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喜ぶ奥様

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 ルクスの判断は正しかった。
 王都へ到着した旨と一緒に、シンがドーベルマン邸に向かったことは速やかに城へと伝えられた。
 そして、その理由ももちろん一緒に。
 怒り狂う妻たちに怯えた記憶がまだまだ真新しいチェスターとグラディウスは、あっさりと受け入れた。
 ルクスとシンたちが別行動になったと報告を聞いたグラディウスは「後でくるってー」とのんびりしていた。

「ふむ、シン君が来るとなると今日のミリアの機嫌はよいだろうな」

 チェスターはまるで自分のことのように嬉しそうだ。

「そういえば、リヒターとユージンが帰ってきてからちょっと荒れ気味だったよね」

「あいつらは生まれてくる前からデリカシーを前世に置き忘れてきて、持たせようとしてもずっとどこかに落としたり失くしたりしているからな」

「それ、オタクの息子さんですよ?」

 余りの酷評に、グラディウスは思わずツッコミを入れる。呆れ顔であった。
 だが、チェスターはグラディウスに不遜に鼻を鳴らすだけでそれ以上は言わない。
 そのやさぐれた仕草が、彼の過去の苦労を物語っていた。



 久々にやってきたドーベルマン邸。相変わらず白い壁と赤い屋根のコントラストが眩しく、ちょっと可愛らしい佇まいだ。
 この建物に強面なチェスターが住んでいるのは意外だが、ふんわりとした美女のミリアも居るとなると「ああ、奥さんの好みか」と納得する。
 屋敷の門兵がシンに気づき、気さくに声をかけてきた。
 
「やあ、シン君。奥様がお待ちだよ」

 門番はシンの顔を覚えていた。
 主人がべらぼうにお気に入りで、特にミリアは溺愛しているといっていいい可愛がり方だ。彼の中で、礼儀正しいシンの印象は良かった。

「お久しぶりです。この二人は学友です。一緒で大丈夫ですか?」

「ああ、連絡は来ているよ。騎獣はいつもの場所にな」

「はい。ありがとうございます」

 カミーユとビャクヤのことも、連絡済みのようだ。スムーズに済んでありがたい。
 グラスゴーとピコも久々のドーベルマン邸を眺めながら、悠々とした足取りで厩舎のほうへ向かう。
 二頭を預けた後、シンはようやく屋敷に踏み入れた。
 その瞬間、温かく柔らかい何かがボフッと音を立ててぶつかってきた。

「いらっしゃい、シン君! 待っていたわ~っ」

 ご機嫌なハイテンションで出迎えたのは、相変わらず二児の母の人妻に見えないミリア・フォン・ドーベルマン伯爵夫人である。
 その大歓迎っぷりにシンは一瞬だけ思考が停止し、すぐ後ろにいたカミーユとビャクヤは固まっている。
 シンを堪能するように抱きしめているミリアは一層腕に力を入れる。逃がすまいといわんばかりにぎゅうぎゅうとハグしてくる。
 そんな中、真っ先に我に返ったのはシンである。





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