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第三章 害虫駆除
⑤
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「あいつ、遅っせぇな。腹でも壊してんのか」
阿久津は、トイレに行ったまま、いつまでたっても帰ってこない、斎藤を待つのにいい加減飽きてきた。有名なDJに声をかけたのは斉藤で、昨日からこのイベントを楽しみにしていたのに、すっかり酒に飲まれ、肝心なところで大盛りあがりできないとは、お笑い草だ。
ここに来る前から、斉藤は酒が入っていて出来上がっていた。トイレで潰れているのかもしれないと思った阿久津は、残ったビールを一気飲みすると、さて斎藤を迎えに行くかと思った瞬間、女の金切り声が聞こえた。
「おい、どうした、うわぁぁぁ!!」
「なにこれ、ギャァアァ!! 死んでる」
「え、うそ、やだぁ、なにこれ、きゃあぁ」
「おい、渋谷のやつじゃね?」
「その死体に触るなよ!! ウィルスかもしれないって、大学の教授が言ってたぞ!! 逃げろ!! 感染する」
女の絶叫を聞いて、阿久津より先にトイレに向かった男の悲鳴が響き、続いて野次馬の悲鳴がと渋谷のウィルスの話が飛び交うと、フロアは集団パニックになった。
誰かが逃げ出すと、それに反応して我先にとひしめき合うようにして大勢の客が、クラブの出口へと、なだれ込む。阿久津は、客の流れに逆らうように、彼らをかき分けるとトイレへと向かう。
すれ違いざまに黒のフードパーカーの男と肩がぶつかり、阿久津は激しい痛みを感じた。
「ってぇ!」
「…………」
まるで、二の腕を刃物で斬りつけられたような鋭い痛みだ。阿久津は苛立った様子で舌打ちする。肩がぶつかっただけで、こんなに痛むものなのか。
すれ違ったパーカーの男を睨みつけるようにふり変えると、自分と肩がぶつかったことを、相手も不快に思っていたのか、肩越しにチラリとこちらを見ていた。
男の目は冷たく濁っていて、まるで汚物を見るように阿久津を睨みつけている。その男の頬には、鮮血の痕のようなものが見え、ぞわぞわとした違和感を感じる。
阿久津は、とてつもなく嫌な胸騒ぎがして、男の肩を掴んで引き戻し、事情を聞こうとしたが、逃げ惑う客の波に、押されるようにして姿を見失った。阿久津は盛大に舌打ちし、急いでトイレの入り口まで向かう。そこには『ランボチーム』で、斎藤と阿久津の弟分にあたる島村が、真っ青になってここから先に入らないように制し、阿久津の前に立ち塞がった。
「阿久津さん……やべぇよ。絶対に入らない方がいいですって」
「うるせぇ。見なきゃわからねぇだろ。お前は、さっさと警察と救急車呼んどけ。警察には怪しまれないように、クスリはしまっとけよ」
「……救急車なんてもういりませんよ、阿久津さん」
島村は、放心状態でそう呟いたが、阿久津に急かされてスマホを取り出すと、たどたどしく警察に電話をする。島村の過剰な反応からして、斉藤の体の『状態』を見ているようだった。一瞬、緊張して息を呑んだが、阿久津は扉を開け放った。
「うっ、ゲホッオエッ」
扉を開いた瞬間に、血と花の香りが混じった異様な匂いにむせ返り、胃液が込み上げてくる。薄暗い明かりの血溜まりの中で、花でできた、蝋人形のような『造形物』が転がっていた。
全身花で覆われた上半身と下半身と思われるも体が分かれ、上半身の方はおそらく、両腕がもぎ取られているようだった。その両腕は、あろうことか、自分の足元に転がっていることに気づいて、絶句した。
「オェェ」
阿久津は、後退りしながらその場で嘔吐した。
阿久津は、トイレに行ったまま、いつまでたっても帰ってこない、斎藤を待つのにいい加減飽きてきた。有名なDJに声をかけたのは斉藤で、昨日からこのイベントを楽しみにしていたのに、すっかり酒に飲まれ、肝心なところで大盛りあがりできないとは、お笑い草だ。
ここに来る前から、斉藤は酒が入っていて出来上がっていた。トイレで潰れているのかもしれないと思った阿久津は、残ったビールを一気飲みすると、さて斎藤を迎えに行くかと思った瞬間、女の金切り声が聞こえた。
「おい、どうした、うわぁぁぁ!!」
「なにこれ、ギャァアァ!! 死んでる」
「え、うそ、やだぁ、なにこれ、きゃあぁ」
「おい、渋谷のやつじゃね?」
「その死体に触るなよ!! ウィルスかもしれないって、大学の教授が言ってたぞ!! 逃げろ!! 感染する」
女の絶叫を聞いて、阿久津より先にトイレに向かった男の悲鳴が響き、続いて野次馬の悲鳴がと渋谷のウィルスの話が飛び交うと、フロアは集団パニックになった。
誰かが逃げ出すと、それに反応して我先にとひしめき合うようにして大勢の客が、クラブの出口へと、なだれ込む。阿久津は、客の流れに逆らうように、彼らをかき分けるとトイレへと向かう。
すれ違いざまに黒のフードパーカーの男と肩がぶつかり、阿久津は激しい痛みを感じた。
「ってぇ!」
「…………」
まるで、二の腕を刃物で斬りつけられたような鋭い痛みだ。阿久津は苛立った様子で舌打ちする。肩がぶつかっただけで、こんなに痛むものなのか。
すれ違ったパーカーの男を睨みつけるようにふり変えると、自分と肩がぶつかったことを、相手も不快に思っていたのか、肩越しにチラリとこちらを見ていた。
男の目は冷たく濁っていて、まるで汚物を見るように阿久津を睨みつけている。その男の頬には、鮮血の痕のようなものが見え、ぞわぞわとした違和感を感じる。
阿久津は、とてつもなく嫌な胸騒ぎがして、男の肩を掴んで引き戻し、事情を聞こうとしたが、逃げ惑う客の波に、押されるようにして姿を見失った。阿久津は盛大に舌打ちし、急いでトイレの入り口まで向かう。そこには『ランボチーム』で、斎藤と阿久津の弟分にあたる島村が、真っ青になってここから先に入らないように制し、阿久津の前に立ち塞がった。
「阿久津さん……やべぇよ。絶対に入らない方がいいですって」
「うるせぇ。見なきゃわからねぇだろ。お前は、さっさと警察と救急車呼んどけ。警察には怪しまれないように、クスリはしまっとけよ」
「……救急車なんてもういりませんよ、阿久津さん」
島村は、放心状態でそう呟いたが、阿久津に急かされてスマホを取り出すと、たどたどしく警察に電話をする。島村の過剰な反応からして、斉藤の体の『状態』を見ているようだった。一瞬、緊張して息を呑んだが、阿久津は扉を開け放った。
「うっ、ゲホッオエッ」
扉を開いた瞬間に、血と花の香りが混じった異様な匂いにむせ返り、胃液が込み上げてくる。薄暗い明かりの血溜まりの中で、花でできた、蝋人形のような『造形物』が転がっていた。
全身花で覆われた上半身と下半身と思われるも体が分かれ、上半身の方はおそらく、両腕がもぎ取られているようだった。その両腕は、あろうことか、自分の足元に転がっていることに気づいて、絶句した。
「オェェ」
阿久津は、後退りしながらその場で嘔吐した。
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