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魔法の鏡亭

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 ◆

「わぁ……」

 フィルスは驚きの声をあげる。

 ルーサットの賑やかな街並みは、田舎者であるフィルスの語彙力ではとても言い表せない。

 人、人、人。

 鮮やかに染められた布が掲げられ、目を奪う。
 

「立地が良いんですね、この街は。北は森林地帯、南には荒野があり、東にしばらくいけば山岳地帯が広がり、西には海がある。様々な地域の魔物由来の素材や、地域の特産品などが得られる。畢竟、人が集まり街は栄えるわけですね」

 サラディンは牛が散歩をするようなマイペースっぷりでのしのしと歩き、あれやこれやと説明をする。

「冒険者も数多く集まっておりますね。ここは何をするにも便が良いですから。ルーサット──Lûssātは "群れ集う" という意味の古代の言葉でしてね、先人が何を思いこの地に街を作ったのかは知りませんが、少なくとも計画的に栄えさせるつもりだったのでしょう。ゆえに、もうずぅ~~っとここはこんな調子ですね」

「確かにすごい人だね。宿が見つかるか心配になってきたよ……」

「まあそこは私の顔が利く所がいくつかありますからね、ご安心ください」

「そっか!よかったぁ」

 サラディンが名うての賞金稼ぎである事はフィルスも知っていたが、戦いとは関係がないところでも頼れるという安心感は彼の精神を若干雌に傾けた。

「私は余り騒がしい場所は好きではないのです。だから少し大通りを離れた場所の宿へ向かいましょうぞ。大通りに面している宿は使い勝手が良いですが、依頼帰りの冒険者で騒がしかったり、時には喧嘩が起きたりと問題もありますからね」

 二人はしばらく歩き、やがて目的地へとたどり着いた。

「へぇ~……素敵かも」
 

 フィルスは表情を綻ばせ、宿をまじまじと見る。

 小さな木製の看板がかかった石造りの宿だ。

 大通りにあるような大きな建物ではないが、それが逆にアットホーム感を出していた。

 看板には宿の名前が書いてある様だが、フィルスには読めない。

「あれはなんて書いてあるのかな?」

 尋ねると、サラディンは重々しく答えた。

魔法の鏡亭ヤルィーヴェヤと書いてありますね」

 ・
 ・
 ・

「やっと落ち着いたね」

 フィルスはふう、と息をつきベッドへ腰かけた。

 お世辞にも上等な部屋ではない。
 

 石作りの壁、床。申し訳程度にラグが敷いてあり、布団の品質もよくはない。

 日光の下に十分干されているとみえ、虫がいなさそうなのは救いか。

「粗末な宿に慣れておくのも冒険者の嗜みですからね。魔王を討伐するとなれば遠出もしましょう、野宿だってするかもしれません。だというのに贅沢に慣れた体では旅に堪えませんからね」

 ところで、とサラディンが言を継ぐ。

「いきなり依頼、とはいきませんよ。まずはそれなりに使えるようになってもらいます。これまでも素振りなりはしてもらっておりましたがね、鍛錬というのはも整えてからというのが私の持論です。冒険者ギルドでは新米冒険者向けの体系だった訓練ができましてな。しばらくはそこに通ってもらいます」

「サラディンが教えてくれるんじゃないの?」

 言葉の端に、甘える様な響きがある。

 本人も自覚していないだろう媚びの残り香を、サラディンの豚鼻は敏に捉えた。

「勿論教えますがね、土台作りをしてからの方が効率がよろしい。まあ私は適度に街をぶらつき、見知った連中に顔でも出してきます。とりあえずは明日からという感じですね……。今日はをしましょうか」

 仕込み?とフィルスが尋ねる前に、サラディンはのっそりと立ち上がってフィルスへ近づいて行った。

「ま、まだ体も拭いていないから……」

 何をされるのか想像がついてしまったフィルスは、露骨に狼狽える。

「ふふふ、私がしっかりと綺麗にして差し上げます。まあ理由はあるのです。明日から始まる鍛錬の前に、私の魔力がたんまりと含まれた精を注がせていただく。さすれば、ただ鍛えるだけでは到底及ばぬ向上が期待できるでしょうね。場とは鍛錬をする場所のみならず、鍛錬を受ける者自身の状態をも意味するのです」

 ──そういう、事なら

 フィルスは唇を噛みしめ、俯いて神秘を解放した。

 ◇◇◇

 ──サラディンは意地悪だ

 燃え盛る羞恥の炎に炙られながらも、フィルスの精神はサラディンへの反駁の念でかろうじて保たれていた。

 サラディンは意地悪だし、サラディンはとんでもない変態だし、サラディンは異常者だ──そんな風にでも考えないととても堪えられそうにない。

「も、おッ……!そんな、所、舐めないでよッ……!ゆ、指もッ!」

 快楽、快楽、羞恥、羞恥、羞恥、怒り。

 サラディンは指の腹でフィルスのクリトリスを優しく撫でさすりながら、首筋や耳の裏に舌を這わせている。

 自分は男だと思っているフィルスからしてみれば、嫌悪感が湧かざるを得ない。

 例え体は女のそれであっても、本来は男である自身と行為に及べるサラディンの神経を疑ってしまう。

 しかしとめどなく湧き上がる羞恥と嫌悪をかき分けたその先に、どこか安堵も混じっていないだろうか?

 ──今日は優しくしてくれる日かな

 そんな想いが頭をかすめ、フィルスは自分がどうしようもなく下劣な人間だと感じてしまう。

 ──わからないよ……

 同性に性的な事をされているという嫌悪感は確かにある──あるというのに、なぜ自分が乳首をピンと立たせ、時折のけ反り細い声を漏らすのか。

 サラディンの舌や指が余りにもじれったく思えてしまうのはなぜなのか。

「勇者殿、なぜそんな風に瞳を潤ませるのです?いいではありませんか、気持ち良いのでしょう?男のくせに、同じ男に触られ、舐められ、犯されるのがッ!」

 サラディンが不意にフィルスの腰を抱え上げ──

「え?」

 そんな疑問の声など聞く耳持たぬと言わんばかりに、ペニスを一気に奥まで突き入れた。

「はッ……あ゙、ぁ……ッ!」

 痛みは無い。

 ただひたすら熱かった。

 熱い何かが膣を埋め尽くし、圧迫感でフィルスは声も出ない。

「も゙、ぉ、や……め゙ッ!」

 やめて、というたった三文字の言葉を発する事ができない。

 それ以前に、なぜやめて欲しいのかも分からねいのだ。

 痛いからやめてほしいのか──痛くもないのに?

 苦しいからやめてほしいのか──苦しくもないのに?

 何もかもが分からねいがしかし、フィルスはとにかくやめてほしかった。

「何が言いたいのかわかりませんな。やめて欲しいのですか?続けてほしいのですか?」

 サラディンが腰を動かしながら尋ねると、フィルスは口を僅かに開き「やめて」と言おうとする。

 しかしその小さな口を、サラディンが自身の口で塞いでしまった。

「ン、む──!?……ん、んんッ!」

 口内で舌と舌が絡み合い、フィルスは頭の奥が痺れていくような感を覚えた。

 下半身が熱い泥になってしまったかの様で、力がまったく入らない。

 フィルスは自身の意識が段々と薄れていくのをどこか俯瞰的にみながら、「もう少しで楽になる」と安堵していた。

 しかしサラディンはあと一歩の所で動きを止め、フィルスに新鮮な空気を取り込む余裕を与える。

「お願い……もう、やめてよ」

「焦らすのは終わりにして、もっと激しく犯してほしいと?」

 サラディンが意地悪く問うと、フィルスは激しく首を横に振る。

 しかしそんな彼女の耳にサラディンは口を近づけ、「まだまだ夕暮れ。朝まで犯し続けてやる」などというのだ。

 その言葉がどれだけ彼女にとってショックであったか。

 絶望の衝撃か、期待のそれかは彼女にも定かではない。

 さらなる熱がフィルスの下腹部で膨らんだかと思うと──

「あっ」

 短い声と共にフィルスの股座から小水が漏れる。

「や、め、みないで!違うんだ、これはッ……!やだぁ!」

 フィルスの動揺は著しく、瞳にはみるみる内に羞恥の涙が溢れ、体は震えだす。

「勇者殿。まさか、粗相をするとは」

 サラディンが敢えて厳しい口調で言った。

 完全にサラディンが悪いのだが、混乱の渦中にあるフィルスは自分がとんでもない過ちを犯したように思えてしまう。

「僕は……ぼ、僕は……」

 フィルスの声はか細く、今にも消え入りそうだ。

 事実彼女は今、このまま死んでしまいたいとすら思っていた。

 しかしそんな彼女にサラディンは救いの糸を垂らす。

「勇者殿、貴殿を許しましょう」

 力強い言葉と共に、サラディンはフィルスを抱きしめる。

 ぶよとした肉に包まれたフィルス。

 その心を満たすのは絶対的な庇護の元にあるという安心感だ。

 フィルスは「サラディン……」と囁き、頭を胸板へ擦りつけた。

 そんな彼女のおとがいを、サラディンが指で持ち上げると、彼女は「ん……」と目を瞑る。

 そして、サラディンはゆっくりと──・・

 ◆

 翌日。

「僕はフィルスだ。ナタ村で生まれた男だ。でも村は魔族に滅ぼされた。僕が勇者に選ばれてしまったせいで。だから僕は村の人たちのためにも魔王を倒さなきゃならない。かならず、やりとげなきゃいけないんだ。だから遊んでいる暇なんかない」

 朝の食卓で、フィルスはいきなりそんな事を言い出した。

 そんなフィルスにサラディンは怪訝そうな目を向け「頭でもおかしくなりましたか」などと冷たく言う。

「おかしくなってないよ!なんていうか、自分に言い聞かせているんだよ……じゃないと……」

 ──じゃないと、なんだろう?

 にわかに小混乱し、フィルスは口ごもる。

「まあ、目的を見失わないという意味ではよろしいでしょう。ともかく、先ほど言った通り、今日はフィルス殿のギルド登録をしにいきます。そして訓練の申し込みですね。それとこれは忘れないでほしいのですが、冒険者というものは柄が悪い者も少なくありません。中には貴殿に絡む者もいるでしょう。しかし、その時は下手に喧嘩を買ったりしてはなりませんよ。頭に血が昇ったからといって、殴ったりしてはなりません。チンピラに毛が生えたような程度の出来の者だと、悪くすれば殺してしまいかねませんからね」

「え?僕、そんなに力は強くないけど……」

「私に抱かれたばかりでしょう。昨日言った筈です──仕込む、と。性魔術というものがありましてね、自身の魔力を活力として他者に注ぎ込むという業なのですが、私はそれを貴殿に施しております。まあ面倒くさい魔術ですよ、互いの信頼関係や気持ちの盛り上がり……様々な条件を満たさねば正しく作用しません。今の貴殿は力強さだけならその辺の職業戦士並みですよ。チンピラなど一たまりもありませぬ」

 サラディンがルーサットにたどり着くまで本格的に訓練を施さなかった理由もこの辺にある。

 剣術や魔術は肉体に覚え込ませるものだが、折角覚え込ませても身体能力が急激に高まると感覚がズレて変な癖がつきかねないのだ。

 ある程度身体能力を高めた上で訓練を積んだほうが効率が良い。

「そ、そうなんだ……じゃあ気を付ける……。それと、その、性魔術っていうのはこれからも、するの?」

 フィルスが尋ねると、サラディンはにたりと笑うだけで何も答えようとはしなかった。


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