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呪われた指輪.4

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「呪いを解呪できる魔女をお連れしました」

 ボブの一言で全員がティナを見る。ティナは視線を感じつつも、じっとつま先を見ていた。

「人が沢山いる気配がします」
「大丈夫、ほら行くぞ」

 リアムがティナの背に手を当て優しく押すと、そこからじんわりと呪いが流れてくる。

「あぁ、呪いが心地よい」
「そ、そうか。役に立って何よりだ」

 押され数歩進んだ場所で立ちどまり、そのまま言葉を掛けられるのを待つ。

「顔を上げろ、そなたが件の魔女か」

 低く渋い声に顔を上げれば、紫色のローブを着た白髭の壮年の男と目が合った。隣でリアムが「国王様だ」と教えてくれる。

「はい、ティナと申します」

 名のり、目線を室内に巡らせれば、国王の隣に緑のネックレスを着けた王妃、壁際に騎士数名と侍女。それからベッドには顔色が悪くうんうん唸っている男ーー王太子と、赤いイヤリングをした王太子妃、白衣の医師が三人いた。予想はしていたが、狭い室内に人が沢山。ティナの背中にどっと汗が滲む。

 チラリと隣を見るとリアムとボブの表情も硬い。それでも二人ともピシッと背筋を伸ばしているところはさすが騎士である。ティナなんてどんどん背中が丸くなって、それでなくても小さな身体をさらに縮めているというのに。

 見兼ねたリアムが、周りに人が多いと魔法が使いにくいと伝えてくれたおかげで、医師一人、護衛騎士一人、王族以外は部屋を出て行った。とはいえ、それでティナの緊張が無くなるわけはなく。

「そうだ!」

 師匠の言葉を思い出しぱっと目を輝かせた。急にどうしたとリアムが心配する横で、パチリと瞬き一つ。大した魔法じゃないので詠唱も魔法陣も不要だ。
 
(よし、これでもう大丈夫。あぁ、なんだかリラックスしてきたわ)

 ふむふむ、と満足気に頷くティナの隣で、今度はリアムの顔がさっと青ざめた。ボブも何が起きたのかと目線を彷徨わせている。

「お、おい。これはどういうことだ? ティナ、何をしたんだ」

 ティナはいい案でしょ、とばかりに得意げに胸を張りにんまりと微笑む。

「師匠が言ってました。緊張した時は周りをカボチャと思えと」
「いや、それは物の例えで言ったんじゃないか? 本当にカボチャにしろという意味ではないと思うぞ」

 ティナ達以外の人間の顔が、突如カボチャに変わったのだ。
 ただのカボチャならまだよいが、目、口、眉が黒で書かれていて、それが深刻そうな表情を作っているのがなんともシュールだ。

「あっ、ご心配なく。カボチャ同士はお互いの顔を通常通り認識できるようにしています。だからカボチャに見えているのは私達三人だけで、ばれません」

 そういう問題なのかとリアムとボブは顔を見合わせる。リアムの頬がひくひくしているのは、笑うのを耐えているからだろう。

「……どうせなら俺もカボチャに変えて欲しかった。笑いを堪えるのが大変なんだが」
「リアム様は声が震えているのであまり話さない方がいいと思います」
「ティナが言うな!」

 どうやらリアムは笑い上戸のようで、下を向いて顔を隠すも肩が小さく上下している。対してボブは落ち着きを取り戻し、カボチャ達を見比べていた。
「あっちの髭のカボチャが国王様で、ネックレスを着けているのが王妃様、ルビーのイヤリングをつけたのが王太子妃、白衣が医師か」
「分かりやすいですね」
「待て、マジで笑いが……」

 ツボに嵌ったリアムが苦しそうな声を上げた。

 ぼそぼそと話しているティナ達にしびれを切らしたかのように、ベッドの横にいる白衣のカボチャが話しかけてきた。カボチャに描かれた黒い線が言葉に合わせてぱくぱくと動く。

「それでは早速みてくれないか。呪いかどうかはっきりしないと、儂としても対処に困る」
「はい、では失礼いたします」

 ティナはベッドに近づき、苦悶の表情を作るカボチャを見る。苦しそうな唸り声を上げ、額らしき部分から汗を流していた。その汗を拭っている王太子妃が、ティナの手を取り縋るような視線を向けてきた。

「昨晩からずっとこの状態なんです。どうか殿下を助けてください。このままではお命が……」
「大丈夫です。今すぐには死にませんから」

 きっぱりと断言したティナに、王太子妃の顔に希望が浮かぶも、次の言葉にすぐに霧散した。

「命を取ることが指輪の目的でしたら、着けた瞬間に死んでいるはずです。苦しんでいるということは、苦しめることが目的なんです。もちろん散々苦しめたあとに死ぬことはありますが、指輪を嵌めてまだ半日しかたっていないので、苦しめるには中途半端な時間です」

 淡々と述べられる言葉に、皆がヒッと息を呑む。ティナとしては安心させるつもりで言ったのだけれど、心の機微を読むのが苦手なだけに、ちょっとストレートに言い過ぎた。普段ならベンジャミンが止めるも、今はいないので、そのまま話を続ける。

「大抵数か月、場合によっては数年かけて苦しめ、死の恐怖に怯えさせてから殺します。半日は短すぎるので、今すぐに亡くなることはありません」

 だから大丈夫ですよ、と伝えるも、橙色だったカボチャ達が青ざめている。

「苦しめることが目的の呪いなんて……おぞましい」

 王太子妃がふらりと倒れそうになったのを、医師が支えた。ティナに向かって言葉を選べとばかりに眉を潜めるも、カボチャゆえうまく伝わらない。

「では、少し下がってください」

 その言葉にカボチャ達は一斉に壁際まで退いた。そんなに離れなくても大丈夫ですよ、とティナがちょっとびっくりする。

(ま、いいか。カボチャになっているとはいえ傍に張り付かれていたら、緊張するし)

 さてと、と王太子の上に手を翳し、小さく詠唱して魔法陣を浮かび上がらせた。それを通してどういった類の呪いか、どう解呪していくかを読み解いていく。

「解呪は可能です」

 おぅ、という安堵の声があちこちから上がる。その場の空気が少し緩んだ気がした。

「そ、そうか! それなら早く……」
「ですが、それには、瞬間的にではありますが相当の痛みと苦痛が伴います。ご了承いただけますか?」
「痛みを伴わない解呪は無理なのか?」

 国王の質問に、ティナは首を横に振る。

「この指輪には婚約者に裏切られ死に至った女性の怨念が籠っています。それも生半可なものではありません。数か月にわたり苦しみ抜き、一層のこと死にたいと思ってもまだ死ねず、少しずつ命の灯が消えていく……私が知る限りでもかなり恐ろしい呪いです。それが短時間で王太子殿下の身体にかなり入りこんでいます。痛みは呪いを引きはがす際に生じるものです」

 緩んでいた空気が再び重くなり、室温が数度下がったように感じた。

「……構わぬ、それで助かるなら致し方ない」
「分かりました。では解呪を行います。王太子殿下が少々暴れるかも知れませんが、解呪の邪魔だけはされませんように」

 ティナの真剣な表情にリアムはごくんと生唾を飲み込む。天使像の時とは全く違う、鏡の解呪のときにも見せなかった張り詰めた表情。小さな身体から発せられる鋭い切っ先のような空気に、皆が固唾を呑む。

 魔法陣に翳していた手が僅かに光り、魔力が注がれ始めた。幾重にも巻かれた呪いの鎖、古びていびつになった錠前。悲しみ、辛さ、呪っても呪っても満たされない空虚と絶望が、呪いの鎖を解いていくにつれ、ティナ・・・にも流れ込んでくる。

 王太子が先程より苦しそうな声を上げ、身をよじりベッドの上で暴れ出した。護衛騎士が近づこうとするも、リアムがそれを制する。
 皆が見守る中、絶叫が数分続き、しかしそれも次第に収まりやがて……小さな嗚咽・・に変わった。
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