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夏の夕暮れ
もし、空を飛べるとしたら(修正)
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『父ちゃんと二人でこっち来たんや。よろしゅうな』
まるで陽だまりのような笑顔で機嫌よく、澄んだ通る声で告げた小学4年のあの時。
騒ぎ立てるクラスメートの中、不意に自分を捉える視線に一哉は気づいた。
気になっていた幽霊屋敷に移り住むという少年から向けられた意味深な視線。何かしらの予兆めいたものかと思った。けれど、特別な何かが起きることもなく日常は過ぎる。
一哉にとってひつぎを探すことが最重要事項であったのに、充実して余りあるほどの日常が過ぎていく。
そんな中、一哉をみつめる郁人の視線が熱を帯び始めているような気がしてきた。そんなはずはないと否定する反面、期待する事実もあった。
そして訪れたのは1年前、夏の北海道。顔を真っ赤にして自分を見ていた郁人。
微動だにしない郁人の頬の傷に手を伸ばした。
想像よりも柔らかな弾力としっとりとした熱さを伴う頬。僅かに息を飲む郁人の気配。
ふと、我慢できなくなった。
触れたい、とそう思ってしまった瞬間には身体が自然と動いていた。
その熱い頬に口を寄せ……ペロリと……。
『っあ!』
叫ばれて慌てて自我を取り戻した一哉は、驚き過ぎ、と言い放ち離れた。
本当は……自分の方が驚いていた。まさかそんな事をしでかすなど思ってもいなかった。
顔が赤くなったことを隠すために笑い声をあげて隆文のもとへと戻った。
『ああ、いつまでも一緒にいたい……』
心に溢れる温かな何かが意味を成す。
許されるならずっと一緒にいたいと思ったのは一哉の方だ。
~~~~~
「一哉?」
そんなことを思い返していた一哉は、目の前の郁人に呼びかけられて慌てて思考を止めた。
「せやからな。やっぱし一哉が居てくれたからオレはオレでいられるんやて自覚した。好っきゃで。一哉」
にっこりと出会った頃のままの笑顔で告げる郁人に一哉も思わず、小さな笑みを浮かべた。
そんなことはもう十分に、
「————知ってる」
そして軽く頷くと。
「せやから昨日の続きしよや」
「…は?なんでそうなるんだよ」
「そら、一哉に触ってると気持ちええから?」
「っ!…そもそも続きなんて、」
声は近づいた郁人の唇に遮られた。二の腕を掴まれ、触れるだけの柔らかなキスが降ってくる。
「な、」
けれど、一哉が声を上げた瞬間、待っていたと言わんばかりに舌先が滑り込んだ。
最初は歯列を確認するかのように浅く、角度を変えてから深く侵入してくる。押し返すつもりの一哉の舌を受け流して上顎を擦る。
「!」
ぞくりと一哉の背筋が震えた。
その一瞬の反応を郁人は感じとっていた。それはもちろん自分自身のモノと同じだったからで、もっと…と郁人の本能が自身を煽る。
「……っ、」
そして一哉自身それが何かわからないはずもなく…けれど追い出そうとする舌に郁人が同じ物で絡んでくる。
呼吸をするたびに溢れる音が室内に響き……一哉は居た堪れず、軽く身を引いた。が、ちょうど郁人が力を入れたことも合い重なり、その瞬間にはベッドの方に倒れてしまう。
「い、いくとっ!……」
呼びかける声もすぐに郁人に吸い上げられる。
魔法ではじき返すとか、水球をぶつけるとか、そんなことは一切考えられずにただただキスを与え続けられて、離れた瞬間に一哉は深く息を吐いた。
「……お前…こんなの…」
どこで覚えたと言いながら息を整えようとする一哉だったが、真剣で激しい熱に郁人の頬は蒸気を残したまま。押し倒された一哉が下からそんな郁人を見上げていると、
「やばい。めちゃ食いつきたいわ」
「は…?…っ」
郁人の唇が一哉の首に触れた。
食いつきたい、と言いながら触れる唇は優しく柔らかい。が、それも一瞬。すぐにきつく吸い上げられ、奇妙な感覚が身体の中心で生まれた。それは力が溜まっていくような、抜けていくような相反するもどかしさだった。
「ぁ…ちょ、…ま」
「待てん」
いつの間にかシャツの中に入りこんできた郁人の熱い手の平が、甘えるようなじゃれるようなそれではなく、意思を持って動くことが一哉の思考を止めそうになる。
「…っ………」
「ちょっとは、気持ち…ええ?」
「……ぅるさい」
「はは」
いつも冷静な一哉の少し違った反応に、郁人はかなり浮かれていた。
ずっと、もうずっとこうして触れたかったのだ。
滑らかな…肌だった。一哉の目元にもほんのりと朱が走り、いつにも増して可愛いと思う。
可愛い一哉も、時折り憎まれ口の一哉も、綺麗な一哉も、全てを自分のものにしたいと思ってしまう。
————が。
コン、コンコン、と響いたのはノックの音だった。それは部屋のすぐ外から響いており、
「「 !! 」」
2人の動きが止まる。
「郁人、帰ったよ。一哉くんもいるかい?」
のんびりとした声とほぼ同時に、ガチャとドアノブが動いた。瞬間、反射的に身を起こした一哉の行動は早かった。何事かをつぶやき、指先がドアに向かうと開くはずのドアが押さえつけられたように止まる。
「あれ、郁人?」
開かない扉に戸惑う隆文の声が郁人を急かせる。
「あ!ああ。いるで。……な、なんやもう帰ってきたんかい。ゆっくりしてくるんやと思たわ」
身を起こした一哉に撥ね退けられた郁人は、ベッドの淵に転がったまま応えた。
目の前にははだけたシャツの胸元を押さえた一哉がいる。いつの間にかそんなところまで手を掛けていた自分に、郁人の熱が急上昇していた。
『ヤバい、ヤバい!ヤバいやろ!!』
「郁人?」
そんな郁人の思いも知らずにのんびりとした隆文の声が郁人を呼ぶ。
『落ち着け、落ち着け』
冷静や!と自身に言い聞かせるが、ああ、冷静ってなんや……。
つぶやく言葉はぐるぐると頭上を飛び回るだけで、再度、身を起こしている一哉を確認すると、すっかり身支度を終えた冷静な姿があり、
「これや、」と残念そうにつぶやく。
「………」
視線を感じたらしい一哉は、しかし意外にも口元に手の甲を当てると……照れたようにするりと視線を逸らした。瞬間、郁人は冷静……が逃げていくのではないかと思い、
「くわっ!」と意味なく叫んだ。
「だから、突然叫ぶな。驚くだろ」
「やて、落ち着かん」
「郁人?一哉くん?なんだか建付けが悪くなったのかな。まさか建物が傾いたなんてことないよね」
隆文の声が心配そうに二人を呼んだ。
「…やはし親父が一番謎かもしれん」
「…実は自分もそう思った」
2人は顔を見合わせて思わず笑った。
「ちょい待ってや、こっちから開けたる」
ぐーーーと唸るように自分に喝を入れ、しばしの間をおいて立ち上がった郁人は扉に近づくと一哉を振り返った。その視線を受けた一哉はタイミングを合わせるように軽く頷き、魔法を解除した。
「お、開いたわ」
そして、わざとらしく呟きながら郁人が扉を開ける。
「お帰り、なんやどうしたん」
「うん、伝えたいことがあってね。レイカさんが週末、もう一つの家を見に行くと言ってるんだが、郁人達も一緒にどうかと思ってね」
部屋から顔を出した郁人と、その奥にいる一哉を見ながら訪れた理由を隆文が告げた瞬間、空気がピリッと冷ややかなそれになった。それは魔法でもなんでもなく、まさしく郁人の心情だ。
「…ムリや」
「え?」
聞き返したのは隆文と一哉だった。
「え?やないで、一哉。週末はデートや。二人で出かけるんやし。もう一つの家はそのうち行きゃええやろ」
「どうした、郁人?何か怒っているのかい?あ、やはりレイカさんのこと…」
「そないなことで怒ったりせん!そもそも怒ってへんわ。そないなとこ、親父と母で行きゃええ話や。ほんま、明日学校やからもう寝るし」
「…じゃ、俺はあっちの部屋で」
「一哉にはまだ話がある」
「あ、えっと……」
「おやすみ」
ばたん!と激しくドアを閉めて半ば締め出すように隆文の姿をドアの向こうに追いやった郁人は、
「週末のことやったら今、言う必要はないやろ!嫌がらせか!? 虫の知らせかっ!」
先ほど中断された熱が別の形で爆発していた。それに、いくら気にしないとはいえ突然の母親に振り回されたくもないのも本音だった。
「……郁人。熱を…覚まさせてやろうか?」
そんな郁人を相手に一哉は笑みを携えてゆっくりと口を開いた。
どこか艶を含んだ笑みだった。
「な、なんや、えらい積極的やないか」
「そっちじゃなく!……空、飛んでみるかって」
郁人の脳裏に、隆文の言葉がよみがえっていた。
『あの光景は忘れられない。口では表現できない』
感極まった隆文の表情。
そして、ほんの一時だったが公園で見た航空写真よりも立体的で手で掴めそうな光景。
さらに言うなら地下から飛んだ時の爽快感。
郁人の瞳にキラキラとした期待感が溢れていた。心がワクワクと踊り出す。目の前には笑みを浮かべる一哉がその手を差し出しており、手を重ねようとした郁人だったが、はたと思い直した。
「や、ちょい待った。一哉。————もし、空を飛ぶんやったら新月の時にしよ。なるたけ人目につかんように飛ばな。クラスのやつらがどこで目光らせとるかわからん。今日かて、母のことがもう噂になっとんちゃうかな。なに言われるんか。女の妖怪ってなんやおったか?」
「は?」
「やし、あいつらいつも誰かが監視しとるからな!」
「……ぷ、は、あははははは」
ちゃんと玄関から入って玄関から出て行った人物-母親-を捕まえて何を言うでもないだろうと、一哉は思わず声を上げて笑ってしまった。本当に突拍子もないことを思いつく郁人だ。そして、
「めちゃ可愛ええけど、そないに笑うことか?」
少し拗ねたように言う。
「人のこといちいち可愛いって言うけど、郁人の方がよっぽど可愛いよ」
「はあ?んなわけあるかい」
「自覚が無いところもな。けど、そんな郁人だから自分は安心する。ずっと一緒にいたいと思う」
はは、と笑いながら一息つく一哉は、真っ直ぐに郁人を見た。
「な、んや、」
「好きだよ、郁人」
ふんわりと年相応の明るい笑顔を浮かべる一哉に、郁人は途端、かーーーっと赤面していた。
「ちょ、い、いきなりなんや。照れるやろ」
「たまには思い知れ」
「一哉っ!?」
「今日は自室で寝るよ」
「ちょ、ちょい待て」
「また、明日」
「待てて」
軽く手を振りながら部屋を出て行く一哉を追いかける郁人だったがその扉が開かずに、
「一哉~!」と状況を作り上げたであろう一哉の名を呼ぶ。
「建て付けが悪いのかな。歪んでしまったかな。明日の朝には見てやるよ。おやすみ」
「こんにゃろ、覚えとけや」
はは、と一哉の笑い声が響いた。その頬が赤くなっていた事はもちろん郁人には知る由もなかったが、少しだけ距離が近づいて熱が増えた二人の日常にこの先何が訪れたとしても、一緒にいる事は変わらないと2人ともに思うのだった。
END
∻∻∻∻∻∻∻∻∻∻∻
ひとまず終幕です。ここまで読んで頂き、本当———に、ありがとうございましたっ!!短編で、3週間ほどで、コンスタンスにあげていく!と強く思っていたのに、途中謎の痛みに襲われ、気力が萎えたり(歯痛でしたけどね(^^ゞ)。読んでくださるので本当に励みになりがんばれました。
まるで陽だまりのような笑顔で機嫌よく、澄んだ通る声で告げた小学4年のあの時。
騒ぎ立てるクラスメートの中、不意に自分を捉える視線に一哉は気づいた。
気になっていた幽霊屋敷に移り住むという少年から向けられた意味深な視線。何かしらの予兆めいたものかと思った。けれど、特別な何かが起きることもなく日常は過ぎる。
一哉にとってひつぎを探すことが最重要事項であったのに、充実して余りあるほどの日常が過ぎていく。
そんな中、一哉をみつめる郁人の視線が熱を帯び始めているような気がしてきた。そんなはずはないと否定する反面、期待する事実もあった。
そして訪れたのは1年前、夏の北海道。顔を真っ赤にして自分を見ていた郁人。
微動だにしない郁人の頬の傷に手を伸ばした。
想像よりも柔らかな弾力としっとりとした熱さを伴う頬。僅かに息を飲む郁人の気配。
ふと、我慢できなくなった。
触れたい、とそう思ってしまった瞬間には身体が自然と動いていた。
その熱い頬に口を寄せ……ペロリと……。
『っあ!』
叫ばれて慌てて自我を取り戻した一哉は、驚き過ぎ、と言い放ち離れた。
本当は……自分の方が驚いていた。まさかそんな事をしでかすなど思ってもいなかった。
顔が赤くなったことを隠すために笑い声をあげて隆文のもとへと戻った。
『ああ、いつまでも一緒にいたい……』
心に溢れる温かな何かが意味を成す。
許されるならずっと一緒にいたいと思ったのは一哉の方だ。
~~~~~
「一哉?」
そんなことを思い返していた一哉は、目の前の郁人に呼びかけられて慌てて思考を止めた。
「せやからな。やっぱし一哉が居てくれたからオレはオレでいられるんやて自覚した。好っきゃで。一哉」
にっこりと出会った頃のままの笑顔で告げる郁人に一哉も思わず、小さな笑みを浮かべた。
そんなことはもう十分に、
「————知ってる」
そして軽く頷くと。
「せやから昨日の続きしよや」
「…は?なんでそうなるんだよ」
「そら、一哉に触ってると気持ちええから?」
「っ!…そもそも続きなんて、」
声は近づいた郁人の唇に遮られた。二の腕を掴まれ、触れるだけの柔らかなキスが降ってくる。
「な、」
けれど、一哉が声を上げた瞬間、待っていたと言わんばかりに舌先が滑り込んだ。
最初は歯列を確認するかのように浅く、角度を変えてから深く侵入してくる。押し返すつもりの一哉の舌を受け流して上顎を擦る。
「!」
ぞくりと一哉の背筋が震えた。
その一瞬の反応を郁人は感じとっていた。それはもちろん自分自身のモノと同じだったからで、もっと…と郁人の本能が自身を煽る。
「……っ、」
そして一哉自身それが何かわからないはずもなく…けれど追い出そうとする舌に郁人が同じ物で絡んでくる。
呼吸をするたびに溢れる音が室内に響き……一哉は居た堪れず、軽く身を引いた。が、ちょうど郁人が力を入れたことも合い重なり、その瞬間にはベッドの方に倒れてしまう。
「い、いくとっ!……」
呼びかける声もすぐに郁人に吸い上げられる。
魔法ではじき返すとか、水球をぶつけるとか、そんなことは一切考えられずにただただキスを与え続けられて、離れた瞬間に一哉は深く息を吐いた。
「……お前…こんなの…」
どこで覚えたと言いながら息を整えようとする一哉だったが、真剣で激しい熱に郁人の頬は蒸気を残したまま。押し倒された一哉が下からそんな郁人を見上げていると、
「やばい。めちゃ食いつきたいわ」
「は…?…っ」
郁人の唇が一哉の首に触れた。
食いつきたい、と言いながら触れる唇は優しく柔らかい。が、それも一瞬。すぐにきつく吸い上げられ、奇妙な感覚が身体の中心で生まれた。それは力が溜まっていくような、抜けていくような相反するもどかしさだった。
「ぁ…ちょ、…ま」
「待てん」
いつの間にかシャツの中に入りこんできた郁人の熱い手の平が、甘えるようなじゃれるようなそれではなく、意思を持って動くことが一哉の思考を止めそうになる。
「…っ………」
「ちょっとは、気持ち…ええ?」
「……ぅるさい」
「はは」
いつも冷静な一哉の少し違った反応に、郁人はかなり浮かれていた。
ずっと、もうずっとこうして触れたかったのだ。
滑らかな…肌だった。一哉の目元にもほんのりと朱が走り、いつにも増して可愛いと思う。
可愛い一哉も、時折り憎まれ口の一哉も、綺麗な一哉も、全てを自分のものにしたいと思ってしまう。
————が。
コン、コンコン、と響いたのはノックの音だった。それは部屋のすぐ外から響いており、
「「 !! 」」
2人の動きが止まる。
「郁人、帰ったよ。一哉くんもいるかい?」
のんびりとした声とほぼ同時に、ガチャとドアノブが動いた。瞬間、反射的に身を起こした一哉の行動は早かった。何事かをつぶやき、指先がドアに向かうと開くはずのドアが押さえつけられたように止まる。
「あれ、郁人?」
開かない扉に戸惑う隆文の声が郁人を急かせる。
「あ!ああ。いるで。……な、なんやもう帰ってきたんかい。ゆっくりしてくるんやと思たわ」
身を起こした一哉に撥ね退けられた郁人は、ベッドの淵に転がったまま応えた。
目の前にははだけたシャツの胸元を押さえた一哉がいる。いつの間にかそんなところまで手を掛けていた自分に、郁人の熱が急上昇していた。
『ヤバい、ヤバい!ヤバいやろ!!』
「郁人?」
そんな郁人の思いも知らずにのんびりとした隆文の声が郁人を呼ぶ。
『落ち着け、落ち着け』
冷静や!と自身に言い聞かせるが、ああ、冷静ってなんや……。
つぶやく言葉はぐるぐると頭上を飛び回るだけで、再度、身を起こしている一哉を確認すると、すっかり身支度を終えた冷静な姿があり、
「これや、」と残念そうにつぶやく。
「………」
視線を感じたらしい一哉は、しかし意外にも口元に手の甲を当てると……照れたようにするりと視線を逸らした。瞬間、郁人は冷静……が逃げていくのではないかと思い、
「くわっ!」と意味なく叫んだ。
「だから、突然叫ぶな。驚くだろ」
「やて、落ち着かん」
「郁人?一哉くん?なんだか建付けが悪くなったのかな。まさか建物が傾いたなんてことないよね」
隆文の声が心配そうに二人を呼んだ。
「…やはし親父が一番謎かもしれん」
「…実は自分もそう思った」
2人は顔を見合わせて思わず笑った。
「ちょい待ってや、こっちから開けたる」
ぐーーーと唸るように自分に喝を入れ、しばしの間をおいて立ち上がった郁人は扉に近づくと一哉を振り返った。その視線を受けた一哉はタイミングを合わせるように軽く頷き、魔法を解除した。
「お、開いたわ」
そして、わざとらしく呟きながら郁人が扉を開ける。
「お帰り、なんやどうしたん」
「うん、伝えたいことがあってね。レイカさんが週末、もう一つの家を見に行くと言ってるんだが、郁人達も一緒にどうかと思ってね」
部屋から顔を出した郁人と、その奥にいる一哉を見ながら訪れた理由を隆文が告げた瞬間、空気がピリッと冷ややかなそれになった。それは魔法でもなんでもなく、まさしく郁人の心情だ。
「…ムリや」
「え?」
聞き返したのは隆文と一哉だった。
「え?やないで、一哉。週末はデートや。二人で出かけるんやし。もう一つの家はそのうち行きゃええやろ」
「どうした、郁人?何か怒っているのかい?あ、やはりレイカさんのこと…」
「そないなことで怒ったりせん!そもそも怒ってへんわ。そないなとこ、親父と母で行きゃええ話や。ほんま、明日学校やからもう寝るし」
「…じゃ、俺はあっちの部屋で」
「一哉にはまだ話がある」
「あ、えっと……」
「おやすみ」
ばたん!と激しくドアを閉めて半ば締め出すように隆文の姿をドアの向こうに追いやった郁人は、
「週末のことやったら今、言う必要はないやろ!嫌がらせか!? 虫の知らせかっ!」
先ほど中断された熱が別の形で爆発していた。それに、いくら気にしないとはいえ突然の母親に振り回されたくもないのも本音だった。
「……郁人。熱を…覚まさせてやろうか?」
そんな郁人を相手に一哉は笑みを携えてゆっくりと口を開いた。
どこか艶を含んだ笑みだった。
「な、なんや、えらい積極的やないか」
「そっちじゃなく!……空、飛んでみるかって」
郁人の脳裏に、隆文の言葉がよみがえっていた。
『あの光景は忘れられない。口では表現できない』
感極まった隆文の表情。
そして、ほんの一時だったが公園で見た航空写真よりも立体的で手で掴めそうな光景。
さらに言うなら地下から飛んだ時の爽快感。
郁人の瞳にキラキラとした期待感が溢れていた。心がワクワクと踊り出す。目の前には笑みを浮かべる一哉がその手を差し出しており、手を重ねようとした郁人だったが、はたと思い直した。
「や、ちょい待った。一哉。————もし、空を飛ぶんやったら新月の時にしよ。なるたけ人目につかんように飛ばな。クラスのやつらがどこで目光らせとるかわからん。今日かて、母のことがもう噂になっとんちゃうかな。なに言われるんか。女の妖怪ってなんやおったか?」
「は?」
「やし、あいつらいつも誰かが監視しとるからな!」
「……ぷ、は、あははははは」
ちゃんと玄関から入って玄関から出て行った人物-母親-を捕まえて何を言うでもないだろうと、一哉は思わず声を上げて笑ってしまった。本当に突拍子もないことを思いつく郁人だ。そして、
「めちゃ可愛ええけど、そないに笑うことか?」
少し拗ねたように言う。
「人のこといちいち可愛いって言うけど、郁人の方がよっぽど可愛いよ」
「はあ?んなわけあるかい」
「自覚が無いところもな。けど、そんな郁人だから自分は安心する。ずっと一緒にいたいと思う」
はは、と笑いながら一息つく一哉は、真っ直ぐに郁人を見た。
「な、んや、」
「好きだよ、郁人」
ふんわりと年相応の明るい笑顔を浮かべる一哉に、郁人は途端、かーーーっと赤面していた。
「ちょ、い、いきなりなんや。照れるやろ」
「たまには思い知れ」
「一哉っ!?」
「今日は自室で寝るよ」
「ちょ、ちょい待て」
「また、明日」
「待てて」
軽く手を振りながら部屋を出て行く一哉を追いかける郁人だったがその扉が開かずに、
「一哉~!」と状況を作り上げたであろう一哉の名を呼ぶ。
「建て付けが悪いのかな。歪んでしまったかな。明日の朝には見てやるよ。おやすみ」
「こんにゃろ、覚えとけや」
はは、と一哉の笑い声が響いた。その頬が赤くなっていた事はもちろん郁人には知る由もなかったが、少しだけ距離が近づいて熱が増えた二人の日常にこの先何が訪れたとしても、一緒にいる事は変わらないと2人ともに思うのだった。
END
∻∻∻∻∻∻∻∻∻∻∻
ひとまず終幕です。ここまで読んで頂き、本当———に、ありがとうございましたっ!!短編で、3週間ほどで、コンスタンスにあげていく!と強く思っていたのに、途中謎の痛みに襲われ、気力が萎えたり(歯痛でしたけどね(^^ゞ)。読んでくださるので本当に励みになりがんばれました。
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