52 / 93
明星/カラスの北斗七星 編
42.谷底の吸血鬼
しおりを挟む
「キュイキュイ、キュキュキュイ」
不思議な光に照らされた洞窟内を、ルーナはご機嫌で進んで行く。
それに続く私達は、先ほどの吸血鬼について話していた。
「でもさ、もし本当に吸血鬼なら、絶滅してなかったって事になるじゃん? これ大発見じゃない?」
シルビアの言う通りだけど、絶滅したと思われていた種族に生き残りがいたなんて知れては、各国の金持ちが黙っては居ないだろう。
「仮に吸血鬼が生きていたと世間に知られたら、それを欲しがる連中に狙われて生捕りにでもされた挙句、どこかに売られたりするんだろうね」
「ええっ、ベリィちゃん怖いよぉ……」
「本当のことだから。そうならない為にも、あの子の事はそっとしておくのが一番」
元々、吸血鬼は呪われた血の種族として、人族から卑下されてきた存在だ。
それにたった一人の生き残りかもしれないのに、欲に塗れた大人達に利用される運命なんて、絶対にあってはならない。
あの奴隷市場にいた頃のような辛い日々を過ごすなんて、嫌に決まっている。
それから暫く先に進むと、軈て石で作られた古い遺跡のようなものが見えてきた。
「キュイ!」
「これが祭壇の入り口ってことだね? ありがとうルーナ」
「キュイキュイ!」
役目を終えたルーナは、もぞもぞと私のフードの中に潜って行く。
そうして遺跡へと歩を進めた私達だったけれど、その裏から現れた何者かが入り口の前で立ちはだかった。
「今度は祭壇をどうするつもり? これ以上荒らすなら、ボクも本気で殺すから」
声と服装からして、先程の吸血鬼で間違いない。
フードを脱いだ姿は少し幼さが残る少女のようだが、その表情と隙のなさから強い殺気を感じる。
「ちょっと待って、話を聞いてほしい。私達、ここに祀られていたケルベロスの魂を返しにきたの」
「え? そっちが奪っておいて、今更なんで返しにきたの? お前たちは一体なにがしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ」
今にも攻撃してきそうな吸血鬼の少女を前に、突然シルビアが彼女と私の間に割って入った。
「……何?」
「えっと、あーしらは、これを奪いに来た奴らとは関係ないんだよ。関係ないっつーか、敵同士なわけ。それで、奴らが奪ったこれを偶然取り戻したから、元あった場所に返しに来たの。だから、あーしらは別にここを荒らそうと思って来たわけじゃない。いきなり押し掛けてごめんだけど、この子返したら、直ぐに帰るからさ」
シルビアは目の前の殺気に若干怯えながらも、吸血鬼の少女に対して優しく説明した。
少女はまだ警戒しているようだったが、先程までの強い殺気は無くなっている。
「……本当に?」
「うん、本当。だから、ほら……ベリィ、あの子にそれ渡して……」
「あ、うん」
私は吸血鬼にゆっくりと近付き、まだ警戒している彼女に陶器の入れ物を手渡した。
「……あ、ありがとう、ございます」
「ううん、驚かせちゃってごめん。祭壇の場所は入り口のコボルト達から聞いて来たの。あなたが、ここのリーダーなんでしょ?」
「は、はい……って、あなたも魔物と話せるんですか?」
「あ、ううん。話したのは私じゃなくてこの子」
「キュイ!」
そう鳴いて私のフードから顔を出したルーナだったが、飛び出した拍子に私のフードが持ち上がり、そのまま脱げてしまった。
「あ、脱げちゃった」
「……えっ」
瞬間、吸血鬼の少女は目の前で平伏し、ガクガクと震え始めた。
「あ、えっと……ま、魔王様だとは思わず、ボクは何てご無礼を……」
「あ~、そんなに畏まらないで。私はただの魔王の娘だし、皇位なんて無いただの旅人。また驚かせちゃってごめん」
私がそう言うと、吸血鬼の少女はゆっくりと顔を上げ、更にその首を傾げた。
「それは、どういう……?」
そうか、彼女がずっとこのロスヴァリスから出ていなかったとすれば、外界の情報なんて知る由もない。
つまり、恐らくお父様が死んだ事も、アルブがアイテールの属国になった事も知らないのだろう。
私は彼女に、これまで起きた出来事を端的に話した。
「そんな……外の世界が、そこまで酷い状況になっていたなんて……」
魔王暗殺というのは、普通に考えて歴史的大事件だ。驚くのも無理はない。
「だから私、行き場を失くしちゃって、今はこの二人と一緒に色々と旅をしてるんだ」
「そう……だったんですか。そうとは知らず、突然襲ってしまいすみませんでした。あっ、ボクはルカ・ファーニュって言います。えっと……お祖父様が吸血鬼で、ボクはその生き残りです」
「私はベリィ・アン・バロル。こっちの盾使いがシャロで、こっちの聖剣使いがシルビア。お祖父さんが吸血鬼ってことは、あなたはクォーターなの?」
「はい、ボクのお母様がハーフだったので、そういうことになります。でも……もうずっと前に、みんな死んでしまったので」
吸血鬼は、魔族よりも長生きすると言う。
もしかすると、絶滅した吸血鬼というのは、ルカの祖父にあたる純潔の吸血鬼だったのだろうか?
大昔にロスヴァリスへと移り住んだと噂程度に聞いていたけれど、まさかこの国で人族と子孫を残していたとは驚きだ。
「この国は外界との繋がりを殆ど持たなかったので、80年ぐらい前に最後の一人、ボクの面倒を見てくれていたカルムさんが亡くなってから、残った魔物達とボクだけで静かに暮らしてきたんです」
面倒を見てくれたということは、吸血鬼のハーフである母親と人間の父親は、その前に亡くなっていたのか。
魔物達も居るとはいえ、流れてゆく時の中で自分だけが生き続けているというのは、きっと寂しいものなんだろうな。
「あ、ごめんなさい! 詰まらないこと話しちゃいましたね。とりあえずこの子は祭壇に戻して、また眠らせてあげようと思います」
ルカは少し俯いていた顔を上げ、ケルベロスの魂が入った陶器を大事そうに撫でた。
「うん、よろしくね」
ルカは私の言葉に頷き、陶器の入れ物を持って祭壇の入り口へと歩いて行った。
不思議な光に照らされた洞窟内を、ルーナはご機嫌で進んで行く。
それに続く私達は、先ほどの吸血鬼について話していた。
「でもさ、もし本当に吸血鬼なら、絶滅してなかったって事になるじゃん? これ大発見じゃない?」
シルビアの言う通りだけど、絶滅したと思われていた種族に生き残りがいたなんて知れては、各国の金持ちが黙っては居ないだろう。
「仮に吸血鬼が生きていたと世間に知られたら、それを欲しがる連中に狙われて生捕りにでもされた挙句、どこかに売られたりするんだろうね」
「ええっ、ベリィちゃん怖いよぉ……」
「本当のことだから。そうならない為にも、あの子の事はそっとしておくのが一番」
元々、吸血鬼は呪われた血の種族として、人族から卑下されてきた存在だ。
それにたった一人の生き残りかもしれないのに、欲に塗れた大人達に利用される運命なんて、絶対にあってはならない。
あの奴隷市場にいた頃のような辛い日々を過ごすなんて、嫌に決まっている。
それから暫く先に進むと、軈て石で作られた古い遺跡のようなものが見えてきた。
「キュイ!」
「これが祭壇の入り口ってことだね? ありがとうルーナ」
「キュイキュイ!」
役目を終えたルーナは、もぞもぞと私のフードの中に潜って行く。
そうして遺跡へと歩を進めた私達だったけれど、その裏から現れた何者かが入り口の前で立ちはだかった。
「今度は祭壇をどうするつもり? これ以上荒らすなら、ボクも本気で殺すから」
声と服装からして、先程の吸血鬼で間違いない。
フードを脱いだ姿は少し幼さが残る少女のようだが、その表情と隙のなさから強い殺気を感じる。
「ちょっと待って、話を聞いてほしい。私達、ここに祀られていたケルベロスの魂を返しにきたの」
「え? そっちが奪っておいて、今更なんで返しにきたの? お前たちは一体なにがしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ」
今にも攻撃してきそうな吸血鬼の少女を前に、突然シルビアが彼女と私の間に割って入った。
「……何?」
「えっと、あーしらは、これを奪いに来た奴らとは関係ないんだよ。関係ないっつーか、敵同士なわけ。それで、奴らが奪ったこれを偶然取り戻したから、元あった場所に返しに来たの。だから、あーしらは別にここを荒らそうと思って来たわけじゃない。いきなり押し掛けてごめんだけど、この子返したら、直ぐに帰るからさ」
シルビアは目の前の殺気に若干怯えながらも、吸血鬼の少女に対して優しく説明した。
少女はまだ警戒しているようだったが、先程までの強い殺気は無くなっている。
「……本当に?」
「うん、本当。だから、ほら……ベリィ、あの子にそれ渡して……」
「あ、うん」
私は吸血鬼にゆっくりと近付き、まだ警戒している彼女に陶器の入れ物を手渡した。
「……あ、ありがとう、ございます」
「ううん、驚かせちゃってごめん。祭壇の場所は入り口のコボルト達から聞いて来たの。あなたが、ここのリーダーなんでしょ?」
「は、はい……って、あなたも魔物と話せるんですか?」
「あ、ううん。話したのは私じゃなくてこの子」
「キュイ!」
そう鳴いて私のフードから顔を出したルーナだったが、飛び出した拍子に私のフードが持ち上がり、そのまま脱げてしまった。
「あ、脱げちゃった」
「……えっ」
瞬間、吸血鬼の少女は目の前で平伏し、ガクガクと震え始めた。
「あ、えっと……ま、魔王様だとは思わず、ボクは何てご無礼を……」
「あ~、そんなに畏まらないで。私はただの魔王の娘だし、皇位なんて無いただの旅人。また驚かせちゃってごめん」
私がそう言うと、吸血鬼の少女はゆっくりと顔を上げ、更にその首を傾げた。
「それは、どういう……?」
そうか、彼女がずっとこのロスヴァリスから出ていなかったとすれば、外界の情報なんて知る由もない。
つまり、恐らくお父様が死んだ事も、アルブがアイテールの属国になった事も知らないのだろう。
私は彼女に、これまで起きた出来事を端的に話した。
「そんな……外の世界が、そこまで酷い状況になっていたなんて……」
魔王暗殺というのは、普通に考えて歴史的大事件だ。驚くのも無理はない。
「だから私、行き場を失くしちゃって、今はこの二人と一緒に色々と旅をしてるんだ」
「そう……だったんですか。そうとは知らず、突然襲ってしまいすみませんでした。あっ、ボクはルカ・ファーニュって言います。えっと……お祖父様が吸血鬼で、ボクはその生き残りです」
「私はベリィ・アン・バロル。こっちの盾使いがシャロで、こっちの聖剣使いがシルビア。お祖父さんが吸血鬼ってことは、あなたはクォーターなの?」
「はい、ボクのお母様がハーフだったので、そういうことになります。でも……もうずっと前に、みんな死んでしまったので」
吸血鬼は、魔族よりも長生きすると言う。
もしかすると、絶滅した吸血鬼というのは、ルカの祖父にあたる純潔の吸血鬼だったのだろうか?
大昔にロスヴァリスへと移り住んだと噂程度に聞いていたけれど、まさかこの国で人族と子孫を残していたとは驚きだ。
「この国は外界との繋がりを殆ど持たなかったので、80年ぐらい前に最後の一人、ボクの面倒を見てくれていたカルムさんが亡くなってから、残った魔物達とボクだけで静かに暮らしてきたんです」
面倒を見てくれたということは、吸血鬼のハーフである母親と人間の父親は、その前に亡くなっていたのか。
魔物達も居るとはいえ、流れてゆく時の中で自分だけが生き続けているというのは、きっと寂しいものなんだろうな。
「あ、ごめんなさい! 詰まらないこと話しちゃいましたね。とりあえずこの子は祭壇に戻して、また眠らせてあげようと思います」
ルカは少し俯いていた顔を上げ、ケルベロスの魂が入った陶器を大事そうに撫でた。
「うん、よろしくね」
ルカは私の言葉に頷き、陶器の入れ物を持って祭壇の入り口へと歩いて行った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
チートも何も貰えなかったので、知力と努力だけで生き抜きたいと思います
あーる
ファンタジー
何の準備も無しに突然異世界に送り込まれてしまった山西シュウ。
チートスキルを貰えないどころか、異世界の言語さえも分からないところからのスタート。
さらに、次々と強大な敵が彼に襲い掛かる!
仕方ない、自前の知力の高さ一つで成り上がってやろうじゃないか!
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる