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第三章 大団円

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「円佳。貴女のせいで透也の輝きには陰りがあるんだ」

 私達夫婦の一幕にも心動かされなかったらしい陛下の、幼い子に言い聞かせるような口調に反発してしまう。

 ……今度から小さい子達に接するときにはもっと気をつけよう。

 私は他の先生方より若いから、子らにすれば友達に近い感覚だろう。なので、叱るときはいつもより上から目線だったのだけど。
 こんなにイラっとさせてたとしたら、あらためなければならない。

 けれど、言うことをきいてもらえないと子供達の事故に直結するから、加減が難しい。

「訊いてるのか?」

 陛下は拝聴されていることに慣れているのだろう、ぼうっとしていた私に不満そうだった。
 いかん、物思いはあとだ。

「だからなに」

 私の強い態度に違和感を感じたのか、陛下が顔をかすかにしかめた。

 透也君やガードさん達もそうだけど、彼の周りには本当に表情を掴ませない人が多い。
 けれど、こっちも子供の眼差し一つで気分や体調を判じなければならないプロですから、他の人よりは観察眼がするどいのよ。

「お生憎様。透也君はね、太陽なの。恒星なの。自分で光れる人なの。私が陰だとしても、ものともしないわ」

 むしろ激しい光は峻烈すぎて、私みたいにみんな目が眩んでしまうかもしれない。だったら陰があるほうがほっとできるわ。

 私の強気な発言にも、陛下は沈黙しなかった。

「そうだね。では、陰たる円佳は光である透也の助力が得られなかったら?」

 陛下が囁きながら、薄く笑みをうかべた。

 庶民を甘く見るな。
 コネはないけれど、庶民わたしには根性があるのだ。

「そんなの、アポが取れるまで何十回も連絡しまくるわ。透也君だってヒマじゃないし、そもそもが私の仕事なのよ。助力が得られなかったら正攻法に決まってるでしょ? 陛下はなにをおっしゃってるの?」

 私は首をかしげる。

 陛下と周りの男達、それとなぜか船長さん達もあっけにとられてる?

 透也君も、私達夫婦のガードさん達の体も揺れている。
 どうやら笑うのを我慢をするのをやめたようだ。
 息を整えたあと、旦那様は。

「これでわかっただろう。貴君は僕の愛おしい妻を貶めたいようだが、彼女こそが光だと」

 透也君、大げさ!

 私って単純だなあ。
 彼に褒められると、途端に甘酸っぱい想いに満たされて胸がキュンキュンしてしまうのだ。

「どこかの貴族のように、己の誉れのために彼女は児童福祉を考えているんじゃない。僕の名声が高まるからではなく、本当に彼らの幸せを願っているからだ」

 内助の功も出来ない女と、他ならぬ夫に断言されてしまった、あうう……。

「僕の円佳は、他人を幸せにしたいと考えることを『欲得』と考えるような女性なんだよ」

 優しい声とともにキスが頭に降りてきた。

「っ、」

 陛下に口を開かせず。 

「そろそろいいかな。回線を繋げ」

 透也君のおだやかな指示に、回線を弄っていた一人が敏感に反応した。

 画面の中から殿下の目線が私達と合う。
 それから目を彷徨わせた彼女は陛下の姿を見るや、悲鳴をあげた。

『お兄様っ。私のお兄様になにをしてるの! トウヤ、不敬よ。ただちに解放させなさいっ』

 相変わらずドイツ語だ。
 それにしても、不敬とな。

「オーレリア」

 と、透也君王侯貴族を呼び捨てーっ。

『トウヤ! 島国の田舎者のくせに、私達に歯向かっていいと思ってるの?』

 殿下が透也君に噛みついてきた。

 なんだと? 
 聞き捨てならない。

「島国育ちなものでね、気に入らない人間には牙を見せることにしているんだ」

 透也君がにっこりと微笑んだ。
 彼では埒が明かないと思ったのか、ぎりぎりと音がしそうなくらい、殿下は私をにらみつけてきた。

 美人って悪い表情してても美しいなあ。
 見惚れたのがバレてたみたいで、透也君につん、と突かれた。
 いけない。
 男の綺麗な顔は透也君で免疫ついているんだけど、女の人の美しいのって慣れてないんだよね、面目ない。

 ほけっとしてて更なる怒りを買ったのか、きつい言葉が飛んできた。

『貴女も……っ、トウヤがいないと光りもしないくせにっ』 

 貶める表現が兄妹だなあ。

「その通りだけど、どうかした?」

 わざと日本語で返してみた。

 ドイツ・イタリア・フランス・ロシア・英語、中国語を話せるよう、子供の頃から特訓を受けさせられた。
 日常会話くらいなら、なんとか意思の疎通はできる。

 が、殿下があくまで母国語で話すのなら、私だって日本語で押し通すまで。
 本当にわからないのならば陛下が通訳するだろうし、私が相手に忖度する必要はない。

『な……っ』

 わなわな、てこういうときに使う擬音なのかな。

「私は透也君からの愛情という名の『光』をたーっぷりと浴びて輝く女なの」

 七光りどころか、百光でもどんとこい。
 溶けちゃって蒸発しちゃうかもしれないけど本望よ。

『どうしてトウヤは貴女なんかをっ? 趣味が悪すぎ!』

 言ったな。

「少なくとも、人の夫を盗ろうとする女を選ぶよりは趣味がいいと思う。大体、貴女は透也君と結婚したいほど彼を好きじゃないわよね? なんで固執しているの」

 直感だった。

 透也君を好きな人はかなりいる。
 スペックは最高だし、敵じゃない人には慇懃無礼にマナーをコーティングしているから理想的な貴公子にしか見えないし。

 殿下も日本人であることをバカにするくせに、透也君は別腹なのかな。
 たしかに、彼の美貌は世界共通ワードの一つだと思う。

 でも、なんだろう。
 殿下はお気に入りのおもちゃにしか思っていない気がするのだ。

『私がアジア人なんかを本気で欲しがると思うの? 少しばかり綺麗だから執事として傅かせたら面白いなと思っただけよ!』

 とうとう私の地雷を踏んだわね。

「……んない女」

 透也君にしか聞こえなかっただろう、呟きを聴きたいと男達が私に視線を寄越す。

『は?』

 雰囲気で喧嘩を売られたと悟ったのだろう、殿下が好戦的な声で聞き返してきた。

 教師はねえ、幼児に舐められたら終わりなのよ。
 そんな私が貴女に遠慮なんかするものですか。

「家柄とか人種とか、そんなものでしか勝負出来ないなんて、つまんない女ね、って言ったのよ」

『なんて無礼な! 誰か、その女を侮辱罪で逮捕しなさいっ』

 殿下の金切り声に動くスタッフはいない。
 場を支配しているのは陛下ですらなく、透也君だと皆さんわかってらっしゃるから。
 私もスルーして言いたいことを続けた。

「たしかに私の旦那様は有能だから、殿下の用事を全て華麗にさばけるわ。けどね、透也君は貴女一人に仕えるにはもったいない人なの」

「僕は奥様一人に仕えたいんだけどね」

 ……ぁん。
 もうもう、うちの旦那様ったら。すぐに私のことを腰砕けにするんだからー!

 頭の中、ハートマークだらけになりニヤけそうになってしまったけれど、なんとか顔を引き締める。

「勿論、透也君が縦横無尽な活躍を出来るのは執事さんや秘書さんあってのことよ。ただね、透也君に仕えている人達は遣り甲斐を感じてくれているから、働いてくれている」

『だから私の許で使ってあげると』

「私が言ったこと聞いてた? 有能な彼らを満足させるくらい、私の旦那様は優れているの。上に立つ人なのよ。そんなこともわからないの」

 ここら辺が違うんですよ、お姫様。
 カメラ越しににらみあっていると、透也君が言葉をはさんできた。

「オーレリア。僕の奥様との会話で、だいぶ心が折れただろうが」

 声が氷をまとっていて、隣で聞いていても身震いしそう。
 はたして透也君が殿下を見つめると、彼女が青ざめた。

「招いてやったとはいえ、嘉島のシステムに侵入したこと。僕の円佳を傷つけたこと。僕から罰を与える」

 カメラのなかに、男達がぬっとあらわれた。
 殿下が悲鳴をあげる。

「君の足でブリッジに来るか、男達に荷物のように運ばれるか好きに選ぶがいい」

「いやっ」

 殿下は、鞄からなにかを取り出すと、一番近くにいた男にそれを押し当てた。
 カメラ越しにでも、感電したような反応に息をのむ。
 その隙に、彼女はガードさん達の手の下を潜り抜けた。

「追い詰めろ」

 透也君の声に反応したスタッフ達が、次々と彼の命令を実行していく。

「Aブロック閉鎖!」
「H,G,F封鎖!」

 報告とともに、ディスプレイに映し出されていた船内見取り図と思しき図面が、次々と紅く染まっていく。

 画面の中の殿下は弾かれたようにタブレットを操作しだした。
 やがて絶望したようにタブレットをバッグにしまい、走り出した。
 彼女を追って、次々とカメラが切り替わっていく。

 ……いやだな。

 透也君が厳選したスタッフさん達を、オーレリア陛下が突破できるわけない。

 んだ。

 透也君は本気で怒っている。
 彼女が悪いことをしたから、罰しようとしているのはわかる。
 だからといって少女にも見える女性を、大の男がよってたかって追いつめるのは好きじゃない。

 私は透也君の傍を離れた。
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