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明星/カラスの北斗七星 編

44.日常

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 私達の仲間として、新たに吸血鬼のルカが加わった。
 彼にはロスヴァリスを守る役目もある為、定期的に帰れるよう転移魔法を教えた。
 転移は魔力の消耗が激しいけれど、吸血鬼は操血魔法という性質上、魔力を血に変換する必要もある為、魔族と同等かそれ以上に魔力量が多いのだ。
 それならば、転移を数回使う程度ならば問題ないだろう。

「ベリィさん達って、ブライトって人を追ってるんですよね? あの人にはボクも文句の一つぐらい言ってやりたいので、尚更外に出る覚悟を決めて良かったです!」

 ルカはブライトに対し、大切なケルベロスの魂を奪われたという因縁がある。
 つまり、敵は同じというわけだ。
 恐らく、ルカが本気を出せば今の私にも並ぶ程の実力を持っているから、戦力として非常に心強い。
 シャロやシルビアが心許ないというわけではなく、今後奴らと戦っていく上で強い仲間は多いほうが良い。
 特に、厄介なアイツを倒す為にも……
 あの顔を思い出すたびに心の底から怒りが込み上げてきて、何かに八つ当たりしてしまいそうな気持ちになってしまう。

「あの……ベリィさん、大丈夫ですか?」

 ふと、ルカが私の顔を覗き込んで不安げな顔をしている。
 ああ、きっと怖い顔をしてしまっていたんだろうな。
 少しでもサーナのことを考えると、いつもこうなってしまう。
 周りを怖がらせてしまうから、気を付けなければ……

「ごめんね、考え事してたんだ……」

 ルカに変な気を使わせてしまっただろうか?
 申し訳ないな……私は未だに感情表現が下手くそだ。

「ベリィさん……よかったら、少しお散歩にでも行きませんか?」

「え?」

「外に出たほうが気分も晴れると思いますし、何か美味しいものでも食べに行きましょう!」

 確かに、ずっと家にいるよりは少し外を歩いたほうが気持ち良いかもしれない。

 そうしてシルビアの家を出た私とルカは、散歩がてらにシリウスで有名なパン屋へと向かった。

 私はいつものように深くフードを被っているけれど、ルカは昼間から顔を隠すこともなく堂々と歩いている。

 吸血鬼は太陽に弱いと聞いたことがあったけれど、どうやらルカは人間の血のほうが強いおかげで、陽に当たっても問題がないらしく、せいぜい魔力が弱まる程度だと言っていた。
 それに吸血鬼と言っても、ツノが生えているわけでもなければ外見は殆ど人族と変わらない。
 強いて言えば耳が少し尖っているけれど、それも普段は影魔法の幻術をかけて人族の耳と変わらないように見せている。

 一度、私もこの方法で自分のツノを隠せないか試してみたことがあるけれど、どれほど幻で誤魔化しても、このツノから放たれる威圧感だけは隠すことが出来なかった。
 やはりこのツノは、物理的に隠すほか方法が無いらしい。

「そう言えば、ボクってここに牙があるじゃないですか。これ、ベリィさん達から見て目立ったりしてませんかね?」

 ルカはそう言って自分の口を開きながら、自身の牙を指差して私に訊ねた。

「普段話してる時は全然気にならないよ。でも、笑う時とかは気を付けたほうがいいかも」

「そうですか、ありがとうございます! ここも幻術で隠そうかと思ったんですけど、平気そうなら良かったです」

 それからパンを買った私達は、人通りの少ない適当な広場へと行き、そこのベンチでシャロの作る料理は美味しいだとか、次はどこへ旅に行こうだとか、そういう他愛のない会話をしながらパンを食べていた。
 折角美味しいパンを買ったのに、パンについての感想は「美味しいね」程度しか話していない。

「それでね、シャロが私の眉毛が太いって言ってから、シルビアもあーしも同じ事思ってたんだ~とか言ってたから、私がシルビアはふとももが太いよねって言ったら、顔真っ赤にして怒ってきたんだ」

「シルビアさんでも怒ることってあるんですね。初対面の時は、ボクがあんな態度を取ってしまったのに、すごく優しく接してくれて……素敵な人だなって思います」

「まあ、根は優しいからね。でも、私は最初あの子に本気で攻撃されたんだよ。まあ、人族の国にいきなり魔王の娘がいたら、攻撃したくなる気持ちは分からなくもないけどね」

「そんな事があったんですか! でも、今は仲良くされてるんですよね?」

「うん、色々あったけどシルビアも私を信じてくれて、こうして仲間になれた。アルブは追放されたけど、今の生活は楽しい。まあ、辛い事から逃げてるだけな気もするけどね」

 正直なところ、今の私は本当に逃げているだけだと思う。
 初めはお父様を暗殺した犯人への復讐を目標にしていたけれど、今はただ犯人をはっきりさせたいだけで、お父様の志しを継ぎたいという気持ちはあっても、現状でそれを実現するのはほぼ不可能。
 結局、私に出来ることなんて殆ど無いんだ。

「楽しいって気持ち、大事だと思います。ボクも皆さんとここに来ることが出来て、今がすごく楽しいです。ベリィさん、ボクを誘ってくれて、本当にありがとうございます!」

 そうか、そうだったんだ。
 こんな私でも、誰かの為になる事が出来た。
 ベガ村の時も、カンパニュラの時も、みんなを助けたじゃないか。

「こちらこそだよ、ルカ。そうだね、気付かせてくれてありがとう」

「え、何をですか?」

「いろいろ」

 不思議そうな顔で私を見つめる彼に笑顔を向けると、不意に視界の奥で何やら物騒な光景が見えた。

「ベリィさん、どうかされましたか?」

「アレ、揉めてるよね?」

「あ~、揉めてますね」

 よく見ると、広場近くにある酒場の前で、客二人に店主の男が土下座をしているところだった。

「俺らに不味いメシ食わせたんだからよぉ、それぐらいは払って貰わねぇと」

「そこで働いてんのアンタの娘だろ? ちょっと貸してくれよ」

 下衆な笑みを浮かべる客二人に、店主は必死で頭を下げている。

「それだけは……お金なら要らないですから、どうか……」

 何やら不穏な空気になってきた。
 助けに行くべきか、目立たないように無視するか……

「ベリィさん、ボク行ってきます」

 ルカはベンチから立ち上がり、自身の血液で右手に剣を生成した。

「待ってルカ、操血魔法を人前で見せるのはリスクがある。この剣使っていいよ」

 私は自分が持つもう一本の剣を彼に渡す。
 操血魔法なんて今では知っている人も少ないだろうから、見せても平気だとは思うけれど、念の為ということもある。

「ありがとうございます」

 剣を受け取ったルカは、店主に怒鳴る男達の元へとゆっくり近付いて行った。

「おっ、何してんだ~?」

 ふと、店の通りへと繋がる脇道から出てきた女性が、聞き覚えのある陽気な声で男達に声を掛けた。
 普段羽織っているペールブルーのペリースが付いた上着は無く、だらしのないワンピース姿で男達の元へとダラダラ歩いて行く。

 間違いなくリタだ。
 リタが帰ってきたんだ!

「何だねーちゃん、代わりに俺達の慰みもんになってくれるってか?」

「うんちょっと待ってね、吐きそう。オェェェ……」

 リタは店の前で盛大に吐き、それを見た男達は顔を引き攣らせている。

「ふぅ~、スッキリした。いいかいお客さん、お店にな、迷惑かけちゃいかんよ。はい、グラビロウル」

 話の流れで詠唱した……
 強い重力に押し潰された男二人は、怯えた表情をしている。

「その顔が見たかったぁ……私の圧倒的な力に為す術なく恐れ、恐怖に歪んだその顔がぁ……!」

 かなり酔っているのか、普段のリタよりもかなり悪趣味だ。

 魔法を解除されると、男達はどこかへと走って逃げて行ってしまった。
 捕まえなくて良かったのだろうか?

 店の前に吐物というおまけを貰った店主だったが、リタに対して何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返していた。

「あーあ、あ、あれ? あ……私の聖剣、どこだっけ?」

 ……また聖剣を無くしたらしい。

「リタ、久しぶり!」

 ルカと私がリタに駆け寄ると、彼女は驚いたような顔で私達を交互に見ている。

「ベリィちゃーん! 久しぶりだねぇ元気だった? えーっと、君は?」

 そういえば自警団にはルカのことを話しておいたけれど、まだ顔合わせはしていないしリタはその事すらも知らないだろう。

「ルカ・ファーニュと言います。えーっと……」

 ルカは自分のことを話していいものかと目配せしてきたので、私はそれに頷いた。

「ロスヴァリスから、ベリィさん達と一緒に行動させて貰うことになった吸血鬼の末裔です。よろしくお願いします!」

「吸血……! え、ベリィちゃん、吸血鬼って生きてたの?」

 これが普通の人間の反応だろう。
 絶滅した種族に生き残りがいたなんて、物語の中でしか聞いたことがない。

「色々あって、ずっとロスヴァリスに住んでたみたい。仲良くなったから、一緒に来ない? って誘ったんだ」

「いやぁ……そっかぁ……あ、私はシリウス自警団の団長リタ・シープハード。よろしくね、ルカたん!」

「たん……? あ、どうも、よろしくお願いします」

 どうやら、リタはまだルカの性別に気付いていないらしい。

「リタ、ルカは男の子だよ」

 私の言葉で、リタの表情が一瞬真顔になる。

「え……えっ、あっ、あ~ん性へき壊れちゃうぅ~!」

 ああ、リタが壊れちゃった。
 むしろこれがいつものリタか。
 何だか少し安心。

「それで、聖剣はどうするの?」

「あ、そうだわ。たぶんさっきどっかに置き忘れたのかもなぁ……」

「探すの手伝うよ。ルカも……いいかな?」

 私の問いに、ルカは「はい!」と快く頷いてくれた。

 それから、道のど真ん中に堂々と置かれたリタの聖剣と酒瓶が見つかるのに、そう時間は掛からなかった。
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