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連載
天狼祭にむけて
しおりを挟むその日、ドーベルマン伯爵邸に帰ると、のちに開催される天狼祭についての説明がされた。
ティンパイン公式神子としての初仕事だ。シンは神々を祀る祭壇で儀式をする。
今までは聖女が担っていたが、本来は加護を持ちの中でも上位の存在――神からの寵愛を受けた人間が望ましい。
シンは儀式に集中するという名目で、社交場ではほとんど出ない方向で調整が進められているそうだ。
「シン君はその間、神子用の離宮に慣れることだ。基本の通路はもちろん、万が一の脱出通路も頭に入れてほしいし」
チェスターの言うことはもっともである。
王宮で生活しているはずの神子が、自宅と言っていい場所で迷っていたら怪しいだろう。
神子はほとんど外出をしない引き籠り、王宮の中でも特に厳重な一角で囲われていると周知されている。
基本はレニやアンジェリカがついているが、緊急事態に道に迷ったら目も当てられない。
「それに、儀式用の礼服があるんだけれど……やっぱり裾が長いのよね。儀式中に転ぶのはまずいから、特訓もしなきゃいけないわ」
ミリアがデザイン画を見せてくれたが、裾がとってもずるずるして仰々しい服だった。
側付き役のレニとアンジェリカが途中まで裾を持ってくれるが、儀式会場の入り口から祭壇までは自力で移動しなければならない。
練習用衣装を用意されて、とりあえず来てみた。
体のラインを絶対出さないという主張を感じる。シンの身バレ防止でもあるが、いざ歩いてみると足に絡まるし、長い裾は絨毯との摩擦で何倍もの重さになる。
「シン君、本番は顔を隠すヴェールのついた帽子をかぶるので、もっと視界が悪いです。
祭壇にある女神像に花冠を載せるんですけれど、途中で階段もありますから」
「その、しかもヴェールの後ろ部分、衣装の裾の二倍はあります」
「はぁ!? 二倍? なんでそんなに伸ばしたの!?」
アンジェリカの言葉に、衣装の裾の時点でひぃひぃ言っていたシンは目を引ん剝く。
ヴェールだから軽い素材だけれど、鬱陶しさは引けを取らない。
付けてみて分かったのだが、衣装が軽くても邪魔なものは邪魔なのだ。
「デザイン担当が、ご尊顔を見せられないならば、神々しい存在感をアピールするためにも譲れないと……」
シンはそれほど背が高くないし、神子衣装は白+薄い色+美しい糸を用いた刺繍である。
声変わり済みだけど、少年独特の高さが残っている。少しハスキーな女声とも、高めの男性ともとれる絶妙な声だ。
正体を隠すにはもってこいだが、その微妙な新調と露出徹底不可がネックになっているのだろう。
神子用衣装は結構派手と思いきや、観覧に来る王侯貴族はこの儀式のために贅を凝らした装いで来る者も多いそうだ。
白い衣装でそれらに負けないためにするには、長い衣装で布やレース、刺繍の美しさで神々しさを作って対抗するしかないそうだ。
下手に貴金属や宝石を多用すると俗物化するので、勝負できる要素が限られる。刺繍に金糸や銀糸を用いても同様だ。ギラギラしすぎたら成金みたいになってしまう。
どうしたら儀式でファッションバトルが起きるのか疑問だが、ティンパイン公式神子が公に出る初仕事だ。絶対こけられない。
シンはミリア監修のもと、長く膨らんだ裾の優雅に裁き方や、奇麗な姿勢や所作などをビシバシ指導されながらウォーキングの訓練をしていた。
カミーユとビャクヤも騎士見習いとして、礼儀作法を叩きこまれている。
アンジェリカやレニほどではないが、二人も何度か護衛やお付きの仕事を担当する。
ティンパイン公式神子でありながら、シン直属の騎士は現在四名のみ。しかも、そのうち二人は見習い期間中――そう。人手が足りない。
結果、四人は初公務からエンジン全開であくせく働くことになった。
アンジェリカとレニは神殿出身なこともあり、儀式の流れや雰囲気を掴めている。
だが、ド素人なシン、カミーユ、ビャクヤはなにもかも初めてで毎日へとへとだ。
「ビャクヤ。ナインテイル家は占いとかやってるって言ってたじゃん。儀式は十八番じゃないのか?」
「勝手と規模が違いすぎるわ!」
狐の魂の叫びだった。
ビャクヤも催事をやるの初めてではないが、国を挙げての規模は未経験である。
「幸いなのが、今年の日程はいつもよりずっと早い。学園の後期と重ならんのはありがたいな」
「試験と被ったら終わるでござる。どっちかを諦めるしかないでござる……」
一番ガンガン詰め込まれているカミーユは完全にへたっている。
そんなこんなで、慌ただしく日々が過ぎていき――ついに天狼祭がやってきた。
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