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第二章 新たな始まり

第12話 獣の姿で (タイアン視点)

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 洞窟で彼の元を去ってから、あの場所がいかに異例であったかと再確認した。

 あんなに澄んだ空間はこの地上ではアソコだけだ。

 彼の周りだけ何故か温かい。

 まだ少しだけ苦しい息をなんとか整え彼の事を考えていた。

 彼の側なら俺は地底での元の姿に戻ることができる。
 なんのカラクリか分からないが、俺は彼の側に居た事で魔力を回復することができた。
 あそこではあんだけ苦しかった吐き気も治まった。
 そう、今考えると、彼の居たあの空間には邪気がなかった。
 

 彼は魔力が上手く使えないと言っていた。
 彼は一体どういう存在なんだろうか?

 


 俺は洞窟を離れて街に近づくにつれて再び吐き気と格闘することとなったが、数時間前に彼と居る事で魔力が回復できていた為、魔物ではなく獣の姿に変化することができた。

 魔物の姿ではまた攻撃されてしまう。

 この姿なら犬という動物にも見えるはずだ。

 まあ、少し狼とも間違えられる見かけかもしれないな。

 俺は魔国で幼い時に見ていた絵本の中の動物、犬と狼を思い出していた。

 本当ならばこの地に初めて降りたった時、すぐにこの姿に自分の力で変化する必要があった。

 だが俺は始めて、地上に上がった事もあり、邪気にあてられてあんな姿になってしまった。
 理性は保つ事はできてはいたが。

 まあ、魔力が回復した今、魔物に変化したとしても、あんな弱そうな見かけに変化する訳でもないし、今の俺には戦う事など造作もない、だが戦うなど、面倒くさい事態々したくも無い。

 俺は疲れる事は嫌いなんだ。

 そうだ。俺は誰かの為に何かしたいとか今までは思った事はあまりなかった。

 まあ、いつか魔王に自分がなり、魔国を守らねばならないとそう育てられてはいたが、どうにかして、その役割から逃れる事はできないか、そう思っていた程だ。

 だけど、あの時の俺は疲れるとか、面倒とか微塵も思わなかった。


 まあ別の意味の理性はなくなってしまう所だったりはしたが……。


 彼は自分に自信がないようだったが、彼の身体は俺から見たら魅力的にしか映らなかった。

 濡れていることで衣服が透けている様なんて、たまらなかった。

 よく、自身を抑える事ができたモノだ。

 黒い髪の毛がさらに彼の魅力を増して見えたものだが、この国のモノ達にはそうは映らないらしい。


 本当にそうだろうか?

 魔国のモノと地上の人間とではそんなにも好みが違うものなのだろうか?
 まあいい、その方が都合が良い。

 彼に持たせた耳に挟む魔道具あれには本当は別の仕掛けもある。

 あの魔道具は俺の国、魔国では子供に持たせるものだった。

 髪色を変えられると言いながら親が渡し、子供の居場所を特定できるようにする代物だった。
 たまたま偶然だったが、彼には髪色を変える必要があった。

 あの魔道具はたまたま親父に持たされていたモノだった。
 好きな女が出来た時、場所を把握するのに丁度良いだろうなんて揶揄われながら渡された。


 ある意味騙しているとも言える。だが、まあ一応髪色も変える事ができてはいるけれど……。

 どうして俺はそんなものを彼に渡してしまったのか、彼の側なら魔力が回復できることが分かったからか……。

 彼の側なら、地上でもありのままの姿でいる事ができるからか……。


 いや、違う。
 先程もあんな彼の姿を思い出してしまっていた俺だ。

 俺はまたそんな彼に会いたいと思ってしまっていたのだ……。

 俺は……魔王の息子だというのに……。

 この国を恐怖に陥れると……そう思われているのに……。 


 俺はこの街の他にも様々な街の有り様を見た。

 仲間が魔物に変わってしまっている姿はまだ直視できていない。

 もし、自分の知っているもののそんな姿を見てしまった時、自分も正気でいる事ができるのか分からない。

 少しずつこちらの空気になれる為、邪気の少ない場所と濃い場所とを交互に行き来を繰り返し、この地上で生きる人間の様子も見ていた。


 そんな中でも時おり彼の様子も見に行った。

 魔道具のおかげで彼の様子が分かる。

 子供のお守りでもあるあの魔道具はある程度の危険も親にわかる様になっている。

 対になっている魔道具を実は俺も耳に着けている。そしてその様子を知らせてもらえる作りになっている。

 その時は彼が装着した魔道具からの映像がこの俺の装着した魔道具に届き俺にもその状況を見たり聞いたり出来るという便利な代物だ。


 彼はずっと同じ場所を毎日行き来している様だったから先日、様子を見に行ってみた。

 彼はある店で働き始めた様だった。

 あそこには邪気の強いものがよく通っている様に見える。
 一緒に働いている50代半ばぐらいの男には邪気はほぼ無い様に見えた。


 まあ、店に通っている奴らも、店から出る時には多少邪気は薄まる様だが……。
 この邪気はこの地上の人間達の身体にも良くない影響を与えているのだろうか……?


 その時、この店の亭主であろう男がベットにうつ伏せで横になっている20代ぐらいの男の身体を揉みほぐし始めた。

 すると少しだが揉まれている男の身体から邪気が抜けていく。

 入店前には険しい顔をしていた男の客達は、少しだけ疲れも取れたように穏やかな表情になって帰っていく。

 ココはそういう店か……。

 まあ地上の者達にはこの邪気の流れは見えてはいないのだろうが。

 しかし、あの男は人形を使い、揉み方や身体の解し方をアイツに教えている様だったが……、もしかしてアイツにもあの男は、あんな風に男達の身体を揉む仕事をさせるつもりなのか?


 アイツが他の男達の身体に触れている所を想像してしまい何故だか黒いものが胸の奥から湧き出てしまう様な気がした。
 魔物化まではしないがイライラが抑えられず俺は冷静さを保とうと大きく深呼吸をした。

 しかし己、本来の姿になれないのは厄介だ。
 犬の姿も多少は慣れたがやはりこの姿だと身軽な部分もあるが、思うように動けない所もある。

 

 彼の近くに行けば本来の姿に戻ることも可能だろうが……いや、ここで戻ったとしても、邪気も所々によっては強く溜まっている場所もあるから急に獣に変化してしまう可能性がある。危険だな……不意打ちに変化してしまい魔物の姿に変わってしまったら厄介だしな……。

 まあ思う様に動けないから自身を暴走させずにすんでいるのだろうが……。

 そうやって、俺は彼の様子を遠くから見守り、この獣の姿で彼に会いに行った。

 
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