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第八章 大事なモノ 自分の気持ち 

第65話 優しい......そして意地悪な人 (ショウ視点)

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 あれから俺も王宮での仕事を週3日に減らし、残りは孤児院の仕事を手伝う事にした。

 というのは建前で、孤児院ではアランと一緒に俺の魔力を材料に込めて作った料理や陶器、薬作りに励んだ。

 商人ギルドの様なモノへの登録も思ったよりは大変ではなかった。

 信頼を勝ち取るまで時間はかかったし、信用してもらえるまで何度も足を運んだ。

 元々アランが信用されていたからアランの知り合いという事で俺も信用してもらう事ができた。

 この下町では魔法を使うのも疲れるからもう最近はありのままの姿で行動している。

 孤児院の子供達にはマーサではなくショウとしてもう一度紹介してもらった。

 王宮に戻る時はまたマーサの姿に戻らないといけないから少し面倒くさいけど……。

 タイアンさんの婚約者の噂話はただの噂だと聞いた。

 だけどタイアンさんにはやはり本命の恋人が出来たらしい。

 今までそういう関係にあった方々に謝罪して回っていると聞いた。

 やはりタイアンさんは遊び人ではなかった。

 婚約者の話が嘘だったとしても変わらない。
 俺はやはり片思いだ。



 アランは昨日から町に戻っているが、今日は王宮でも忙しくて少し手伝って欲しいと言われていたから俺は昼から町に行くつもりだった。

 タイアンさんとはあれからすれ違いが多く、たまに忙しそうに歩いているのを見かける程度だった。

 それはそうだ。

 魔王様なのだ。
 この国の王様なのだ。
 仕事は山の様にあるだろう。

 タイアンさんは優しいし、周りの方の事をよく見ている。
 タイアンさんの噂は悪い様には広がらなかった。

 普通、色々な人と身体の繋がりがあったとしたら、それだけで悪い噂が広がるだろう。

 それでも良い。少しでもタイアンさんと関わりたいと皆が思うのだ。

 婚約者の話がデマだったという噂が落ち着いた後、タイアンさんに本命が出来たらしいという噂は瞬く間に広がった。

 その話を聞き、泣き腫らした人も多かったと聞く。
 多くの人を相手にしていた時は自分にも関われる可能性があるだろうと夢を見ていた人もいたのだろう。

 だけど、その辛さを乗り越えた後に皆、結局、最後にはタイアンさんに幸せになって欲しいと思うのだから……やはりそれはタイアンさんの人柄故だろう。



 仕事を終え、数日向こうで過ごす為の荷物を抱え、王宮を出ようとした時だった。

「マーサ」

 タイアンさんから声をかけられた。

 俺は振り返り頭を下げた。


 なんだか数日前、デートをした時と状況はあまり変わっていないのに、また距離が出来てしまった気がする。

 なんというか、よく話していた友達が芸能人になってしまった感覚に似ている。

 なんだか大魔に片思いをしていた時よりも更に叶うはずがない相手を好きになってしまった。
「お久しぶりです。魔王様」

「そんな堅苦しく呼ぶ必要はない。名前で呼んでくれ」
「いえ、私の様な者が魔王様の名前で呼ぶなんて、とんでもないです」

 そう俺が答えるとタイアンさんの眉間に分かりやすくくっきりと皺が寄った。

「どうして、距離を取ろうとするのだ……コレからこの国の為に一緒に色々な事を話して行こうとこの前話しただろう? 最近、随分、忙しそうだな」
「距離などとっておりません。私は元々、魔王様と気軽に会話出来る身分でもございません」


 そうだ。俺はタイアンさんの隣に立てる存在ではない。
 タイアンさんに大事な人が出来てしまったのなら尚更だ。


 俺はタイアンさんとは距離を置きながら、遠くからタイアンさんを助ける事が出来たらそれで良い。

 タイアンさんが好きな人と笑い合っている所を直接見るのは辛いから……遠くから話を聞く程度で良い。


「とにかく、今日は一緒に行かせてもらう。仕事は部下に任せてきたから今日、俺は休みだ。俺がどんな行動を取ろうとも自由だろう?」
「しかし、普段、魔王様は忙しくされてらっしゃいます。お休みぐらいはゆっくりなさってはどうですか?」

 そう告げるもタイアンさんは俺の手を取り歩き始めた。

 今日の移動は転移じゃないんだ?


 2人ゆっくり城下町を歩く。

 移動中、俺もタイアンさんも無言だった。

 ついこの前、2人で楽しく出かけたというのに、あの時は気持ちが繋がっているのかも、もしかしたら惹かれあっているかもしれないと勘違いしてしまう程楽しい時を過ごせた。

 なのに今は……。

 苦しくて、胸が痛くて……。
 話そうとしたけど、上手く言葉が思いつかなかった。

 こんなに近いのに……こんなに遠い。


 下町行きの駅に着いた。
 タイアンさんは何を思って俺に着いてくるんだろう?

 今更、心配してくれているのだろうか?

 イヤイヤ、俺にこの国を救う特別な能力があるとしたって、今までも何回も1人で下町まで行っているし、今更だ。

 危なくない様にこの腕輪も下さったんだろうし。

 タイアンさんは心配症でお人好しだ。
 俺はショウの時もマーサの時もタイアンさんから無償で魔道具を頂いている。

 王族であるタイアンさんにとっては大した額ではないのかもしれないけど……。



 
 駅に入ってきた電車の様な乗り物に2人で乗り込んだ。

 乗り物の中は前世での電車、いや地下鉄によく似ている。
 動力は魔力の様だから音は静かだ。

 2人肩を並べて席に着く。
 手はまだ握られたままだ。

 こんな風に自然に手を取ったりするのはタイアンさんは誰にでも行っている行為なんだよな……。

 身分差から気軽に話せる立場でもないのに気楽に話しかけてきて、差別もしない。

 不機嫌に冷たそうな表情は浮かべたりはするけれど結局優しい。

 自分は特別だと誤解してしまうよ。

 こちらが諦めようと距離を置こうとしているのに……。


 タイアンさんは優しい……そして意地悪だ。


 諦めたいのに……諦められない。


 タイアンさんの香り、久しぶりだ。
 
 俺は居眠りしたフリをしてタイアンさんの肩に寄りかかった。

 逞しいタイアンさんの肩に俺の頭が当たっている。


 タイアンさん。


 好きな人が出来たならその人しか見ちゃダメですよ。

 俺も夢を見ちゃうし、もしタイアンさんの好きな人が今の俺達の姿を見たら誤解しちゃいますよ。



 そう言わなきゃダメなのに……ちょっとだけ……ちょっとだけだからと、俺は目をつぶってタイアンさんの温もりを感じていた。
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