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呪いの天使像.4

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 一仕事終え、貸してもらった夜着に着替えたティナは、リリが用意してくれた洋酒を手にご満悦中。目の前には、もじもじと初々しい天使像の姿。まさしく至福の一杯だ。

(紅茶と一緒に渡されたってことは、ナイトティーとして数滴たらして飲むこと前提なのかも知れないけれど、いいよね別に。成人してるもん)

 小さな身体なのに、そんじょそこらの酒豪に負けない自信がある。グラス片手に窓辺に腰掛け月を眺めていると、膝の上ふわりとした柔らかな衝撃があった。

「あら、どこから来たの?」

 黒猫がちょっと不満そうに見上げ睨んでくる。どこから来たのかと見上げれば、どうやら三階のベランダの手すりの隙間から飛びおりて来たらしい。自分から来たくせに、テーブルの上の天使像と目が合ってふにゃ! と威嚇の声を出した。

「大丈夫、天使さんはあれ以上近づいてこないから」

 こくこくと素直に頷く天使像はティナをすっかり気にいったようだ。
 それでも黒猫がまだ小さく唸っているところから察するに、そうとうトラウマになっているらしい。

(天使さんとしては、黒猫さんと仲良くなりたかっただけなのよね。だって猫じゃらしまで用意しているんだもの)

 でも、猫には猫の気持ちと言うのもあるもので。ティナはよしよしと頭を撫でてやる。

(ベルベットのようなもふもふとした手触りが堪らない!)
 
 思わず頬ずりすると黒猫がびくっと身体を震わせた。

「あなたにとっては迷惑な話よね。ごめんね。でも、私、呪いだからってなんでも強引に解呪しちゃえとは思えなくて。呪いって元を辿れば人の気持ちなの。悪いものは触れた瞬間に分かるわ。こう、ぞわぞわって全身が鳥肌が立つもの。でも、天使像は違った。あの子は大丈夫よ」

 紫の瞳をじっとこちらに向け話を聞く黒猫は、まるでティナの言葉を理解しようとしているように見える。なんだか以前飼っていたミーより賢そうだ。

「もう、悪さしないように約束したから今夜からゆっくり眠れるわよ」

 黒猫は渋々といった顔で、「みゃぁ」と鳴いた。「分かった」と言っているように聞こえるのはティナの気のせいだろうか。

「ありがとう。大変だったわね」

 再び頬ずりすれば、やはりもふもふが気持ち良い。ティナは当たり前のように黒猫を抱いてベッドへと向かう。天使像はすばやく場所を変え、ベッドがよく見える窓辺にちょこんと立った。

「近寄らないと言っても怖いわよね。今夜は一緒に寝てあげるわ。あっ、こらこら逃げないの」

 突然、慌てたかのようにティナの腕から飛び降りた猫は、窓に向かおうとし天使像と目が合ってびくっと毛を逆立て、次に扉へと走っていった。

「あら、一人で寝れるの?」

 扉の前でピタリと立ち止まる。しょぼんとした背中がなんとも哀愁漂う。

「……みゅ」
「無理よね。だったら逃げないの」

 ティナは仕方ないわね、と猫に近づきしゃがむと、前足の付け根に手を入れるようにして抱きかかえ、向きを変えてこちらを向かせる。

「あなたからも呪いを感じるのよね」
「みゃぁ!!」
「そんな驚かなくても。きっと天使さんに付き纏われているからね。リアム様からも同じ種類の呪いを感じたもの」
「みみみゅう!!」
「うん? 何驚いているの。それぐらい分かるわよ」

 転んだ時に差し出された手からは確かに呪いを感じた。それが天使像によるものかは魔法陣を描かなきゃ分からないけれど、そこまでする必要はないと思っている。どのみち悪意のないものだった。

「この邸の主人はリアム様だものね、不思議はないわ」
「み、みゅ」

 なんだが同意してくれたようだ。本当、利口な猫だとティナは目を細める。

「ふふ、私の言っている言葉を理解しているみたい。それにしてもあなた、本当にミーにそっくりね。毛並みも、顔立ちも、違うのは瞳の色だけかしら」

 ミーは鳶色の瞳だった。紫色の瞳はリアム様によく似ていて、黒い毛並みに似合っていると思う。ティナはそのままちょっと視線を下にずらす。

「どれどれ、あっ、男の子って言うのも一緒ね」
「み、ミャー!!!」

 性別を確認したとたん、黒猫が暴れ出した。手足をバタつかせ身を捩り必死に手から逃がれようとする。それでもティナが手放さないでいると、身体を丸め膝を抱えるような態勢のまま、みやぁみやぁと鳴き続ける。

「もう、そんなに怒らないで。どうしたの、急に。はいはい、脇を持たれるのが嫌いなのかしら」

 お尻に手を当て再び胸元にぎゅっと抱けば、身体をびくっとさせたあと、なんだか恥ずかしそうに所在無さげに身を縮めた。

「急にどうしたのかしら。それにしても、ふわぁ、もう眠いわ。私は眠るけれど、天使さんはどうする?」

 天使像がじっと黒猫を見る。さっきまでの黒猫溺愛の視線と打って変わり、まるでティナを守るかのように牽制し出す。
 視線を感じた黒猫が「フニャ!」と叫び毛を逆立てるも、目があって怯え再びティナの胸に顔を埋め、はっと何かに気づいたようにこれはいけないと首を振った。

(なんだか忙しない猫ね)

「天使さんは窓辺に居てね、できれば黒猫さんの視界に入らない場所にいてくれると助かるわ」

 こくりと頷くと天使はカーテンの後ろにそっと身を隠した。ちらちらと端から顔を覗かせているけれど、それは許してあげることにする。

 黒猫を抱いたままティナは布団に潜り込む。貴族だけあってはシーツの肌触りもいいしベッドもふかふか。枕が二つあったから、一つだけちょっと中をへっこませその上に黒猫を降ろす。
 落ち着かないのか、暫く立ち上がりカーテンの向こうを気にしながらぐるぐるしていたけれど、背中を撫でてあげると観念したように枕の真ん中で丸くなった。なんだか黒猫も疲れているように見える。

「さあ、寝ましょう。明日、リアム様にご報告しなきゃ」

 ティナ黒猫に手を回し、抱きかかえるようにして眠りについた。
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