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攻略対象外の彼
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礼拝堂は、入ってすぐ見上げるとステンドグラスが綺麗だった。光がキラキラと赤い絨毯に流れ込んできて、とろりとした蜂蜜を垂らしたような古い木の壁や床を照らした。
礼拝には間に合ったらしい。私は一番後ろの端の席に腰掛けて、縮こまった。広くて豪華な場所は居心地が悪い。顔を上げると見たことのある顔が……見当たらない。人多過ぎ。体育館と同じくらいの講堂に生徒がみっちりだと埋れてしまう。
シスターの話とか始まったけれど、カトリックとかちっとも興味ないから眠りそうだ。せっかくの時間だし、神に祈りながらこの世界について考えよう。
1:なぜだか私は18禁乙女ゲームの世界にいる。そしてヒロインだった。
2:ネット小説とかでこういうの見たことある。あと夢小説とか。乙女ゲーム自体もそういうメタもの増えてきたし、男性向けにもある。
3:このゲームは寄宿舎で病み気味のイケメンとしっとりした恋愛をしっぽり楽しむゲーム。バッドエンドも強烈でおいしかったけれど、フラグの立て方さえ間違えなければ幸せな展開しかない。そして私は全ての因果律《フラグ管理》を知り尽くした神である。なんせ五週もしているのだ。
4:昨日まではこっそりエロゲーをやるくらいしか楽しみのない女子高生だったけれど、今日からはバンバンっす!
5:こういう話は大抵の場合が恋愛をしていく内に真相にたどり着くから、なぜ、とか、どうして、とか、考えるのはナンセンスだ。とりあえず恋愛をしよう。
6:つまり神様ありがとう。私はビッチになります。マグダラのマリアは聖女で娼婦って聞いたこともあるしOKOK!
考えのまとめも終わったし、祈りも終わったし、お腹はすいたけどバッチリだ。非常事態なのだ、一食くらい構うもんか。
講堂から人がゾロゾロ出て行く。一応マップは頭に入っているけれど、新しい場所は不安で不安でしょうがないから、人の波の真ん中くらいで混ざっておこう。
「おはよう、御園さん」
ふわりとした、優しい男の子の声だった。CVで言うと――より先に、私の名前は御園鞠みそのまりだった。よろしく。本当の名前は田中茉莉たなかまり。このヒロインは同じ名前ということもあり大変お気に入りである。ヒロインの名前まで声の入ったゲームだからね。名前分のボイスオフ設定はしない。
顔をあげる。
薄幸そうな垂れ目と泣き黒子、真っ白い肌と、天パ入った銀色のふわふわの髪の毛。身長はひょろりと高いけど細い体だ。虚弱っぽい。
彼は四之宮澪。下の名前はガールズバンドでもやってそうな可愛さだ。けど、この世界だと男の子の名前としても、なんとなくアリな感じ。同じクラスで隣の席だから仲がいいとかいう設定だった。そのくせ攻略対象外。サポートキャラとしてこっそり人気がある。攻略本の開発者おまけトークでは、彼のルートは都合でカットされたらしい。
微笑みかける彼に挨拶を返さないといけない。私は口を開いた。
「お……おは……」
声がかすれてでない。顔にぐわーっと血が上っているのがわかる。
だって彼はイケメンだ。その上、私は人見知りで、対人スキルがゼロで、男子への免疫もない。RPGで言うところの最初の街を出たところにいるスライムレベルなのだ。1PTくらい痛いレベルの対話が全力なのである。ここが滑らかにできていたら私は喪女じゃない。
視線をさっとそらす。ダメだ。無理だ。そして変だと思われた。死にたい。今すぐ死にたい。
「どうかした? 具合でも悪いの?」
「ぃぇ……」
「顔も赤いし。熱でもある?」
四之宮君は優しいお人よしキャラである。私の顔を覗き込んで、心配そうに眉を下げた。
あああ、綺麗な顔をそんなに近づけないで。スナイパーポーズでふっ飛ばさないといられないくらいにいたたまれない。
「だ、だいじょうぶれす……」
じわっと立ち上がって、ずりずりと足をすりつつ後退する。逃げたい。嬉しさがすべてプレッシャーになっている。
四之宮君が私の手を掴んだ。温かくて大きな手が、私の手首に柔らかな体温を伝えてくる。
ひええええ! イケメンと手を握ってしまった……! 体が硬直して金縛りみたいに動かなくなった。膝がガクガク言う。引っ張られたらそのままついていくしかない。ゆっくり歩いてくれているのに、足がもつれて転びそうだ。
「やっぱり変だよ。保健室行こう」
「ぇ、ぁ、ぁの……」
「そういえば食堂にもいなかったし、そっか、食欲ないのか……今日は休んだほうがいいかもしれないね」
静かな声で彼は言う。今までこんな優しさを受けたことはない。なんていい人なんだ……。イケメンということは別としても、相手に接触する敷居が下がった気がする。入学してすぐの主人公が周囲になじめず緊張していたところ、四之宮君と主人公の友人役の雪ちゃんと友達になって救われた、なんてテキストボックス一行に収まるあらすじがあったけれど、すごくよく気持ちがわかった。
「ありがとうございます……」
私は小さな声でお礼を言った。四之宮君は「やだな、何言ってるんだよ」とフランクに笑った。
礼拝には間に合ったらしい。私は一番後ろの端の席に腰掛けて、縮こまった。広くて豪華な場所は居心地が悪い。顔を上げると見たことのある顔が……見当たらない。人多過ぎ。体育館と同じくらいの講堂に生徒がみっちりだと埋れてしまう。
シスターの話とか始まったけれど、カトリックとかちっとも興味ないから眠りそうだ。せっかくの時間だし、神に祈りながらこの世界について考えよう。
1:なぜだか私は18禁乙女ゲームの世界にいる。そしてヒロインだった。
2:ネット小説とかでこういうの見たことある。あと夢小説とか。乙女ゲーム自体もそういうメタもの増えてきたし、男性向けにもある。
3:このゲームは寄宿舎で病み気味のイケメンとしっとりした恋愛をしっぽり楽しむゲーム。バッドエンドも強烈でおいしかったけれど、フラグの立て方さえ間違えなければ幸せな展開しかない。そして私は全ての因果律《フラグ管理》を知り尽くした神である。なんせ五週もしているのだ。
4:昨日まではこっそりエロゲーをやるくらいしか楽しみのない女子高生だったけれど、今日からはバンバンっす!
5:こういう話は大抵の場合が恋愛をしていく内に真相にたどり着くから、なぜ、とか、どうして、とか、考えるのはナンセンスだ。とりあえず恋愛をしよう。
6:つまり神様ありがとう。私はビッチになります。マグダラのマリアは聖女で娼婦って聞いたこともあるしOKOK!
考えのまとめも終わったし、祈りも終わったし、お腹はすいたけどバッチリだ。非常事態なのだ、一食くらい構うもんか。
講堂から人がゾロゾロ出て行く。一応マップは頭に入っているけれど、新しい場所は不安で不安でしょうがないから、人の波の真ん中くらいで混ざっておこう。
「おはよう、御園さん」
ふわりとした、優しい男の子の声だった。CVで言うと――より先に、私の名前は御園鞠みそのまりだった。よろしく。本当の名前は田中茉莉たなかまり。このヒロインは同じ名前ということもあり大変お気に入りである。ヒロインの名前まで声の入ったゲームだからね。名前分のボイスオフ設定はしない。
顔をあげる。
薄幸そうな垂れ目と泣き黒子、真っ白い肌と、天パ入った銀色のふわふわの髪の毛。身長はひょろりと高いけど細い体だ。虚弱っぽい。
彼は四之宮澪。下の名前はガールズバンドでもやってそうな可愛さだ。けど、この世界だと男の子の名前としても、なんとなくアリな感じ。同じクラスで隣の席だから仲がいいとかいう設定だった。そのくせ攻略対象外。サポートキャラとしてこっそり人気がある。攻略本の開発者おまけトークでは、彼のルートは都合でカットされたらしい。
微笑みかける彼に挨拶を返さないといけない。私は口を開いた。
「お……おは……」
声がかすれてでない。顔にぐわーっと血が上っているのがわかる。
だって彼はイケメンだ。その上、私は人見知りで、対人スキルがゼロで、男子への免疫もない。RPGで言うところの最初の街を出たところにいるスライムレベルなのだ。1PTくらい痛いレベルの対話が全力なのである。ここが滑らかにできていたら私は喪女じゃない。
視線をさっとそらす。ダメだ。無理だ。そして変だと思われた。死にたい。今すぐ死にたい。
「どうかした? 具合でも悪いの?」
「ぃぇ……」
「顔も赤いし。熱でもある?」
四之宮君は優しいお人よしキャラである。私の顔を覗き込んで、心配そうに眉を下げた。
あああ、綺麗な顔をそんなに近づけないで。スナイパーポーズでふっ飛ばさないといられないくらいにいたたまれない。
「だ、だいじょうぶれす……」
じわっと立ち上がって、ずりずりと足をすりつつ後退する。逃げたい。嬉しさがすべてプレッシャーになっている。
四之宮君が私の手を掴んだ。温かくて大きな手が、私の手首に柔らかな体温を伝えてくる。
ひええええ! イケメンと手を握ってしまった……! 体が硬直して金縛りみたいに動かなくなった。膝がガクガク言う。引っ張られたらそのままついていくしかない。ゆっくり歩いてくれているのに、足がもつれて転びそうだ。
「やっぱり変だよ。保健室行こう」
「ぇ、ぁ、ぁの……」
「そういえば食堂にもいなかったし、そっか、食欲ないのか……今日は休んだほうがいいかもしれないね」
静かな声で彼は言う。今までこんな優しさを受けたことはない。なんていい人なんだ……。イケメンということは別としても、相手に接触する敷居が下がった気がする。入学してすぐの主人公が周囲になじめず緊張していたところ、四之宮君と主人公の友人役の雪ちゃんと友達になって救われた、なんてテキストボックス一行に収まるあらすじがあったけれど、すごくよく気持ちがわかった。
「ありがとうございます……」
私は小さな声でお礼を言った。四之宮君は「やだな、何言ってるんだよ」とフランクに笑った。
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