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前編

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「昨日は随分とお楽しみだったようね、レイラ」
「誤解を招くような言い方はやめてください、フィリア姉上」
「今は私達しかいないのだから、いいでしょう?」

王都に滞在する最終日の朝。ホテルを出たらすぐにビレッド地区に帰ろうとしたのに、フィリア姉上から呼び出された俺は、再びパトリック家に顔を出すことになってしまった。
中庭にあるガゼボで朝のティータイム中だと言われて行けば、やたらと上機嫌な姉上がいたのだ。嫌な予感がビシバシする……。というか、何故昨日の俺達の行動が筒抜けなんだ! 姉上だから仕方ないけど、普通に怖いって!

「貴方はデリスのような男が好きなのかしら?」
「別に男が好きなわけでは……」
「やっぱり多少強引な方が上手くいきそうね。というわけで、これを持っていきなさい」
「これは?」

渡されたのは書類が入っていると思われる封筒。フィリア姉上の視線に促されるままに中から一枚取り出してみる。

「ジェイス・ローレン……」

ジェイス・ローレン。ローレン家の天才。次期騎士団長の最有力候補――
取り出した紙には見知った名前と顔が載っていた。あとは彼に関する情報が履歴書みたいに記載されている。

「なんですか、これ」
「この前言ったじゃない。貴方に合うような男性を探しておくって。何人かリストアップしておいたから、一人は選んでちょうだい」
「こ、こんなに早く……」
「レイラ。精霊の愛し子を養子に迎えるのは構わないけれど、貴方の血筋は残しなさい。女性と結婚できないだなんて、今の時代だから許されることよ。それなのに自分の血統を残さないのは我が儘というもの。貴族としての宿命なのだから、それは諦めなさい」
「……はい」

結局、それしか言えなかった。この世界で生きてきた記憶から、それが当たり前のことだと知っているのに、前世の常識が理解不能だと言うのだ。所詮は、庶民には理解することができない世界に住んでいるのが貴族。そして今、俺はその世界にどっぷりと浸っている。郷に入っては郷に従え。つまりは俺自身の子供が望まれるのだ。子供は好きだ。だからこそ、愛のある家族の元にと思う――

 ☆☆☆☆☆

「……レイラ様のことは色々と諦めていますが、流石に私の前で婚約者候補の吟味をされるとは思いませんでした。あまりの鬼畜の所業に、私、呆れて何も言えません」
「う……悪いとは思うよ! だけど一人だけでも決めないと、フィリア姉上が勝手に決めそうで……」

デリスと二人でいるのに流石に申し訳ないとは思ったが、フィリア姉上に勝手に決められるのは嫌なんだ。パトリック家から出て、パトリー家の当主になったのに未だ姉の支配から逃げられない俺を許してくれ……。

「はぁ……。お気持ちは分かります。ですが、もうすぐ着きますよ。その封筒の中身をカーディアス様とユリウス様に見られる方が大変な事になると思いますが」
「え⁉ もう着いたの!?」

馬車の窓から外を覗くと、そこには見覚えのありすぎる牧場の風景が。候補者選びに熱中するあまり、俺はビレッド地区に入ったことすらも気が付いていなかった。
フィリア姉上に、婚約者候補を選ぶのはパトリー家の屋敷に帰ってからでもいいって言われて追い出された後、馬車の中でも休憩で立ち寄った町でも、ずっと候補者の情報がぐるぐると頭の中を回っていた。もう頭痛くなりそう。

「出来れば、カーディとユリウスが学園に入るまでは結婚を待ってくれる人がいいんだけど……。やっぱり姉上が選んできた奴らだとそこら辺厳しそうなんだよな」

フィリア姉上が選んだ候補者達は、全員地位が高い家の子息ばかりだった。もし彼らと婚約したとなると、俺の歳ではすぐに結婚になるだろう。貴族世界における男女での結婚適齢期は過ぎているのだから仕方ないとは思うが、そもそもまだ男同士で行為をするということにまだ抵抗感があるのだ。相手次第では大失敗する可能性もある。そういう意味でも慎重に選ばざるをえなかった。

「気になっていたのですが、なぜジェイス・ローレン様は最初から除外していらっしゃるのですか?」
「次期騎士団長なんて夫、俺じゃ扱いきれない。最悪、パトリー家は一代でローレン家に飲み込まれて終わりだ。それにそいつは……」
「レイラ様?」
「――何でもない」

ジェイス・ローレンは、学園で主人公に恋をする。それが分かっている奴と婚約するのは嫌すぎるだろ。空しい想いをするだけだ。結婚直前で婚約破棄だなんて、前世だけで十分。
あ、でも、その移り気を利用して逆にこっちから婚約破棄すればいいのか? 慰謝料も入るだろうし、俺は傷心ってことにすればしばらく婚約の話は来なくなるだろう。そうすればユリウスをパトリー家の跡継ぎにすることも可能かもしれない。なんなら、デリスと結婚することも――

「レイラ様? どうされました?」
「……なんでもない!」

俺は無意識に考えていた、デリスとの結婚に自分で不意打ちを食らってしばらく顔から熱が引かなかった。恥ずかしっ!
でもそんな熱も一気に引く存在が、ようやく帰宅できた俺の楽園を地獄絵図に変えて待っていようとは、俺はこの時まったく知る由もなかった。
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