上 下
75 / 78
番外編

その狼の愛は止まることを知らない 9

しおりを挟む
「ようこそ、カーネリアン邸の秘密の庭園へ。ここにお客様をお招きするのはいつぶりかしら。ガレイダス家のご家族をお招きしたとき以来……いえ、サファリファス家の御当主とお話ししたときが最後だったかも?」

品良く、しかし華やかに様々な花々で彩られたガゼポの中。可愛らしいティーセットが用意されたテーブルで先にお茶を楽しんでいたらしいおっとりとした雰囲気の女性が、鈴を転がすような声で笑っている。ホワイトグレーの柔らかい色合いの緩く巻いた髪が似合う女性だ。彼女がオウカのお母さん……カーネリアン夫人なのか。

「あの……」
「あら、そんな遠くじゃなくてこちらにいらっしゃい。ミシュラ、お茶を」
「かしこまりました」

夫人の弾んだ声でかけられた言葉と、背中を優しく押すミシュラさんの手が身体の硬直を解してくれた。入口で突っ立ったままだったおれは、なんとか足を動かし夫人の向かいの椅子に腰を下ろした。

「私、貴方とお話ししたいとずっと思っていたのよ」

おれを見ながらニコニコと微笑んでいる夫人からは、敵意のようなものは一切感じられない。オウカの言った通り、単にお茶に誘われただけなのかな……

「オウカとは時々魔導具を使って話をしていたのだけど、ほとんど貴方のことばかりなの。クーちゃんも貴方のことを話すことが大好きで……だから、初めて会った気がしないのだけれど、こうやってお招きできて嬉しいわ。オウカに頼むとダレスティアにも話しそうだし、クーちゃんにお願いして本当によかった!」

クーちゃん……クーロは夫人にクーちゃんって呼ばれているのか。本当に可愛がってもらっているんだなぁ。
夫人の笑顔とクーちゃん呼びに緊張が解れたのか、ようやく肩の力が抜けた気がした。

「あの、今日はお招きくださりありがとうございます」
「こちらこそ、突然のお伺いで驚かせてしまってごめんなさい。クーちゃんが騎士学校に入るかもしれないことを考えると、我が家にお招きできる機会はあまり無いと思ったの。もうすぐ竜王の儀もあるから、オウカも忙しくなってしまうでしょう? 貴方を護衛も無しに連れ出すわけにはいかないし」

突然のお誘いはそういうわけだったのか。クーロがいないとなると、おれがカーネリアン邸に赴く理由が無いと夫人は思ったようだ。

「確かにクー……クーロに会えないと思うと残念ではありますが、おれがお招きを断る理由にはなりません。オウカとは……こ、恋人なのですから」
「まぁ……! あらあら、ミシュラ! 聞きました?」
「ええ、坊ちゃんにこんなにも愛らしいお相手がいらっしゃるとは……微笑ましいですなぁ」

まるで愛玩動物を眺めるような、ほんわかした温かい視線を向けられている。「オウカの恋人」と言ったことが刺さったようだ。照れを我慢して言ったかいがあったと言うべきか……。今度は別の意味で恥ずかしいのだけれど。

「オウカからはクーちゃんを養子に迎える話があったときに、貴方との関係も聞いていたの。けれど、あの歳までそういった話も一切無かったものだから、半信半疑だったというか……だから、貴方からオウカと恋人だと言ってくれて嬉しいわ」

夫人は、頬に手を当てて微笑んだ。その表情は、困った息子に手を焼きながらも心配せずにはいられない母親そのものだった。
……いいお母さんじゃん。

「狼を起源に持つ種族は、その特性故に結婚を前提にした交際がほとんどです。ですので、ご両親が勝手に婚約者を決めるわけにもいきません。ですから、坊ちゃまがご自分で見初めたお相手を連れてこられるのを今か今かと奥様は楽しみに待っていらっしゃったのです」
「ほ~んと、待ったかいがあったわね! あの子は変なところで怖気づいてしまうから、私がどれだけ気を揉んだことか!」
「旦那様はピンッときたら伴侶にするまで一直線でしたが、坊ちゃまは足踏みしてしまう性格ですからねぇ」
「はは……」

夫人は、きっぱりさっぱりした性格のようだ。オウカは夫人には頭が上がらないだろうなぁ。

「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね。私ったら盛り上がっちゃって忘れていたわ。オウカとクーちゃんから貴方のことをずっと聞いていて、初めて会った気がしないものだから……ふふっ」
「あ、ははっ……」

夫人はお茶目に笑っているが、あの二人はいったい何をどれだけ話しているのだろうか。変なことは言っていないって信じてるからな……!

「えっと、改めまして……四ノ宮鷹人といいます。鷹人と呼んでください。神子の兄で……息子さんとお付き合いさせていただいています。よろしくお願いいたします」
「ふふっ。私はラシュド・レイ・カーネリアンの妻でオウカの母のミネア。ミネアと呼んでちょうだいな、タカト」
「はい、え……っと、ミネア様」
「んふふっ……可愛い~!!」
「え」

遅い自己紹介を終えた直後、夫人が突然口元を緩めたと思えば、両頬に手を当てていわゆる黄色い声を上げた。
あまりにも突拍子もない事態に、おれは思わず固まった。
可愛い……可愛いとは?
しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
洗脳され無理やり暗殺者にされ、無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。