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第一章
第二十二話 好き嫌い(1)
しおりを挟む無駄に広い部屋に初めて俺以外の人がいる。
俺が中途半端に残したコンビニ弁当を大して美味しそうにするでもなく無表情で食べている零を頬杖をつきながら見つめた。
ちなみに大量に買った中でまだ保つものだけ冷蔵庫にしまってある。
「やっぱ零が持って帰った方が良いと思うんだけど。そもそも零が買ったんだし」
「別にいい」
「でも一人じゃあんなに食べ切れない」
「賞味期限が切れたら俺が食いに来るから心配ない」
「別に切れてからじゃなくてもいいよ…」
綺麗にお弁当を平らげた零は、家に帰ったらちーくんの夕飯もしっかり食べるつもりらしい。胃袋無限大だ。
零が帰っていく背中を見ながら、また来てくれる理由になるなら冷蔵庫を一杯にしておくのも悪くない、なんてちょっと悪いことを考えた。
✽✽✽
茜はジンジンと舌が鈍く痛むのを感じながら一人眉を顰めた。
男同士に抵抗がないのならどんな状況でものってくると思っていたのに、それどころか噛み千切る勢いで歯を立ててくるとは。
どのみち場所が場所だった為最後までするつもりはなかった。
図星でも強がりでもなく身体の関係を拒まれたのは全く気にしていないが、それよりも掛けられた言葉が未だに気分を害している。
鬱憤を晴らすかのように、着替えるために家へ帰る途中で見つけた瑞々しく咲いている一本の野花を踏み潰した。
寂れたボロアパートの階段を登る。
大して体重をかけずとも甲高い音を立てるこの階段の耐久度は正直かなり怪しい。
二階にあがり一番奥のドアを開けると玄関に赤色のヒールが適当に脱ぎ捨てられていたため、揃えてから部屋に上がった。
「おかえりー。お邪魔してるよー」
「仕事は?」
「今日は休み」
長い金髪を適当にシュシュで纏めた姉は散らかった部屋の中で悠々と寝そべってケータイを見ている。
「あ、それ。渡しに来た」
姉が指差したテーブルの上には微かに膨らんだ茶封筒が置かれていた。
嫌な予感を覚えながらも手に取って中を覗けば案の定お札が数枚入っている。
「母さんから。服でも買ってってさ。女に使うなよ」
「会ったの?」
「うん。ランチ連れって貰った。いやー、人のお金で食べるご飯は美味しいわ」
身体を起こして壁を背もたれにしながら平然と話す姉を見ていると『母さん』という言葉を聞くだけで黒い感情が湧き上がってくる自分がとても醜い存在に思えてならない。
抑えつけても消えない感情に流されるまま、封筒を姉の側へと投げた。
「茜。お金粗末にすんじゃねえよ」
「姉さんにあげる。好きだろお金」
「お金は誰でも好きだろーが」
フンフンと鼻を鳴らしながらご機嫌な様子でお札を数える姉を一瞥し、さっさと着替えて部屋を出た。
「ただいま」
「お帰り、父さん」
あまりにもタイミングが悪すぎる。
丁度アパートの階段を降りたところで仕事帰りの父親と会ったのだ。
茜は込み上がってきていた色々な感情に蓋をして慌てて笑顔を作った。
「出かけるのか」
「あーうん。父さんはどうしたの?こんな時間に帰ってくるなんて珍しいね」
「珠那から帰ると連絡を貰ってな」
「ああ、姉さんならすっかり寛いでたよ。じゃ、オレは行くね」
薄汚れた工場の作業着を着た父の手にはスーパーの袋があった。久しぶり帰ってきた娘に手料理を振る舞いたいのだろう。
「茜」
すれ違いざま、呼び止められて足を止める。
そうしてかけられた言葉はギリギリで取り繕っていた笑顔を壊すには十分で、振り返ることなど出来るはずもなくそのまま歩き始めた。
「俺に遠慮する必要はない。お前も好きに母さんに会っていいんだぞ」
姉さんも父さんも、どうしてそんなに簡単に許しを与えることができるんだろう。
俺のあの女への嫌悪は薄まるどころか寧ろ日を重ねる毎に増しているというのに。
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