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第一章
第十八話 従兄弟(2)
しおりを挟む「零は毎日こんな美味しいご飯食べてるの?」
「ああ」
「ずるー」
「よかったら好きな時に来てください。二人じゃなんだか味気ないので」
「零って全然喋んないもんね」
「そうなんですよ。兄さんがあまりに喋らないから独り言が増えてしまって」
「………お前等文句ばっかだな」
「「………」」
「黙るな」
確かに三人での食事は楽しい。ちーくんの料理が美味しいのは勿論のこと、誰かと囲う食卓は特別あたたかかった。
「あ。生クリーム買うの忘れましたね」
「生クリーム?」
「はい。デザートにゼリーがあるんです。ホイップをのせたら美味しいかと思ったんですが」
「俺買ってくる!!」
ちーくんが言うからには絶対美味しいはずだ。そのままでも絶品なのは想像に容易いが、どうせならちーくんが思い描いていた通りの形で食べたい。
「道分からないだろ」
「う………じゃあ零様。零様行ってきて」
「お前も一緒に行けばいい」
「ちーくんにご飯作ってもらったのに、片付けまでやらせるつもり?亭主関白め」
「はあ。怪我しないようにしろよ」
零は溜息とともに立ち上がって財布片手に家を出た。
「兄さんをおつかいに行かせるなんて。そんなことができるのは瑠夏さんくらいですよ」
ちーくんの洗ってくれた食器を拭きながら会話をする。本当は俺一人でできたらよかったけれど、生憎まともに料理をした経験がないしこの家の勝手も分からないので拭き拭きすることしかできないのである。
「そう?ちーくんがお願いしたら喜んで飛んできそうだけど」
「まさか。零兄さんが誰かの言うことに従うなんて今でも信じられません」
「そうかな」
「はい。兄さんは特別な人だから」
そう言うちーくんの目はなんだか寂しそう。
優秀な兄を持つのもなかなか大変だ。劣等感のようなものがあるのかも。嫉妬心が感じられないのは既に自分の中で折り合いをつけた後だからだろうか。
自分は零とは違うから。そう言っているように聞こえる。
でも、俺からしたら………
「ちーくんも十分特別だけどなあ」
「え?」
ちーくんはこれまで手際よく進めていた皿洗いを中断して俺を見た。流れっぱなしの水の音がやけに大きく部屋に響いている。
「ちーくんの料理美味しいし、いつも優しくしてくれるし」
「ああ、なるほど。でも俺なんかより料理上手な人はたくさんいますよ」
ちーくんの笑顔はいつも陽だまりの温もりを彷彿とさせるけど今はなんだか暖かさが半減している感じだ。
「そんなこと言ったら零より格好良い人だって、零より喧嘩できる人だって、世界の何処かには絶対いるじゃん。
でも、たとえそんな人が目の前に現れても千早にとって零が特別なのは変わらないでしょ」
これまで一度もそんなことを考えたことがなかったのか、ちーくんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「それとおんなじだよ。ちーくんより料理が得意な人がいたって、ちーくんより優しい人がいたって、俺にとってちーくんはやっぱり特別なんだ」
一番であることと特別であることは違う。
一番じゃなくても、俺にとってちーくんの料理は既にとても特別なものになっているから。
「………あはは、瑠夏さんやっぱり口説き慣れてますね。なんか照れちゃいます」
ちーくんが焦ったように食器洗いを再開する。力が入りすぎてあちこちに泡が飛んでいった。
その頬は赤く色づいていて、照れ隠しの為の下手くそな笑顔はあまりにも可愛らしい。
「よしよし。優秀なお兄ちゃんを持つと弟は形見が狭いよね」
「撫でないでくださいよ」
「よーしよしよしよし」
「さてはからかってますね」
「違うよ。年下の子を甘やかしてるだけ」
「一歳しか変わらないじゃないですか」
手が泡だらけで振り払えないというのもあるだろうが、あまり嫌そうに見えないからもう5回往復しておいた。
零の奴、こんな可愛い従弟がいながらまともに頭を撫でてあげたこともないのか?全く薄情な奴め。
「そういえば、瑠夏さんにはお兄さんがいるんですよね?」
「うん。零に負けず劣らず格好いいんだ」
「誰の話だ?」
「ひっ」
いつの間に帰ってきたんだろう。コンビニ袋を持った零が後ろに立っていた。
「びっっくりしたー!こわっ、気配は?どっかに落としてきたんじゃない?」
「んなわけねえだろ。で、誰の話をしてたんだ?」
「俺のお兄ちゃん」
「そうか」
繰り返し聞いてきた割に反応が薄い。
「格好良いし喧嘩もすっごく強いよ」
「へえ。瑠夏さんはお兄さんが大好きなんですね」
「もちろん!」
「でも今はひとり暮らしなんですよね?寂しくないですか?」
何と答えるべきだろう。
寂しくないと言えば嘘になる。でもそれを言う権利は俺にはない。
「うーん、全然!俺今絶賛反抗期中だから!」
「そうなんですね」
「うん」
ちーくんは冗談だと思ったのかクスクスと笑っていたけれど、俺は大真面目だったんだ。
だって兄がそう言っていたから。
今あの人の元から出ていきたいと願うのは反抗期だからで、いつか必ず帰りたいと思う日が来るんだと。
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