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道中②

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 ◆

 フィルスは服の乱れを直しながら「本当にもう」と呆れていた。

 サラディンはまるで性欲の権化だ。

 自身の体のあらゆる箇所にサラディンの痕跡が残っている事を考えると、何とも言えない気持ちになってしまう。

「体がばきばきする……」

 フィルスは不満気に言って、神秘を発動させた。

 すると淡い翆色の光がフィルスの身を包みこみ──フィルス♂はフィルス♀になった。

 転換と同時に全身の倦怠感は無くなり、まるでしっかり眠って起きた朝のようなコンディションに戻る。

 フィルスは性転換の奇跡を外れだと思っているが、この作用だけは便利だと思っていたりする。

 ・
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「フィルス殿は奇跡を使おうと使うまいと、そこまで変わりがありませんね。女と言われれば女に見えるし、男と言われれば男にも見える」

「それって僕が男らしくないって事?」

 フィルスは少しむっとしたように言う。

「そういうわけではないのですがね。貴殿は見た目はともかく、タンはよろしかろう。昨晩の刺客には震えておりましたが」

 そんな事言われても、とフィルスはむくれる。

 ──だって、本当に怖かったんだ

 フィリスは抗い様もない死の具現の様な相手にしか見えなかった男の事を思い出す。

 ──それをサラディンは

 文字通りの鎧袖一触。

「僕も、サラディンみたいになれるのかな」

「私のように? ふふふ。それは中々難しいでしょうなあ」

 あざ笑うような口ぶりに、「だよね」と落ち込むフィルス。

 するとサラディンは何を思ったか、じり、じり、とフィルスに近づいた。

 またやられるとおもったフィルスは大いに慌てる。

「ちょっ! ちょっと! もうやめてよ!」

 サラディンはフィルスが男の時も女の時も構わず襲ってくるのだが、身体的、精神的にひどく疲れるのでそう何度もしたくないというのがフィルスの本音だった。 

「なんと臆病な!それでは魔王討伐は叶いませんぞ、ハハハ!」

 サラディンは大笑いし、そしてやや表情を引き締めてフィルスを見た。

「業前云々の話ならば、伸びしろは十分。いつかは私が貴殿を護るのではなく、私が貴殿に護られる事がありましょうな。私の様になるどころか、私を超えていくでしょう。勿論相当の研鑽は必要ですが。ともかくこのサラディン、歯に衣着せん男です。貴殿の勧誘に対しても率直に答えたでしょう? 無意味な世辞は言わぬゆえ安心されよ」

 確かに、とフィルスは思ったが、アレはないよとも思う。

 ──『その肚の据わり方、中々見込みがあるとみました。よろしい、金三万にて同道しましょう。……ふむ、ないですか……しかしですな、これでもまかっているのです。どうしても支払えぬという事であれば、代わりにその体で支払われよ──要するにヤらせろ、好き放題にさせろということです。言っておきますがな、少なくともこの場で魔族の首を千も落としている猛者はこのサラディン以外にはおりませんぞ。この取引はとてつもなくお得と言えましょう』

 でも、とフィルスは思うのだ。

 ──サラディンは強い。お金も……ある。彼の事は良く分からないけれど、女の人に困ってるとは思えない

 村の皆の仇討ちの為に、なんとしても魔王を倒す──そんな志を抱いて旅に出たフィルスにとって、魔族殺しの冒険者として名高いサラディンは非常に心強い仲間だ。

 だからこそ思う。

 ──なんで僕についてきてくれたんだろう

 直接尋ねれば良いという向きもあるが、そうするとサラディンは決まってグブグブと汚く笑ってフィルス♀をいじめだすのだ。

 ◆

 馬車は順調に行程を消化していく。

 青々とした草原や遠くに連なる山々、そして時折現れる小さな村落をフィルスは飽きずに車窓から眺めていた。

「ええと、今はこの辺……なのかな?」

 フィルスは地図を見て、ああだこうだと独り言を言っている。

 そしてサラディンはと言えばグウグウと寝ていた。

 やがて街道に人の行き来が増え、街が近づいている事がフィルスにも分かった。

「サラディン──」

 フィルスはサラディンを起こそうと思って声を掛けようとすると、「おお、着きましたか。いやあお早うございます」と、首をごりごり鳴らしながらサラディンが目覚める。

「良く寝てたね、少し疲れがたまってるのかな。街についたらまず宿を決めようよ。はい、水飲む?」

 水袋をサラディンに渡しながらフィルスが言った。

「これはこれはどうも……」

 まだ眠いのか、サラディンの口調はややおぼつかない。

 器を取り出し水を注ぎ、一気に飲み干す。

「フィルス殿も飲みますか?」

「そうだね、少し喉乾いたかも」

 フィルスが言うと、サラディンが手を差し出した。

 器を出せということだろう、フィルスが器を渡すとそれにも水を満たし──

 ──『凍てつく風、月の死吹きよ』

 短いしゅの後に、サラディンはガサガサの唇からフゥと息を吹きかける。

 するとどういうわけかフィルスの器に満ちた水に霜が張り、温い水はたちまち冷水となった。

 これもまたサラディンが修める "月の魔術" だ。

 死を司る月の光は魂まで凍てつかせる風を喚び、浴びた者の命の火を吹き消すという。

 本来ならばこんなカジュアルな事に使うべき魔術ではないが、サラディンはどちらかと言えばビジネスライクに魔術を使うタイプなので余り気にしていない。

 サラディンの魔術を見るフィルスの瞳には、明らかな尊敬の念が滲んでいる。

 そして期待も。

 ルーサットで彼はサラディンから魔術を指南してもらう予定なのだ。

「さあどうぞどうぞ、ぐぐっとお飲みくだされ」

「いつもありがとう」

 手渡された器を、フィルスは一気に呷る。

「ふふふ……その水を飲むということは、私と接吻しているのと同じですよ」

 そんなサラディンの気色悪い言に「何を今さら」と思うフィルスであった。

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 ところでフィルスは常々、自分は男だと自身に言い聞かせている。

 自認は男だ。

 だのに、男──サラディンとの接吻を「何を今さら」で片付ける事の深刻さがわかっているのかどうか。

 しかし少なくとも、サラディンにはその深刻さがよくよく分かっている様だった

 フィルスが器を呷る姿に一種の美を見出したサラディンの口元には薄い笑みが浮かんでいる。

 サラディンにはサラディンでフィルスに同道する目的があるのだが、その目的とは別に卑しい欲望を満たしたいとも思っているのだ。

 だからあれこれと世話を焼き、適度に信用を重ねる様にしている。

 しかし、とサラディンは気持ちを引き締めた。

 ──余りにも厚く信頼関係を築いてしまえば、何をしても受け入れてしまう肉人形が出来上がってしまう。それではつまらぬ。多少は抵抗してくれませんとね……それはそれとして、業を鍛える事もまた喫緊の課題。まずは剣から教えるか

 サラディンは大真面目でちゃんとした事とクソみたいな事を平行して考えていた。

 優れた魔術師は異なる思考を並列して走らせる事が出来るのだ。

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「ルーサットが見えてきましたね」

 サラディンの言葉に何となく感慨深いものを覚えるフィルス。

 ルーサットは一応の目的地である。

「冒険者ギルドには他の勇者もいるって言うし楽しみだな」

 冒険者という言葉に、フィルスは若者らしく胸を躍らせている様だった。

 しかし、横目でそれを見るサラディンの想いはフィルスとは異なる。

 ──他の勇者、ねぇ。まともな者だといいんですけどね

 サラディンも他の勇者を見た事があるし、関わった事もある。

 その結果導き出した結論は、「どうやら神は見る目がないらしい」というものだった。
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