上 下
113 / 123
第二部

道端で知り合いと出くわすと、話を切り上げるタイミングがわからない

しおりを挟む
 家を出たアルテアは村を出てすぐのところにある馬車の停留所を目指して歩き、ようやくそこにたどり着こうとしていた。道すがらたくさんの村人に声をかけられたおかけで、ここまで来るのに少し時間がかかってしまった。
 その中にノエルの姿が見当たらなかったのが気がかりでーー正直に言うなら残念だったが、仕方がない。気持ちを切り替えようと空を見上げる。

 家を出たのは日の出頃だというのに、今は太陽が高く昇ってらんらんと輝いている。もうすっかり昼前だった。村近くから出る定期運行されている乗合馬車を乗り継ぎ王都まで行く予定だったが、時間的に村から出る定期便は既に出発してしまっているだろう。辺鄙な場所であるだけに村から出る馬車の本数は少なく早朝と夕方にそれぞれ一本ずつ、一度乗り遅れたら次の便を半日待たなければならない。歩いて近くの街まで行くにせよ、それなりに時間はかかる。早々にして予定が狂ってしまった。

「んぉ……?なんだ、まだ村から出とらんのか……時間にルーズなやつだなぁ」

 腰に提げた魔導書から掠れた声がした。アルテアは視線を下げて魔導書へと半目を向ける。

「今まで二度寝してたやつには言われたくないな」

 「だってお主、村の連中と話してばかりおるのだもの。さすがに手持ち無沙汰にもなるわ」

 確かに少し長いこと話しすぎたかもしれない。ハクの言うことにも一理あるため、アルテアはそれ以上の言及をやめる。

「それで、どうするのだ?」

 ふぁ、と緩くあくびをしながら、伸びをするように魔導書がぐぐっと反り返った。なんだかその仕草が猫のように見えてアルテアは少し微笑ましい気持ちになった。

「まあ、急ぐ旅でもない。無駄だとは思うが停留所に行ってみるか。運が良ければ近くの街に向かう商人なんかがいるかもしれん」

 停留所には定期便の馬車以外にも個人所有の馬車も停めることができる。
 アルテアはひとまず停留所に足を向けた。


 結果から言うと無駄足だった。停留所には馬車の影も形もなかった。やはり既に出発してしまっているようだ。アルテアは少しため息をつき、次の便をここで待つか歩いて近くの街まで行くか、どちらにしようか考えながら、馬車の利用者のためにこしらえられたこじんまりとした待合椅子に目をやると、そこによく見知った人物が座っていた。アルテアは怪訝に思いつつ、近寄り声をかける。

「ここで何してるんだ、ノエル?」

 彼女は深緑と水色のローブに身を包み、身の丈ほどもある魔杖を片手に抱えていた。どちらも相当に質の高い魔道具だということがひと目でわかった。そしてすぐ傍には耐久限界に挑んだのではと思えるほどぱんぱんに膨らんだ革鞄が置かれていた。指でつつけば破裂してしまいそうだ。そのものものしい出で立ちから、ただ単に旅行や近くの街まで遊びに行くようには見えない。

「……おそい」

 くぐもった声が聞こえた。分厚い雨雲のような声音と、彼女が俯きがちなこととが相まって、アルテアは彼女の言葉が聞き取れなかった。中腰になり顔を寄せる。

「え?なんだって?悪い、もう一度ーー」

「おそいよ、もうっ!おそすぎるっ!」

 瞬間、ノエルが勢いよく立ち上がった。

「うおぉっ!?」

 反射的に体を逸らすことができたのは、前世も含めて長らく培ってきた戦闘本能と鍛錬の導きからだろう。顔を近づけた時にノエルが急に立ち上がるものだから、あわや頭突きを見舞われるところだった。

「どうしたんだよ、いったい……」

 ふぅ、と溜息を吐き、アルテアは急に大声を上げたノエルを訝しげに眺める。感情の機微、ひいては女心というものには疎い方だが、どうやら彼女が怒っているらしいというのはわかる。だが怒っている理由にはとんと見当つかなかった。

「アルくんが朝一番の馬車に乗るって聞いたから、私、ここでずっと待ってたんだからね!なのに今まで何してたの、もう!」

「何って……家族とか、村の皆に挨拶を」

「長すぎるよーっ!」

 思い切り突っ込まれて面食らう。だが彼女の言うとおり、日の出前から昼頃までというのは挨拶にかける時間にしては長すぎる。

「確かに長いことかかったのは認めるけど……別に待ち合わせの約束とかしてないだろ。……してないよな?」

 していないはずだが、凄まじい剣幕でまくし立てるノエルを見ていると少しばかり自信がなくなってくる。

「してないけど……したらサプライズにならないでしょ、もう!」

 半ばやけっぱちのように、ノエルは腰に両手を当てて柔らかそうな頬をぷくりと膨らませた。

「……サプライズ?」

「そう!アルくんをびっくりさせようと思ったから、今日ここに来ることは言わなかったの。それなのにこんなに待たされるなんて……。だめだよ、女の子をこんなに待たせちゃ!」

「ええ……」

 とてつもなく理不尽な理由で怒られているが、文句を言うと火に油を注ぎかねない。こういう場合は身に覚えがなくともひとまず謝る方が今後の展開がスムーズに進むものだ。たとえ自分が起こした火事でなくとも、消せるなら小火のうちに鎮火しておくに限る。家族との生活を通してーー特に父を見て学んだアルテアなりの処世術である。

「いや……待たせてすまなかった。てっきり村を出る前に見送りに来てくれると思ってたから。こんなところにいると思わなくて」

 アルテアはそう言いながら軽く頭を下げた。荒ぶる少女を鎮めるための打算もあったが、半分は本心だった。
 彼女を長く待たせてしまったことは事実であるし、自分のためを思っての行動であるだけにやはり申し訳ないとも思う。
 頭を下げながら視線だけをノエルに向けると、拗ねた子どものように腕を組んで唇をとがらせる彼女と目が合った。

「……ほんとに悪いと思ってる?」

 体を覆うようなノエルのジトリとした視線に、少し声をつまらせながらアルテアが答える。

「そりゃ……もちろん思ってるよ」

「じゃあ、責任とってくれるよね?」

「え、責任?それは少し大げさじゃーー」

「とってくれるよね……?」

 ノエルがにこりと笑みを浮かべながら食い気味に声を被せた。まるで作り物のように美しい微笑みだが、凄まじい圧を感じるのは気のせいではないだろう。

ーーあ、これは「はい」と答えるまで終わらないやつだ。
 そう察したアルテアは、主人に服従する従魔のように深々と頷いた。

「もちろんだ」

 自分でも驚くほど清々しい声が出た。

「よろしい」

 ノエルは満足気にそう言って笑みを深めた。
 妙な凄みを備えだした今のノエルを見ていると、内気で遠慮がちだった子どもの頃の彼女がとても懐かしく感じられて、少し戻ってきてほしいと思うことがあるのは内緒である。

「お主、女子おなごの尻に敷かれる様がますます父親に似てきたなぁ。これも遺伝……もはや宿命か」

「……うるさいよ」

 愉快そうに喉を鳴らして笑うハクに、アルテアは両親譲りの端正な顔を大いにしかめた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~

うみ
ファンタジー
 馬の装蹄師だった俺は火災事故から馬を救おうとして、命を落とした。  錬金術屋の息子として異世界に転生した俺は、「装蹄師」のスキルを授かる。  スキルを使えば、いつでもどこでも装蹄を作ることができたのだが……使い勝手が悪くお金も稼げないため、冒険者になった。  冒険者となった俺は、カメレオンに似たペットリザードと共に実家へ素材を納品しつつ、夢への資金をためていた。  俺の夢とは街の郊外に牧場を作り、動物や人に懐くモンスターに囲まれて暮らすこと。  ついに資金が集まる目途が立ち意気揚々と街へ向かっていた時、金髪のテイマーに蹴飛ばされ罵られた狼に似たモンスター「ワイルドウルフ」と出会う。  居ても立ってもいられなくなった俺は、金髪のテイマーからワイルドウルフを守り彼を新たな相棒に加える。  爪の欠けていたワイルドウルフのために装蹄師スキルで爪を作ったところ……途端にワイルドウルフが覚醒したんだ!  一週間の修行をするだけで、Eランクのワイルドウルフは最強のフェンリルにまで成長していたのだった。  でも、どれだけ獣魔が強くなろうが俺の夢は変わらない。  そう、モフモフたちに囲まれて暮らす牧場を作るんだ!

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

処理中です...