨らんだ。ティナの手から感じる呪いの靄が大きくなり、渦のように黒猫の周りを取り囲んでいく。
ティナはそれを見逃さまいとじっと見つめる。手のひらに流れ込んでくるものを必死で感じ取ろうと、全神経をそこに向けた。
むくっ、とその手が膨らみ大きく、あっという間に太く逞しくなっていく。ほとんどペシャンコだったシーツが盛り上がり、あっという間に人の形になる。
時間にして五秒ほど。
予想以上の短さに、ティナの顔が強張る。
目の前に可愛らしい黒猫はもういなく、ちょっと頬を赤らめ気まずそうにシーツを引き寄せるリアムがいた。
「……どうだ。何か分かったか?」
「は、はい」
まだ繋いだままの手を見ながら、ティナは必死に呪いのかけらを感じ取ろうとする。
大きな呪いだった。
でも、優しく必死で、胸がギュッと苦しくなった。
「リアム様が仰ったように、この呪いはリアム様の命を救うためにかけられたものです。消えそうな命の灯火を、どうにか助けたいと必死に願う気持ちが呪いの根源なので……だから私はこの呪いに優しさを感じたのですね」
リアムと黒猫の手から感じる呪いはいつも暖かく安堵できるものだった。その理由を知り納得するも、解せないこともある。
「ただ、命を救うことがどうして猫の呪いに繋がるのでしょう。事故にあった時リアム様は十二歳でしたから、目覚めれば会話もでき痛い箇所がどこか説明もできます。言葉の通じない猫にするメリットが思い浮かびません」
答えを求めるようにティナはベンジャミンを見るも、腕を組んだまま首を振る。
「その答えは術をかけた者にしか分からないかも知れんな。ティナ、呪いの波長は感じられたか」
「はい。あれを呪いの鎖を解呪する要領で解けば良いのですね。でも、鎖よりずっと形状がはっきりしませんし、何より時間が短かったです」
それから、とティナは口を噤みリアムから離した手のひらを見る。
「何かが足りません。よく分からないのですが、この呪いをとく鍵となるもの、それが必要です」
それこそが呪いを掛けた理由のようにも思うが、はっきりわからないので口にはしなかった。
幾つも呪いを見て解呪してきたティナの勘と言えば信憑性があるように聞こえるが、それでも直感にすぎず根拠はない。
曖昧な言い方しかできない自分自身に苛立ち、役に立てないことが情けなく、ティナはふぅ、と大きく息を吐いた。自然眉根がより、難しい顔になる。
ふわりと頭を撫でられ、ティナは顔を上げた。
「そんな深刻な顔をするな。言っただろう、既に十数年この呪いに掛かっている。今更解呪を急ぎはしない」
「でも、絶対不便です。……その、女の人の所に行っているって噂もこの呪いのせいですよね?」
「そうだが、誤解だとティナが知ってくれていればそれでいい」
「私がですか?」
そんなもの何の気休めにもならないのに、と首を傾げるティナの頭をリアムの手がするりとなぞり、ふわりとしたほっぺで止まった。
「そうだ、だからそんな困った顔するな」
むにっと掴む。
言ったリアムの顔の方こそ困ったように笑っていて、そのくせ朝日のせいかキラキラしている。
ティナの頬がほんわりと赤らんだ。隣から「こほん」と咳払いが聞こえる。
「ティナ、そろそろベッドから降りなさい。リアム殿は服を着た方がいいんじゃないかな」
「あっ、そうですね。えーと俺の服は」
「昨晩預かってクローゼットに入っている。ティナ、私達は先に朝食を食べよう。天使像と甲冑はこの部屋で預かっておくよ」
「はい! 師匠と一緒の食事、久しぶりですね」
ぴょんとベッドから飛び降りベンジャミンの手を掴むと、ティナは早く早く、と急かすように部屋を出ていった。
残されたリアムはガシガシと黒髪を掻きながら、クローゼットの扉を開ける。それから、目が合ったように感じたの甲冑に問いかけた。
「あの二人、距離が近すぎやしないか?」
戸惑いながらも頷いた甲冑は、リアムにもちょっと懐いているのかも知れない。
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