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夏の夕暮れ
飛ぶのなら(修正)
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一哉は、ふわふわと、取り留めもなくふわふわと身体が浮いていることに気づいた。
霧が立ち込めたような白濁した大気の中で、上下左右もわからずにただふわふわと浮いている。
周囲の景色は認められず、先程の大木さえ見当たらないそこで、視界を取り戻したくて辺りを払ってみるが何も変わることはなかった。
夢の中というよりは現実的で、現実と言い切るには実感が薄い。
狭間、という方がしっくりときた。
そして、これほど不安定な状態でも不思議と一哉に恐れはなかった。
こういうものなのだと自身の奥底からのつぶやきに妙に納得していた。
これこそが求めていたものなのだ、と。探していたものだと、何かが自分に言い聞かせる。
【おかえり】と呼び掛ける声が聞こえた気がした。
それは言葉にも音にも、1人の声にも複数人の声にも聞こえた。
けれど姿があるわけでもなく、それはすぐに霧散し、次に一哉の脳裏には風景が広がる。
視覚よりも感覚が見せている、狭間の風景だった。
深い森の中、生い茂った木々に埋もれるようにある白い洋館には見事な薔薇のアーチ。
いつでも鮮やかな薔薇の花が咲いている。
そしてアーチを潜った先にあるのは先程見つけたあの大木。そうひつぎだ。幹の感じも高さも“うろ”も全く同じで、しかし今はそばに寄り添う影があった。庭で走り回るのは幼い影。足元には青々とした芝。石のテーブルを囲むように、幾つかの影。
それはもうきっと。何度も、何年にも渡って開催されただろう交流会の風景。
知っているはずだと何かが告げる。
さらに風景は変化する。
深い森はいつしか開かれた町に。そして降りかかる自然災害。そして最たる人的災害…戦争。
焼かれゆく家々、田畑。燃えてゆく森林。逃げ惑う鳥、獣、そして人間。
【失うわけにはいかない】
大地が動いた。大木がゆっくりと姿を消していく。
【これでいい】
一哉は霧のようなモヤの中で、ふわふわとゆらゆらとまだ揺れていた。
これでいい……。
自身の起源であるひつぎを災禍から隠すことで守り、自身が心惹かれ存在するための支えとしたいと思った者を守るため、一緒に在るためにこの地に立つ。
人間の脆さを知っているのにそこに宿る強さに憧れて、正直に素直に寄り添いたいと願った心。
それは初代の気持ちであると共に、一哉の思いでもあった。
どこか心地よい感覚に漂う一哉はふんわりと溢れる力にも気付いていた。
ああ、これが我が種族……。
『一緒に居たいんや!』
不意に熱い思いを込めた言葉が、一哉以外何もないはずの空間に溢れた。
『なんや、こう、2人っちゅうのが大事なんや!』
その言葉は、一哉の目を瞬かせた。
瞬間、今のこの現状を把握しなければならないと意識する。
ふわふわとユラユラと大気に溶け出してしまった何かを掻き集めるように、頭の先から足の先まで、一哉を形成していた身体を思い起こす。
『なんや可愛ええなぁ』
少し照れたように告げてきたのは……。
一哉はその人物を朧げに捉えながら、自分自身を内側から思い出す。自分を想像するにあたり必ず寄り添う一つの影。
屈託なく人懐っこい笑顔でするりと一哉の隣に滑り込んできた少年。
自分自身のルーツを調べなければならないのに、それさえも楽しい人生の一部のように感じさせてくれた。
佐波一哉を形成するに不可欠な存在。その少年の名は白崎郁人。
「大丈夫だ」
言葉にするとさらにしっかりとした気持ちが生まれた。
『ひつぎを見つけたら、なんや消滅するとかゆうてたやろ』
それは今日のことだった。
一哉の事を知り、それでも一緒にいられる事を考えてくれた。
ああ、そうかと一哉は思う。
探るように、窺うように問いかけているのに、そうさせたくないとの思いが溢れている郁人の声。
いつでも真っ直ぐに一哉自身に向かい合ってくれていた。
本当に帰るべきはひつぎではなく郁人の隣だ、と深く頷いてしまう。
「消えるつもりはない」
そう、はっきりと伝えたのは一哉だ。
いまの状況を振り返り、思わず苦笑した。
「だから…郁人」
その名を呼んだ。伸ばすのは……左手。
「一緒に飛ぶなら、やっぱりお前とがいいな」
霧が立ち込めたような白濁した大気の中で、上下左右もわからずにただふわふわと浮いている。
周囲の景色は認められず、先程の大木さえ見当たらないそこで、視界を取り戻したくて辺りを払ってみるが何も変わることはなかった。
夢の中というよりは現実的で、現実と言い切るには実感が薄い。
狭間、という方がしっくりときた。
そして、これほど不安定な状態でも不思議と一哉に恐れはなかった。
こういうものなのだと自身の奥底からのつぶやきに妙に納得していた。
これこそが求めていたものなのだ、と。探していたものだと、何かが自分に言い聞かせる。
【おかえり】と呼び掛ける声が聞こえた気がした。
それは言葉にも音にも、1人の声にも複数人の声にも聞こえた。
けれど姿があるわけでもなく、それはすぐに霧散し、次に一哉の脳裏には風景が広がる。
視覚よりも感覚が見せている、狭間の風景だった。
深い森の中、生い茂った木々に埋もれるようにある白い洋館には見事な薔薇のアーチ。
いつでも鮮やかな薔薇の花が咲いている。
そしてアーチを潜った先にあるのは先程見つけたあの大木。そうひつぎだ。幹の感じも高さも“うろ”も全く同じで、しかし今はそばに寄り添う影があった。庭で走り回るのは幼い影。足元には青々とした芝。石のテーブルを囲むように、幾つかの影。
それはもうきっと。何度も、何年にも渡って開催されただろう交流会の風景。
知っているはずだと何かが告げる。
さらに風景は変化する。
深い森はいつしか開かれた町に。そして降りかかる自然災害。そして最たる人的災害…戦争。
焼かれゆく家々、田畑。燃えてゆく森林。逃げ惑う鳥、獣、そして人間。
【失うわけにはいかない】
大地が動いた。大木がゆっくりと姿を消していく。
【これでいい】
一哉は霧のようなモヤの中で、ふわふわとゆらゆらとまだ揺れていた。
これでいい……。
自身の起源であるひつぎを災禍から隠すことで守り、自身が心惹かれ存在するための支えとしたいと思った者を守るため、一緒に在るためにこの地に立つ。
人間の脆さを知っているのにそこに宿る強さに憧れて、正直に素直に寄り添いたいと願った心。
それは初代の気持ちであると共に、一哉の思いでもあった。
どこか心地よい感覚に漂う一哉はふんわりと溢れる力にも気付いていた。
ああ、これが我が種族……。
『一緒に居たいんや!』
不意に熱い思いを込めた言葉が、一哉以外何もないはずの空間に溢れた。
『なんや、こう、2人っちゅうのが大事なんや!』
その言葉は、一哉の目を瞬かせた。
瞬間、今のこの現状を把握しなければならないと意識する。
ふわふわとユラユラと大気に溶け出してしまった何かを掻き集めるように、頭の先から足の先まで、一哉を形成していた身体を思い起こす。
『なんや可愛ええなぁ』
少し照れたように告げてきたのは……。
一哉はその人物を朧げに捉えながら、自分自身を内側から思い出す。自分を想像するにあたり必ず寄り添う一つの影。
屈託なく人懐っこい笑顔でするりと一哉の隣に滑り込んできた少年。
自分自身のルーツを調べなければならないのに、それさえも楽しい人生の一部のように感じさせてくれた。
佐波一哉を形成するに不可欠な存在。その少年の名は白崎郁人。
「大丈夫だ」
言葉にするとさらにしっかりとした気持ちが生まれた。
『ひつぎを見つけたら、なんや消滅するとかゆうてたやろ』
それは今日のことだった。
一哉の事を知り、それでも一緒にいられる事を考えてくれた。
ああ、そうかと一哉は思う。
探るように、窺うように問いかけているのに、そうさせたくないとの思いが溢れている郁人の声。
いつでも真っ直ぐに一哉自身に向かい合ってくれていた。
本当に帰るべきはひつぎではなく郁人の隣だ、と深く頷いてしまう。
「消えるつもりはない」
そう、はっきりと伝えたのは一哉だ。
いまの状況を振り返り、思わず苦笑した。
「だから…郁人」
その名を呼んだ。伸ばすのは……左手。
「一緒に飛ぶなら、やっぱりお前とがいいな」
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