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小話

書籍発売記念 ~市場デート~

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☆一章でオウカが宿舎に置いてきぼりにされた市場デートのお話です☆





「ロイ、あの串焼きになってるやつ、何の肉? 鶏肉? めっちゃ美味しそう!」
「砂漠地帯に住む、蛇型の魔獣シェロペのお肉ですね。さっぱりしていて美味しいですよ」
「ロイさん、あれは? ふわふわしてる!」
「王国の東側の草原や森林地帯に生息している魔獣の毛皮で、手触りがとても良いですよ。ポポロという兎程の大きさの羊型魔獣なのですが、畑を一日で荒らし尽くしてしまうので農家にとっては厄介者です。コロコロと凄い速さで転がって逃げてしまうので、なかなか捕まえられないんですよね……」

ポポロの毛皮を見て遠い目になったロイ。新人時代に大量発生したポポロ狩りに駆り出されたことがあるらしく、毛皮が商品になるからと下手に魔法や武器で傷つけることができなくて大変だったんだとか。そっとその肩に手を置いてやる。普段魔法とかで解決してたから、余計に大変だったんだろうなぁ。でも小さい魔獣に翻弄されてるロイ、可愛いかも……。

「それにしても、異世界の市場ってやっぱり見慣れない物がいっぱいあって楽しいなぁ。野菜とかは同じっぽいけど、魚とかは結構違うね」

言いながら、おれはぐるっと周囲を見渡した。おれ達は今、市場に来ている。ダレスティアは商店街だと言っていたけれど、雰囲気は完全に海外の市場だ。ここは王都で一番品揃えがいい市場らしく、王国の西から東、南から北まで多くの地域の特産品が集まっていた。おれとクーロは田舎者よろしく、ロイとダレスティアに質問しながら市場歩きを楽しんでいたのだけど……

「あれ、ダレスティアは?」
「あそこにいるよー!」
「……またですか」

クーロが指さす方を見ると、そこには王都の人達に取り囲まれて進めなくなっているダレスティアの姿が。

「大人気だね、ダレスティアさん」
「団長は目立ちますからね」
「おれも変装してなかったら囲まれてたのかな……」

みんな純粋に憧れの気持ちで話しかけているからか、ダレスティアも無碍にできなくて困っているようだ。ダレスティアは優しいなぁ。流石、おれの推し。

「ダレスティア団長はあまり市場の方には来ませんから、話しかけることができる機会を逃すわけにはいかないのでしょうね」
「その気持ちはめちゃくちゃ分かるんだけど、あんな風になるの、宿舎を出てからもう三回目だよ。おれよりもダレスティアに誰かつけた方がいいくらいじゃない?」
「それは流石に……団長は変装してもあまり意味が無さそうですし、次からは団長にはタカトとのデートを諦めていただくしかないですね」

ふふっと笑ったロイに苦笑いを返す。ロイはいつも冷静なダレスティアがあんな風に困っているのが新鮮で面白いらしい。確かにあまり見ない光景だろう。おれとしては、アイドルを囲むファンのようになっている人だかりから助けてあげたいところだけど、おれでは力負けして無理だし、ロイはおれから離れるわけにはいかないから、ダレスティアが何とか自力で抜け出してくるのを待つしかない。頑張れ、ダレスティア……。

ロイに奢られるままに色んな屋台の食べ物をクーロと楽しみながら、通って来た市場が見える小さな広場で休憩していると、表情には出さないものの疲れた雰囲気を醸し出したダレスティアが合流してきた。流石のダレスティアでもあの人だかりから抜け出るのは難しかったようだ。

「ダレスティア、大丈夫?」
「あぁ。しかしまさか、あそこまで囲まれることになるとは……」
「団長さん、大人気だね!」
「ダレスティア団長に憧れない人はいないでしょう。方向性を間違って妬む人もいますが」
「ロイ、その話は子供に聞かせる話ではない」
「……そうでしたね」

申し訳ございません、と謝罪したロイは、クーロの頭を撫でた。当の本人は、噛みごたえ抜群な猪型魔獣の骨付き肉を幸せ満点な微笑みを浮かべてもぐもぐしてるから、ロイが言ったことは全然気にしてもいないみたい。

「ダレスティアはみんなの憧れなんだね」
「私は憧れられる程の者ではない。王国民を守るのは、騎士として当然のことだ」
「おれはダレスティアの責任感が強いところも、仲間想いなところも好きだよ。もちろん、強いところも! ほんと、ロイが羨ましいよ。こんな良い上司、そうそういないよ?」
「先日も同じことを言っていましたね。それ程、タカトの上司はよろしくなかったのですか?」

ロイの質問におれは苦い気持ちになりながら、ザ・クソ上司だったハゲ頭を思い出してしまった。あのハゲ頭め。いや、別にハゲが悪いわけではない。ただ、自分の頭の毛根がいなくなっていく原因をおれ達のせいにしていたのが未だによく分からないんだが。なーにが「お前達が仕事できないからストレスで髪が抜ける」だ。あの上司の頭より、パワハラのストレスで十円禿げが出来てしまった先輩の方がずっと可哀想だったぞ。

「近年稀にみる見事なクソ上司だったよ……。だからダレスティアは、部下に鬱憤をぶつけたり、権力を笠にきて悪いことしちゃダメだからね!」
「それは当たり前のことでは?」
「あとね、オウカにももうちょっと優しくね。さっき、ちょっとしょんぼりしてたの可愛かったけど。ふふっ」
「…………」
「団長、ここは我慢です」
「……善処する」

なんかロイが小声で言った気がしたけど、丁度クーロが肉を食べきって綺麗になった骨を見せてきたタイミングだったから、何て言ったのかは分からなかった。

「そろそろ戻ろうか。オウカが一人で頑張ってることだしね! 本当はおれも手伝えればいいんだけど、重要書類は流石に無理だからなぁ」
「私はその気持ちだけでも嬉しい」
「ええ。ダレスティア団長のおっしゃる通りです。ですがどうしてもタカトの気が晴れないのであれば、お茶を入れていただいてもよろしいでしょうか」
「お茶?」

「はい」と言ってロイが見せてきたのは、先ほど購入した茶葉だ。それは紅茶ではなく、日本のお茶に似た物。入れ方もほぼ同じだった。おれが故郷のお茶に似てると言った次の瞬間には、ロイが茶器も一緒にお買い上げしていたそれ。

「ロイ、それは?」
「東の地方でよく飲まれているというお茶です。タカトの故郷の物に似ているそうですよ」
「ほう……それは気になるな」
「はい。ぜひともタカトに入れていただきたくて、専用の茶器も購入してしまいました。私達はよく書類に没頭して休憩を忘れがちですが、タカトにお茶を入れていただければ休憩ができますからね」
「休憩の合図くらいなら喜んでするのに! おれじゃ上手く入れられるか分からないし、  そんなに安い物じゃなかったぞこれ‼」
「心配するな。経費で落とす」
「いえ。これは私が個人的に購入した物ですから辞退いたします」
「いやいやいや……」
「遠慮しなくてもいい。それはタカトが行う『仕事』の道具なのだから、経費になるだろう」

あんまりはっきりとは覚えてないけど、ロイのことだから安い物は買わなかっただろう。いくら日本でよく飲んでたとはいえ、ちゃんとした入れ方とかうろ覚えなんだけど!
どんなに良い茶葉を使っても、入れ方が上手くないと美味しくならない。だけど初めて飲むお茶が不味いだなんて、許されない。お、おれはどうしたら……

おれの両横でロイとダレスティアがまだ言い争っていたけれど、おれはそれどころではない。とりあえず、お店の人にちゃんと教えてもらおう……。


結局、その日中にダレスティアとロイがお茶を飲むことはなかった。丁寧に教えてくれたお店の人には申し訳ないが、おれはフィーリングで入れることが難しい人間だった……。料理はできるんだけどなぁ……。
どうやっても濃すぎたり薄すぎたりする有り様を、丁度謝罪行脚がひと段落した報告に来た貴音に目撃され、猛特訓を受けることになったのは完全に想定外で――

――何とか合格が貰えたのは、市場デートから一週間後のことだった。
これほど緊張したことはないレベルのドキドキで心臓を吐きそうになりながらも、二人の前に出したお茶。それをゆっくりと味わうように飲んで美味しいと微笑んでくれた二人に、思わず泣きそうになったってことは……恥ずかしいから黙っておこう。
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