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空蝉姫の秘密②
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カフェ「妖」から源樹が宿泊しているという高級旅館までは電車で一時間以上かかる。海外からの旅行者も多い観光地で、電車に乗って旅館まで行くのは道中大変だろうと言う事で、源樹が迎えに来る事になっていた。
もちろん、駅前で樹を待つのは自分一人で肌寒くなってきた秋空の下でコートの裾を掴んだ。
鵺の首元に偽りの鎖を繋いでくるみの技術でそれらしく見せるように加工した。間近で鎖を見ない限り、おそらく彼にばれる事はないだろう。
まず唯一、怪しまれずに近付ける鵺に樹に報告してもらう事にした。
くるみの家にいるのは中堅クラスの鬼で、樹の曽祖父と共に狩りに出た時、この辺りにいた鬼だ。あと一歩と言うところで取り逃がしてしまったものだと嘘の情報を彼に伝えた。
少々時代の古い鬼で、個体名が残るほどの強い妖怪かと聞かれれば、そうではなく山鬼にしては強い方だろうと告げると、現実主義者の樹は納得したようだった。
現代に生きる樹にとって、鵺の拙い言葉でも朱点童子がこの世にまだいると言われるより、『名が知られる程ではないが、そこそこ長生きしたそれなりに強い鬼がいる』というほうが、現実味があって信じやすいだろうと茨木が提案したのだ。
彼の読みは当り、納得して緊張をといた。
駅の改札口周辺のベンチに座っていると、前方から源樹が歩いてきた。相変わらず、都会的でお洒落なスーツを着こなした、イケメン実業家という雰囲気だ。
「神代さん、お待たせしましたね。この近くのカフェでも良かったんですが、折角なので僕が贔屓にしている旅館でお食事しながらお話できたらと思いまして」
「こんにちは、源さん。今日は渡辺さんはいらっしゃらないんですか? え、お、お食事ですか? でも……とてもお高いんじゃ」
高級旅館の懐石料理なんて、田舎のカフェ店員がランチで支払えるような額では無いし、くるみは少し青ざめながら源樹を見上げた。
眼鏡の奥で、樹はにっこりと微笑むと言う。
「もちろん、僕の奢り……と言いますか、会社の経費で二人分落としますので、神代さんは気にならさなくて結構ですよ。渡辺は運転席にいます。肌寒いので車に移動しましょう」
「そ、そうですか。なんだか申し訳無いです。ありがとうございます」
くるみは、緊張したようにショルダーバッグの紐を握ると源樹の背を追うように歩き始めた。ちらりと肩越しに後方を見ると車の中で待機する茨木と、槐が見えた。
樹に気付かれないように頷くと、くるみは屈強な渡辺が運転する車の後部座席に座った。その隣には源樹が座る。高級車の後部座席は広く、緊張したようにように縮こまっていると樹が笑いながら缶コーヒーを開けると差し出した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。先日は驚かせちゃったみたいだから、怖がられてるのかな?」
「い、いえ……はい。あの時は突然過ぎてびっくりしたんです」
「神代さんは素直な方なんですよ、だから僕も見抜けたんです。鬼は人間の姿に擬態しますから、見抜けず親しくなってしまって油断した所を食われたり、なんて事があるので……僕達はそんな鬼から人々を守るのが、裏の仕事なんです」
爽やかな口調で話しかけてくるが、その内容は恐ろしいものだった。人間の姿になって友人や恋人になり、食い殺す。それは恐らく嘘ではないかも知れないが、槐達に限っては絶対にないと断言できる。
それに鵺から聞いた話をまとめると、人々を守る為にというより会社の利益のみを追求しているようだし、鬼達を使った足のつかない地上げ屋のような事もしている。もともと、くるみのいた地区を開発する目的と、新しい使える鬼を捕獲する為にきたが、くるみの存在に気付いて目をつけられたようだ。
だが、ひとまずここは怯えたふりをする。
「そんな……ことが……全然気が付かなかったです。私に危害を加えなかったし、優しかったので悪さをしないなら家にいてもいいと思いました」
「奴らは人につけこむのが上手ですからね。それに貴女は、空蝉の姫ですから。彼らは名乗ったりしていましたか?」
くるみは、缶コーヒーに口を付けると一口飲んで樹を見た。
「いえ、鬼にも名前はあるんですか? 特に無かったみたいで、呼びにくいから勝手に名前をつけていました。それで、空蝉の姫についてどんな言い伝えがあるんですか? どんな風に鬼を退治するんですか」
名前は伏せ、空蝉の姫の秘密に興味があるふりをして……、実のところ空蝉の姫のルーツには興味があるのでそれだけは純粋に問うた。
くるみの最大のミッションは、源樹が肌見放さず持っている、童子切安綱を盗み出す事だ。それを槐と雅に渡して処分して貰う。
旅館には鵺、そして万が一の為に漣も潜入している。
「なるほど。空蝉の姫に関しては文献を開きながらご説明してほうがわかりやすいので詳しい話は後ほどします。その起源は随分と古く、僕達の一族よりも古い……奈良時代の姫君だったそうですよ。随分と霊力の高い巫女のような存在だったようで。
鬼を斬るには、特殊な刀が必要でしてね。僕は肌身離さず、こうして持ち歩いているんです……って随分と眠そうですね、神代さん」
くるみは強烈な眠気に襲われて、視界が歪んでいくのを感じた。
黒の居合刀のキャリーケースから日本刀の柄が見える。缶コーヒーに何か薬を入れられたのだろうか、落としそうになるそれをやんわりと取ると、そのまま源樹の肩に抱き寄せられた。
「何を……」
「これから先の道中は長いですからね。ゆっくり休んでいて構わないですよ、神代さん」
抵抗する間もなく、くるみは深い眠りに落とされていった。くるみの頭を自分の膝に乗せた樹は、バックミラー越しに渡辺と目を合わせると笑いながら言う。
「――――樹様、空蝉の姫と徐々に信頼関係を築くんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったが、つけられているようだからな。あの車を巻いて東京まで戻れ。坂田と鵺にあの車を追わせろ。捕獲する」
「かしこまりました」
渡辺はそう言うと、坂田にメッセージを送りハンドルを掴んでスピードを上げると槐達の車を引き離していく。肩越しに振り返り距離を取って走る槐達を見ると眉間に皺を寄せた。
「一体なんだあいつらは……。あんな妖力の強い鬼は見たことが無い。空蝉の姫の気配を追ってついてきたこの辺の奴らか? それとも山鬼か?」
そう言って樹は、膝の上で深い眠りについて健やかな寝息を立てるくるみを見下ろした。
――――空蝉の姫。
奈良時代、百合の花のように美しい姫君はその名を吉備由利といい、側近として女帝に絶大な信頼を得ていた。
彼女の父と同じく、強い霊力を持っていて巫女としての側面もあったことも関係している。
由利には鬼の妖力は効かず、術も祓いのけることができ、鬼とも心を通わせる事ができたという。
そして彼女の父には不思議な逸話があり、鬼になった友人に何度か命を救われ困難を切り抜けてきたと伝えられている。この吉備一族は鬼との関係が非常に深く、伝説では陰陽師の祖先とも噂されるような血筋だ。
そして女帝が病没した後、初代空蝉の姫である由利は鬼と共に、姿を消した。
鬼の子を孕んだとか、かけ落ちしたとか、人の世が嫌になり、空蝉のように人の殻を破って常夜の世界へと向かったんだとか様々な噂はあるが、真相ははっきりしていない。
それからというもの、彼女の子孫なのか、生まれ変わりなのか、はたまた同じ素質をもつ人間が一定間隔で生まれるようになっているのか、伝説の『空蝉の姫』がこの世に降臨するようになった。
源一族が、彼女たちを見かけたのは二回ほどで、どれも深く接触することが叶わなかった。
先祖たちは鬼退治に協力して貰うため、彼女たちと源家が末永く友好関係を築きたいと願っていたようだったが、樹は手元に置く事を望んだ。
初代の空蝉の姫ほど力は強くなくても、源家に損になるような事はない。
どんなに鬼に術が効かなくても、自分の前では権力も財力もないただの一般人だ。
「顔も体もまだガキっぽいが、容姿は悪くない。本家の客間に寝かせてやろう。親父もお袋も後二年は日本には帰ってこないからその間に丸め込める」
そういって、樹は不敵な笑みを浮かべてくるみの頬に触れた。
✤✤✤
車が急発進して、槐と雅は目を見開いた。しなやかにハンドルを回して源樹の高級車を追うように、車を走らせる。
くるみの後頭部が見えなくなり、樹がこちらをちらりと見ると槐は唇を噛み締めた。
「俺達に気付いたようだな、どこへ向かっているかは知らぬが常夜にあいつらを引きずりこんでやる!」
「朱点童子様、どうやら旅館を越えて東京方面に向かってますね。ここで常夜を開いたら他の人間も道連れですよ。それに自分の領域に源一門を入れるのは危険です!」
槐をなだめるように雅は車を走らせた。常夜は鬼達にとっては自由自在に力を発揮できる安全な空間であると同時に、弱点をさらけ出す部分でもある。
槐は、舌打つと前方を見つめながら漣に持たせていた使い捨ての携帯電話に電話をかけた。
『なにっっ、おじいちゃん! 今は忙しいんだけど。源樹もくるみも来なくて全然違うやつが来たんだよっ!』
「源一族か、頼光四天王の誰かか?」
『わかんない、鵺がそいつに連れて行かれそうで。たしか坂田っていってた気がする』
「――――そいつは、頼光四天王の一人だ。追いかけろ。俺達と合流できるはずだ」
そう言って、槐は一方的に電話を切った。知らせを受けた漣は呆れたように溜息をついて携帯を放り投げた。
旅館の物陰から猫の姿に変わると、猛ダッシュで後部座席に乗り込もうとした鵺の足の間をすり抜け車の座席の下に身を潜めた。
鵺は一瞬驚いたものの、既に運転席に座っていた坂田には気付かれなかったようだ。
「鵺、どうした?」
「え~~、なんでもない~~つまづきそうになっただけ~~。樹様とくるみちゃんは旅館にはこないの~~?」
「そうだ、旅館に寄らずこのまま東京まで帰るぞ。もともと、空蝉の姫は捕獲するつもりだったが、鬼に気付かれたようだ。このまま餌として神代くるみをぶら下げて、罠にかける。今からだと夕方には本家に到着するな……後ろから俺達が鬼を捕獲する」
運転席の座席の下に隠れた漣は耳をピクピクと動かした。
(なんだよそれ、完全に誘拐じゃないか! くそ……だけどこいつら俺達に気付いてない)
漣が顔を上げると、鵺は小さく頷いた。
もちろん、駅前で樹を待つのは自分一人で肌寒くなってきた秋空の下でコートの裾を掴んだ。
鵺の首元に偽りの鎖を繋いでくるみの技術でそれらしく見せるように加工した。間近で鎖を見ない限り、おそらく彼にばれる事はないだろう。
まず唯一、怪しまれずに近付ける鵺に樹に報告してもらう事にした。
くるみの家にいるのは中堅クラスの鬼で、樹の曽祖父と共に狩りに出た時、この辺りにいた鬼だ。あと一歩と言うところで取り逃がしてしまったものだと嘘の情報を彼に伝えた。
少々時代の古い鬼で、個体名が残るほどの強い妖怪かと聞かれれば、そうではなく山鬼にしては強い方だろうと告げると、現実主義者の樹は納得したようだった。
現代に生きる樹にとって、鵺の拙い言葉でも朱点童子がこの世にまだいると言われるより、『名が知られる程ではないが、そこそこ長生きしたそれなりに強い鬼がいる』というほうが、現実味があって信じやすいだろうと茨木が提案したのだ。
彼の読みは当り、納得して緊張をといた。
駅の改札口周辺のベンチに座っていると、前方から源樹が歩いてきた。相変わらず、都会的でお洒落なスーツを着こなした、イケメン実業家という雰囲気だ。
「神代さん、お待たせしましたね。この近くのカフェでも良かったんですが、折角なので僕が贔屓にしている旅館でお食事しながらお話できたらと思いまして」
「こんにちは、源さん。今日は渡辺さんはいらっしゃらないんですか? え、お、お食事ですか? でも……とてもお高いんじゃ」
高級旅館の懐石料理なんて、田舎のカフェ店員がランチで支払えるような額では無いし、くるみは少し青ざめながら源樹を見上げた。
眼鏡の奥で、樹はにっこりと微笑むと言う。
「もちろん、僕の奢り……と言いますか、会社の経費で二人分落としますので、神代さんは気にならさなくて結構ですよ。渡辺は運転席にいます。肌寒いので車に移動しましょう」
「そ、そうですか。なんだか申し訳無いです。ありがとうございます」
くるみは、緊張したようにショルダーバッグの紐を握ると源樹の背を追うように歩き始めた。ちらりと肩越しに後方を見ると車の中で待機する茨木と、槐が見えた。
樹に気付かれないように頷くと、くるみは屈強な渡辺が運転する車の後部座席に座った。その隣には源樹が座る。高級車の後部座席は広く、緊張したようにように縮こまっていると樹が笑いながら缶コーヒーを開けると差し出した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。先日は驚かせちゃったみたいだから、怖がられてるのかな?」
「い、いえ……はい。あの時は突然過ぎてびっくりしたんです」
「神代さんは素直な方なんですよ、だから僕も見抜けたんです。鬼は人間の姿に擬態しますから、見抜けず親しくなってしまって油断した所を食われたり、なんて事があるので……僕達はそんな鬼から人々を守るのが、裏の仕事なんです」
爽やかな口調で話しかけてくるが、その内容は恐ろしいものだった。人間の姿になって友人や恋人になり、食い殺す。それは恐らく嘘ではないかも知れないが、槐達に限っては絶対にないと断言できる。
それに鵺から聞いた話をまとめると、人々を守る為にというより会社の利益のみを追求しているようだし、鬼達を使った足のつかない地上げ屋のような事もしている。もともと、くるみのいた地区を開発する目的と、新しい使える鬼を捕獲する為にきたが、くるみの存在に気付いて目をつけられたようだ。
だが、ひとまずここは怯えたふりをする。
「そんな……ことが……全然気が付かなかったです。私に危害を加えなかったし、優しかったので悪さをしないなら家にいてもいいと思いました」
「奴らは人につけこむのが上手ですからね。それに貴女は、空蝉の姫ですから。彼らは名乗ったりしていましたか?」
くるみは、缶コーヒーに口を付けると一口飲んで樹を見た。
「いえ、鬼にも名前はあるんですか? 特に無かったみたいで、呼びにくいから勝手に名前をつけていました。それで、空蝉の姫についてどんな言い伝えがあるんですか? どんな風に鬼を退治するんですか」
名前は伏せ、空蝉の姫の秘密に興味があるふりをして……、実のところ空蝉の姫のルーツには興味があるのでそれだけは純粋に問うた。
くるみの最大のミッションは、源樹が肌見放さず持っている、童子切安綱を盗み出す事だ。それを槐と雅に渡して処分して貰う。
旅館には鵺、そして万が一の為に漣も潜入している。
「なるほど。空蝉の姫に関しては文献を開きながらご説明してほうがわかりやすいので詳しい話は後ほどします。その起源は随分と古く、僕達の一族よりも古い……奈良時代の姫君だったそうですよ。随分と霊力の高い巫女のような存在だったようで。
鬼を斬るには、特殊な刀が必要でしてね。僕は肌身離さず、こうして持ち歩いているんです……って随分と眠そうですね、神代さん」
くるみは強烈な眠気に襲われて、視界が歪んでいくのを感じた。
黒の居合刀のキャリーケースから日本刀の柄が見える。缶コーヒーに何か薬を入れられたのだろうか、落としそうになるそれをやんわりと取ると、そのまま源樹の肩に抱き寄せられた。
「何を……」
「これから先の道中は長いですからね。ゆっくり休んでいて構わないですよ、神代さん」
抵抗する間もなく、くるみは深い眠りに落とされていった。くるみの頭を自分の膝に乗せた樹は、バックミラー越しに渡辺と目を合わせると笑いながら言う。
「――――樹様、空蝉の姫と徐々に信頼関係を築くんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったが、つけられているようだからな。あの車を巻いて東京まで戻れ。坂田と鵺にあの車を追わせろ。捕獲する」
「かしこまりました」
渡辺はそう言うと、坂田にメッセージを送りハンドルを掴んでスピードを上げると槐達の車を引き離していく。肩越しに振り返り距離を取って走る槐達を見ると眉間に皺を寄せた。
「一体なんだあいつらは……。あんな妖力の強い鬼は見たことが無い。空蝉の姫の気配を追ってついてきたこの辺の奴らか? それとも山鬼か?」
そう言って樹は、膝の上で深い眠りについて健やかな寝息を立てるくるみを見下ろした。
――――空蝉の姫。
奈良時代、百合の花のように美しい姫君はその名を吉備由利といい、側近として女帝に絶大な信頼を得ていた。
彼女の父と同じく、強い霊力を持っていて巫女としての側面もあったことも関係している。
由利には鬼の妖力は効かず、術も祓いのけることができ、鬼とも心を通わせる事ができたという。
そして彼女の父には不思議な逸話があり、鬼になった友人に何度か命を救われ困難を切り抜けてきたと伝えられている。この吉備一族は鬼との関係が非常に深く、伝説では陰陽師の祖先とも噂されるような血筋だ。
そして女帝が病没した後、初代空蝉の姫である由利は鬼と共に、姿を消した。
鬼の子を孕んだとか、かけ落ちしたとか、人の世が嫌になり、空蝉のように人の殻を破って常夜の世界へと向かったんだとか様々な噂はあるが、真相ははっきりしていない。
それからというもの、彼女の子孫なのか、生まれ変わりなのか、はたまた同じ素質をもつ人間が一定間隔で生まれるようになっているのか、伝説の『空蝉の姫』がこの世に降臨するようになった。
源一族が、彼女たちを見かけたのは二回ほどで、どれも深く接触することが叶わなかった。
先祖たちは鬼退治に協力して貰うため、彼女たちと源家が末永く友好関係を築きたいと願っていたようだったが、樹は手元に置く事を望んだ。
初代の空蝉の姫ほど力は強くなくても、源家に損になるような事はない。
どんなに鬼に術が効かなくても、自分の前では権力も財力もないただの一般人だ。
「顔も体もまだガキっぽいが、容姿は悪くない。本家の客間に寝かせてやろう。親父もお袋も後二年は日本には帰ってこないからその間に丸め込める」
そういって、樹は不敵な笑みを浮かべてくるみの頬に触れた。
✤✤✤
車が急発進して、槐と雅は目を見開いた。しなやかにハンドルを回して源樹の高級車を追うように、車を走らせる。
くるみの後頭部が見えなくなり、樹がこちらをちらりと見ると槐は唇を噛み締めた。
「俺達に気付いたようだな、どこへ向かっているかは知らぬが常夜にあいつらを引きずりこんでやる!」
「朱点童子様、どうやら旅館を越えて東京方面に向かってますね。ここで常夜を開いたら他の人間も道連れですよ。それに自分の領域に源一門を入れるのは危険です!」
槐をなだめるように雅は車を走らせた。常夜は鬼達にとっては自由自在に力を発揮できる安全な空間であると同時に、弱点をさらけ出す部分でもある。
槐は、舌打つと前方を見つめながら漣に持たせていた使い捨ての携帯電話に電話をかけた。
『なにっっ、おじいちゃん! 今は忙しいんだけど。源樹もくるみも来なくて全然違うやつが来たんだよっ!』
「源一族か、頼光四天王の誰かか?」
『わかんない、鵺がそいつに連れて行かれそうで。たしか坂田っていってた気がする』
「――――そいつは、頼光四天王の一人だ。追いかけろ。俺達と合流できるはずだ」
そう言って、槐は一方的に電話を切った。知らせを受けた漣は呆れたように溜息をついて携帯を放り投げた。
旅館の物陰から猫の姿に変わると、猛ダッシュで後部座席に乗り込もうとした鵺の足の間をすり抜け車の座席の下に身を潜めた。
鵺は一瞬驚いたものの、既に運転席に座っていた坂田には気付かれなかったようだ。
「鵺、どうした?」
「え~~、なんでもない~~つまづきそうになっただけ~~。樹様とくるみちゃんは旅館にはこないの~~?」
「そうだ、旅館に寄らずこのまま東京まで帰るぞ。もともと、空蝉の姫は捕獲するつもりだったが、鬼に気付かれたようだ。このまま餌として神代くるみをぶら下げて、罠にかける。今からだと夕方には本家に到着するな……後ろから俺達が鬼を捕獲する」
運転席の座席の下に隠れた漣は耳をピクピクと動かした。
(なんだよそれ、完全に誘拐じゃないか! くそ……だけどこいつら俺達に気付いてない)
漣が顔を上げると、鵺は小さく頷いた。
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