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永山達也

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 翌朝目が覚めると、俺は枕の隣に玄関先に置いておいた筈の小猿の頭蓋骨が転がっている事に気付いた。昨日の事は全部夢だと思っていたが、あの狂女と赤ん坊の鳴き声は夢じゃなかった。
 LINEにはアイのメッセージは残っていなかったが、SNSの通知でアイから何件も文字化けしたコメントが入っていた。俺は、怖くなり小猿の頭蓋骨を生ゴミと一緒にして捨てゴミに出すと、出勤した。そして堪らずアイのアカウントをブロックする。

(全部あの骨のせいだ……くそ、ユージがあんな心霊スポットに行きたいなんて言うから! もう捨てたからいいだろ、俺の元には無いんだからな!)

 その日は、散々だった。仕事のミスに、同僚に心霊スポットで小猿の骨を持ち帰った事を話せば、あいつ等はすっかりそんな事を忘れていて、マジで心霊スポットなんて行ったんだ、幽霊信じてるの? と馬鹿にしてきた。更に動物の骨なんて捨てろよとまで言われた。 
 カナも、俺の事を避けているようでLINEも既読にならない。

 それに、あの派手な着物を着た女が目の端に写り込む。外回り中の電信柱、カフェ、電車の向かいのホーム。気配を感じて凝視しても見えないのに、目の端に存在を感じる。
 もしかして、憑かれたのかも知れないと思って神社でお守りを買った。だけど、それから二日経っても三日経っても、お守りの効果は無くあの女が俺の行く先で目の端に写る。
 そして、いつの間にか俺の部屋のテーブルにはあの猿の頭蓋骨が置かれていた。何度遠くに捨ててもこいつは戻ってくる。

 俺は徐々に眠れなくなり、一週間後体調不良を理由に会社を休んだ。こんな忙しい時期にと小言を言われたが、知った事じゃない。もう家から一歩を出たく無い。何もしたくないし、誰とも会いたくない。

『達也、元気? 成竹さんの家に行ってから全然連絡無いから心配してるよ。既読にならないし……大丈夫?』
『達也、久しぶり。梨子りこから心霊スポットに行ったって聞いたんだけど、気になるから連絡くれないか。お前は信じないかも知れないけど、力になれると思う』
『達也、健くんからLINEきた? 健くん霊の事本当に見えてるよ、色々当ててくれたし助けになってくれる。拝み屋のお婆ちゃんとも連携してくれるかも。明日健くんと家に行くね』

 LINEの通知越しに、リコとタケルのメッセージが交互に入っている。俺はこいつ等本当は付き合ってるんじゃないかと思った。
 俺が先に告って、リコと付き合ったが雨宮がリコの事を好きだったの知ってる。友達として良い感じだった二人の間に入ったのは俺で、もし俺が押さなければ、多分付き合ってただろう二人だ。
 ――――勝手にしろよ、面倒くさい。
 俺はこの隙間が安心するんだ。ベッドの下に隠れていたら、あの女が見えないだろ。この猿は俺の元がいいんだって。こいつは赤ちゃんなんだ、俺の事が気に入ったんだろうな。

 アハハ、またあの女の歌が聞こえてきた。
 もう、夜中の3時かぁ。早いなぁ。今日無断欠勤したからクビになるかも知れないなぁ。
 この隙間に居たら気づかれないよ。いつも汚れた白い足だけ見えてて、俺を探してウロウロしてるだけだしさ。

 だけど、今日は違った。女の足が立ち止まると長い髪がスルスルと上から伸びてくるのが見えた。着物の女がかがみ込んでいるのがわかった。徐々にネジの飛んだような虚ろな目の、美しい女の顔が半分見えてくる。赤い唇が裂けるように笑っている。俺はガタガタ震えて目が飛び出るほど見開いた。

「あぁ……あっ、あぁ……」
『アハハ、みーつけた!』

 何人もの女の声が重なって、そう楽しそうに告げると、達也は絶命した。

✤✤✤

 僕は再び、リコと待ち合わせをするとタツヤのマンションまで来た。都心から少し離れた場所で、古い三階建ての小さなマンションだ。
 タツヤは二階の角部屋に住んでいるそうで、リコに案内されるように、部屋へと向かった。今では懐かしい新聞受けには大量のチラシがねじ込まれている。

「ねぇ、タケルくん……凄いチラシ」
「リコ、タツヤが倒れてたら大変だから、念の為に管理人さんに呼んでくれないかな」

 僕は嫌な予感がして、リコをその場から離れさせた。不安そうな表情でこのマンションの一階に住む管理人元へ足早に戻っていった。
 それを見送ると意を決して、チャイムを鳴らすが何の応答も無い。

「タツヤ、いるのか?」 

 呼びかけて見ても応答は無く、僕はドアノブに手を掛けた。鍵がかかっていない。
 僕は喉を鳴らして一気に扉を開けた。目の前に広がったのは見たことの無い夜の寺院に、修行僧が円を描いていて取り囲んで何やら教を合唱していた。あちらこちらに炎が揺らめいている。
 そして目の前には、パジャマ姿の青ざめた顔をしたタツヤが精気の無い表情で怯えながら言った。

『雨宮……助けて、助けてくれ……!』
「タツヤ……一体ここはっ」

 達也がすがるように手を伸ばした瞬間、僕は瞬きをするとそこは普通はごく普通のマンションになっていた。ゴミが散乱し、異臭がする。
 僕はハンカチで口を抑えながら部屋に入った。部屋には誰もいないようだった。

「お邪魔します……、タツヤ……いるのか、タツヤ?」

 僕は足に何か当たるのを感じて目を落とした。ベッドの下から飛び出た指先につま先が当たったのだ。僕は恐る恐る体を低くすると、ベッドの隙間で息絶えているタツヤと目があった。

「うぁぁぁ!」

 僕は生まれて初めて見る人の死に絶叫して腰が抜けてしまった。幽霊は見慣れていてもご遺体は見たことが無い。僕の悲鳴を聞きつけて、駆け付けたリコと、管理人さんが中に入ってこようとしたので、僕は思わず両手を彼女等の前に突き出した。

「タケルくん、どうしたの!?」
「リコ、来るな! 救急車呼んで! 警察呼んでください!」

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