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"血の月の" サラディン

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 ◆

 薄暗い部屋に粘り気のある音が響く。何度も、何度も響く。やがて短い呻き声の後に……荒い息遣い。

「勇者殿、お上手ですね」

 ふふ、と冷たい笑みが響く。

 細身ながらも引き締まった肉体に漆黒のローブを纏った青年だ。

 青年は情欲に濡れた視線を下方へ注いだ。

 その先には小柄な影──勇者である。

 勇者が、勇者たる者がペニスにしゃぶりついているのだ。

 とんでもない話だった。

 青年はその勇者の頭部をおさえ、ペニスを抜き差しする。

 勇者は苦しそうにえずきながらも青年のペニスをしゃぶり続けた。

「中々お上手です、しっかり仕込んだ甲斐がありましたね……!さあ、出しますよ、しっかり飲み込んでください」

 青年が言うやいなや、どろりとした精液が勇者の喉奥に吐き出され──

 勇者の喉が大きく動く。

 飲み込んでいるのだ。

 青年がそのように躾けたから、勇者は嫌でも飲み込まざるを得ない。

 その勇者はまだ若かった。

 年の頃は、少なくとも20にはなっていないだろう。

 嫌悪感に歪んだ表情で床を睨みつけている。

 目の端に浮かんだ雫がみるみる内に大きくなり、頬を伝って地に落ちる。

「……ッこ、これで!! これでいいのだろう! 満足か! 僕にこんな事をさせて! ぼ、僕は男だというのに! な、なぜ、こんな事を……」

 勇者は青年に怒声を浴びせるが、その声は少女のものであった。

「勇者殿、私は勇者殿の為に命をはっております。連日送られてくる刺客から勇者殿を護っているではありませんか。しかし魔王軍も考えたものです、勇者殿がまだ未熟だと知るやいなや、聖なる力とやらに覚醒する前に始末してしまおうというのですからね」

 勇者はまだ未熟──これは事実であった。

 しかし事実は事実でもまだ知られていない事もある。

 そして、このまだ知られていない事実が明るみにでもなることこそが勇者にとっての破滅であった。

「しかしご安心あれ。私が如何なる危険からも勇者殿を護ってさしあげます。本来ならば大金を戴く所です。私はね、こう見えて達人なのです。護衛として私以上のものは早々おりますまい」

 これも事実である。

 この青年の戦闘者としての業の冴えは恐ろしく鋭い。

「ですが、金は要りませぬ。代わりに、ふふふ……さ、勇者殿、続きをしましょうか。四つん這いになるのです……そして、自分の手で秘所を広げなさい」

 勇者は俯き、歯噛みをしながらその言にしたがった。

 そして青年について思いを巡らせる。

 ──この人はッ……本当に最悪だ! でも、でも……

 人品は酷いものだが、その言に間違いはなかった。

 青年は確かに日々勇者を命懸けで護っているのだ。

 勇者は自身が勇者である事、そして勇者としての使命を理解しているがゆえに、青年に逆らう事ができない。

 ・
 ・

 青年の名は魔術師サラディン。

 ドSの鬼畜だ。

 だが、強い。

 ◆

「フィルス殿」

 夜半、サラディンが勇者──フィルスに声をかけた。

「ん、んう……なんだよ、まだ暗いじゃないか……いや、まさか」

 フィルスの瞳に不安の波紋が広がり、サラディンを見る。

 サラディンは頷き、フィルスを安心させる様にその掌で彼女の背を撫でた──ついでに、尻も。

「距離にして200歩。数は5。足の運びは常時野生に身を置く者のそれです。少なくともマスタークラスの暗殺者でしょう。宿の主が我々を魔族共に売ったか、或いはそもそも主自体が私の目を誤魔化す程の変化の達人であったか」

「僕も戦う! 男の体に戻れば、僕だって戦えるッ……」

 フィルスは言うが、サラディンは否を返す。

「フィルス殿にはまだ早い。いいですか、誤解しないで頂きたいが、 "まだ早い" です。いずれはあの程度、鼻歌交じりに屠れる程の実力が身につくでしょう。それだけの伸びしろがフィルス殿にはあるのです。しかし、それはいまではない。待つ事も、耐える事も戦いです。辛抱されよ」

 サラディンの声は優しく、頼もしい。

 普段の冷たい声とは大違いだ。

 ──この人は最低だけど、全部が全部最低というわけじゃない……

 悔しそうに頷くフィルスに、サラディンは青年の笑みを向けた。

「では殿、御身を護る勇敢な戦士に勝利の口づけを」

 フィルスは嫌悪の表情を浮かべながらも己の唇をサラディンのそれにそっと触れさせた。

 ──やっぱり最低だ、この人

 ・
 ・
 
 サラディンの仕込み杖が月光を纏い、闇に銀閃を描いた。

 一閃、そして二閃。

 同時に、赤黒い飛沫とくぐもった呻き声があがる。

 どちゃり、どちゃりと何かが落ちた音が何の音かは、ぶわりと広がる鉄錆の臭いが雄弁に物語っていた。

 闇に乗じて仕掛けた刺客の一団の2名の命が一瞬で失われたのだ。

 ──魔剣、月咬剣げっこうけん

 月の光を刀身に写し込み、その反射光で敵手の目を突き刺し、怯んだ所を斬り捨てる業である。

 サラディンは魔術師ではあるが、剣も佳く使う。

 残る刺客もその業の冴えに怯んだか、飛び掛かってはこない。

 そんな刺客たちに対して、サラディンはここぞとばかりに嘲笑の鞭を叩きつけた。

「ふふふ。私の恰好を見て柔な男だと思い──すんなりと殺せると思いましたか? 勇者殿に至ってはひよっこもいい所ですからね。血が赤い所を見れば卿らは恐らく"人犬"……くくく! 人を裏切り、魔について。捨て駒にされていたら世話はありませんねぇ」

 人犬とは人間でありながら人類勢力を裏切り、魔族についた者達への蔑称である。

「下がれ。この男──やはり間違いない。 "血の月の"サラディン」

 魔族やそれに与するもの達にとって、"血の月の"サラディンは憎むべき、そして恐ろしい殺し屋の名であった。

 魔族によって滅ぼされた亡国、ホラズム王国の魔導戦士団長だったとも噂される彼は、これまでに千をくだらぬ魔族の首を落としてきているという。

オレが戦ろう」

 男たちの頭目が一歩足を踏み出す。

 全身から放射される凄惨な殺気は、他の者たちとは一線を画している。

 布団に隠れてそれを見ていたフィルスの顔から血の気が一気に引き、死神の足音がすぐ後ろから聞こえてくるような気さえもした。

 しかしサラディンは動じない。

 それどころか──

「ふふふ……確かに、他の犬とは違うようですね。しかし」

 サラディンの口上など聞く耳持たぬとばかりに頭目がその場から姿を消した。

 いや、消えた様に見える程の高速移動だ。

 ──何もさせん、このままその青年首を落としてやる

 そう目論む頭目だが、床がどんどん近づいてくるにあたって異変に気付いた。

 ──なんだ!? 

 くるくると視界が回転し、部下たちの唖然とした顔が目に入る。

 ──何が起こっている!? 

 頭目は気付かない。

 その五体がバラバラとなって、宙空を舞っている事など。

「月とは静かに、密かに昇り、天にて輝くものです。そして月の光は死の国への道を示すという。私と相対した者の多くは、この道を逝く事になりました。ふふ……私の二つ名を知っていたのなら、もう少し警戒すべきでしたね」

 それにしても、と呆れた表情を浮かべる。

「威嚇の為に殺気を出しているようではまだまだ。別に殺気などは出さずとも、相手を殺す事は出来るのです。貴殿のようにね。殺気とはこの様に遣う」

 残された刺客達は逃げようとしても逃げられない。

 両脚と床が一体となったかのように動かす事もできない。

 これまでただ一方的に死を与えるのみであった男たちは、初めて死を受ける側となって恐怖に身を凍らせる。

「安心してください。私は貴殿らの頭目のように不細工な業は使いません。ほうら、この通り」

 サラディンがにたりと笑うと、男たちの首が一斉に落ちた。

「動けば殺す、逃げれば殺す──そう意をこめた私の殺気は、金で雇われた狼藉者には破れますまいよ。勇者殿の様に強き意思があれば話は別ですが」

 サラディンのその言葉に、フィルスはふと過日の事を思い出す。

 ・
 ・

 ──「ほう、勇者殿ですか。それはそれは。しかし同道はごめん被ります。命が惜しいのでね」

 ──「ふむ、どうにもしつこい。なぜそれほど私の力を必要とするのです?」

 ──「無駄な事だ。勇者殿、貴殿に魔族は倒せますまい。貴殿は弱い。ほら、その証拠に……」

 ──「不可思議な事もあるものですね、貴殿のような糞雑魚が私の殺気を受けてなお足の一本でも動かす事が出来るとは」

 ──「……ほう、村の者たちの仇? しかし勇者選定の報は魔の国にも知れ渡っているでしょうから、貴殿は早晩殺される」

 ──「何でもする、ですか。だから護れと。しかしですなあ、貴殿の、んん、良ければお名前を教えていただけますか。……ふむ、フィルスですか。ではフィルス殿、何でもすると言っても……ほう、そういう事ならば」

 ・
 ・

 ──僕の役に立たない神秘がなければあの人は仲間にできなかった。……だけど

 フィルスはこんな状況だというのに、自身の女陰に指を這わせた。

 ぬるりとした感触。

 サラディンの精である。

「さて、血の香に酔ってしまいましたな。この昂りを御覧なさい、勇者殿」

 フィルスはげんなりした表情でサラディンの雄々しいペニスを見た。

 サラディンがヤる気なのは「勇者殿」という呼び方で良く分かる。

「毎回思うんだけどさ、サラディン、さんは僕が本当は男だって言うのによくそんな気になるね」

 フィルスが言った。

 そう、当代勇者フィルスは男であり女でもある。

 神の選定により勇者として選ばれる者には、神秘と呼ばれる超常的な力を一つ与えられるのだが、フィルスが与えられた力は──性別転換。

 これこそが絶対知られてはならない事実だ。

 魔族やそれに与する者にとって、こんな能力ほど脅威にならないものはない。

「こんなくだらない力……」

 フィルスが言うと、サラディンはペニスを屹立させたまま彼女に近寄り、ベッドに入り込んで下腹部へとぐりぐり押し当てつつ言った。

「呼び捨てでよろしい。我々は旅の同士ですからね。そしてくだるかくだらないかは使い方次第です、フィルス殿。元来、男と女はそれぞれ力と魔の象徴だと言う。勇者として貴殿はメキメキとその業前を伸ばしておりますが、いずれは剣と魔術の双方で極点に至るかもしれませぬ。たった一つの神秘に頼った戦い、私の目からすれば酷く脆く見えます。フィルス殿のように、様々な局面に対応できる者の方が私には恐ろしく思えます」

 サラディンの言葉は優しい。

 心から自分を想って言ってくれている事がフィルスにも分かる。

 しかし

「う……」

 ぐりぐりと押し当てられたペニスは、まるで子供の手から逃げ出そうとする蛇の様ににょろにょろとのたうち──

「まだ、するの?」

 フィルスが尋ねると、サラディンは挿入を以てそれに応えた。




-------後書き---------
書き溜めはあります。まあ反応良さそうなら続けます


サラディン



フィルス

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