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初体験は吸血鬼①
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十年前に出逢った吸血鬼が、存在しない従兄弟になってこの家にいる。晩ごはんも人間と変わらず食べているし、一体何がなんだか訳が解らない。
もしかして、これも夢なのかと思って何度も頬をつねってみたが、叔父も槐も怪訝そうな顔をするばかりだ。LINEトーク画面を確かめてみても、叔父の言うとおりのメッセージがきちんと、入っている。
ぎこち無く会話を続けて片付けていたが、夜の9時も過ぎると、そろそろ自宅へと帰ると言い出して腰をあげる叔父を引き止めた。
「叔父さん! たまには泊まっていかない? つもる話もあるし!」
「実は、最近ずっとここで寝泊まりしてたんだよ。仕事が全然片付かなくて、ソファーで寝落ちしちゃってね。久々に家のベッドで寝ようと思ってたんだけど……くるみちゃん、何か悩み事でもあるの?」
「……ううん、そうじゃないけど」
叔父は本業の仕事もあり、叔母が居ない分カフェ経営と、家事の全部が自分のみで全てこなさないといけないだろうし、疲労は溜まっているはずだ。まさかこの場に見ず知らずの生き血を吸う妖怪が居ます! なんて言った所で正気を疑われるだけだろうと考え直して、くるみは口籠った。
「この家は古いから、夜はちょっと一人だと怖いと思うけど、槐くんが居てくれるから、安心だよ」
「くるみは怖がりだもんね。叔父さん、安心して。俺がこの屋敷にいたら安心だから、もう帰っていいよ」
叔父はどうやら、この家が東京のマンションとは違い古くて怖いのだろと解釈したようだ。
その槐が問題なんだ、という言葉が喉まで出かかったが、寸前の所で我慢する。
槐がくるみの肩を抱いて微笑むと銀の月の瞳の奥がぼんやりと光った。瞳の奥に宿る怪しい眼光を見た叔父は、ぼんやりとした様子で頷き、荷物を持つと玄関へと向かった。
「それじゃ、くるみちゃん……また明日……」
「お、おじさん、待って……! 玄関まで見送るっ」
肩を抱かれたくるみは、弾かれたように様子のおかしい叔父を玄関先まで見送った。もしかして槐に、何かおかしな催眠術でもかけられたんじゃないかと心配になったからだ。
けれど、おかしかったのはその一瞬だけでバイクに跨がると、何事も無かったように、普段通りに別れの挨拶をして元気に帰って行った。くるみは重い溜息をついて、玄関を振り向くと異変に気が付き、驚いたように目を見開いた。
Cafe『彩』の文字が、Cafe『妖』に変わっている。
(お店の名前まで変わってる……! これも槐の力なの……??)
玄関先では、槐がこちらをまるで珍獣を眺めるようかのように、楽しげに微笑み腕を組んでもたれかかっていた。人の格好で月の光を浴びる槐は、とても艷やかで絵になっていてまるでモデルのようだ。悔しいけれど顔だけ見れば、巷で人気の芸能人よりも整っている。くるみはそれでも、人の生き血を吸う鬼を前にして緊張しながらも彼に近付いた。あの昼間の会話からして、自分を殺す気は無いのだろうと言う気がしたからだ。
「気が済んだか、空蝉の姫。早う中に入れ。物の怪が動き出す時間になる」
「え? どういう事なの? と言うか……なんで貴方が従兄弟なの?? それにお店の名前も変わってるし! もう何がなんだか解らないの」
聞きたい事が山程あるくるみは、またしても矢継ぎ早で質問をする。そんな様子に槐は鼻を鳴らすと玄関先に戻って来たくるみの手を取り抱き寄せ、ゆっくりと家の扉を閉めた。彼に抱き寄せられ頬を染めていたが、槐に手を引かれるようにして歩き始めた。
カフェの店舗となっている一階を抜け、居住スペースへと向う道中に槐が質問に答えた。
「お前は本当に質問が多いのう。まだ結納をしておらぬゆえ、従兄弟にしてやったが……夫婦の方が良かったか? 契りもまだ交わしておらぬが、俺と恋仲と言ったほうが良かったかも知れんな」
「ち、ちがっ……! 何言ってるのっっ、きゃっ!?」
くるみが真っ赤になって抗議をすると、手を引くのが面倒になった槐に、軽々と抱きかかえられた。長身の槐にとっては華奢な人間の娘など軽いものなのだろうか。こんな風に抱きかかえられるのは子供の時以来だ。
「店の名前は俺の好みに変えた、良い名だろう。お前の血を吸った時、くるみに関わる全ての人間の記憶に伊吹槐という人間を埋め込んでおいたので、騒げば騒ぐ程狂人扱いされるぞ。ここは、お前達人間が、いう……ぱら、ぱられ……なんたらみたいなものだ」
「もしかして、平行世界のこと……?」
今いる自分の現実とは違う、別の現実世界。生きていくなかで人生の分れ目、分岐したもう一つの世界を平行世界というが、ここは伊吹槐という人間が存在した世界になってしまったという事だろうか。
だから、看板も変わってしまったのだ。
「この町は、昔から常夜との境界線が薄く、物の怪どもが人と同じく行き交っている。お前達の言うところの妖怪は、どの種類も全て鬼だ。お前たちもそれを利用して、商売しておるだろう?」
「そう言えば……この町というか、この地方は鬼が名物になってるよね……。じゃあ妖怪というか、この街に鬼は沢山存在してるの?」
「うむ。都会にも鬼はいるがあちらの方が餌は豊富であるから、数はここより多いはずだ。常に身を隠しているから観光名物にはならんがのう」
確かにここは、鬼にちなんだ街づくりをしていて観光地やお土産など、有名な鬼の名前つけられており、駅の名前でさえその名がつけられている所もあった。それにしても都会にそんなにも沢山鬼がいるなんて思いもしなかった。霊感が無い訳では無かったが、全くその存在に気が付かなかったので、くるみは思考が整理できずに目が回るような気持ちだった。
「良いか、くるみ。空蝉の姫として鬼を意識した瞬間にあちら側もお前に気付く。人の世界に溶け込み、餌を安全に取りたい鬼達のとっては危険な存在という事になる。それと同時に、この上なく惹かれる存在でもあり……抗えない程だ。殺されるか、この世界から連れ去られて常夜で囲われるかだ」
「そ、そんな………それじゃ、私、殺されたり誘拐されちゃうかも知れないってことなの?」
今まで、普通に生きてきたのに、自分がそんな危険な立ち位置で生まれてきたなんて信じられない。突然怖くなって震えていると、ちらりと槐が自分を見つめ笑った。
「心配するな。俺はこれでも名の知れた鬼だ。俺の運命の女に手を出すような愚かな鬼はそうはいない。――――だから、俺の証をつけた」
かつては、祖父母の寝室だった部屋の襖がひとりでに開くとそこは、布団が敷かれ季節外れの紅葉が開かれた縁側から風に靡いて落ちていた。暗闇の中に浮かぶ満月と、人魂のような浮遊する淡い光に彩られた妖しくも美しい紅葉が美しく、見惚れてしまう程だ。
この家にこんな大きな日本庭園は無いが、こんな非現実的な光景も、くるみは徐々に受け入れ始めていた。
「ここも、槐の常夜なの?」
「嗚呼、そうだ。俺の常夜と部屋を繋げた。初夜には雰囲気も必要だろう?」
「えっ! ま、待って! ちょっ、あのっ」
ふわりと風が吹いて、その姿は美しい鬼のものとなる。丁寧に布団の上に寝かされて思わずくるみは赤面し硬直してしまった。
自分の趣味や、やりたい事に集中しすぎてまともに恋愛をしてない。成り行きでそう言う行為に至った事なんてもちろん無いし、考えた事も無い。たぶん、同年代の子に比べたら恋愛にもセックスにも興味が無い方だと思うが、意図的にそれを避けていた訳ではない。
ほんのりと、誰かと恋愛することに憧れはあるが、友達に良い人を紹介されてもいまいちピンとこなかった。
常識としてセックスの知識はあっても、よく分からない。いつかは経験するかも知れないと思っていても、突然こういう事になってしまって戸惑っていた。しかも相手は、人外の鬼なのだ。けれどいっこうに鼓動が収まる事も無く、くるみは槐を見つめていた。
「震えておるのか、可愛い奴め。案ずるな……俺は人の生き血を吸う外道だが、女を乱暴には扱わん。快楽で鳴かせる事はあっても丁寧に扱うぞ……泣き叫ぶ女を辱める趣味はないのでな」
「だ、だって……私、貴方の事何にも知らないしす、するなんて! それに勝手に私の血を吸ったじゃない、ま、また吸うの?」
顎を捕まれ、額同士が合わさると雅な香りがして、異性を強く意識した。恐ろしい鬼で生き血を吸われたのに、なぜか槐に対して普通に話せている事にくるみは、驚きを隠せなかった。
それどころが徐々に、先程までの怖さが薄れていっているのは、人と変わらず自分と会話が出来るせいなのだろうか。
「すまんな、辺りに他の鬼が集まるような気配がしたので取り急ぎ儀式をした。俺ほどの鬼になれば、一ヶ月に一度、血を吸えれば十分。人間が食するものも食える……俺の事ならば、これからじっくり知れるぞ」
「………そ、そうなの? えと、そう言う……ことじゃ……。それに、痛いのが怖いの」
「再び逢えるまで、俺の絵を描いていたな。俺ならば、くるみに痛みを与えず交わえる」
その指摘にくるみは真っ赤になった。あの日初めて出逢ってから夢のような光景が忘れられずに、イラストを描いていたからだ。
夢見がちなくるみが、誰にも言わず漫画やアニメのキャラクターに憧れるように、何枚もあの池で見た鬼の絵を描いていた。頻度は少なくなったが、大人になってもそれは続けている。
やりたい事の他に、現実の異性にそれほど興味を持てなかったのはあの日、出逢った鬼の事を、心の何処かで槐の事を気に掛けていたからだろうか。
「くるみ、俺が嫌か……?」
「…………そんな事、無いよ。嫌いじゃない」
掠れた声が唇から零れ落ちると、昼間戯れた唇が重ねられた。冷たくて薄い唇と柔らかなふっくらとした唇が重なると、くるみは大人しく身を任せていた。
舌先が口腔内に侵入すると、妖しく絡められる。吸血鬼の牙は吸血する時よりも短くなっているが鋭さを感じる。その僅かな刺激がぞくぞくと体を震わせた。
舌が絡められる度に、羞恥を煽る粘着音がくるみの頬を赤らめた。息が乱れて甘い声が漏れてしまう。意識がだんだんと気持ちいい舌先に翻弄されて恥ずかしいのに、快楽に飲まれてしまう。
(キスって、こんなに気持ちいいのかな……、だめ、流されちゃう……)
「流されろ、くるみ……我慢するな。気持ちよくなりたいだろう?」
「んんっ、はぁっ、こころ、よまなっ……んっ、……はぁ、んっ、ちゅ……」
艶のある低めの声で囁かれると、勝手に心を読んだ槐に抗議をするが、楽しげに笑われてまた再び唇が塞がれた。
もしかして、これも夢なのかと思って何度も頬をつねってみたが、叔父も槐も怪訝そうな顔をするばかりだ。LINEトーク画面を確かめてみても、叔父の言うとおりのメッセージがきちんと、入っている。
ぎこち無く会話を続けて片付けていたが、夜の9時も過ぎると、そろそろ自宅へと帰ると言い出して腰をあげる叔父を引き止めた。
「叔父さん! たまには泊まっていかない? つもる話もあるし!」
「実は、最近ずっとここで寝泊まりしてたんだよ。仕事が全然片付かなくて、ソファーで寝落ちしちゃってね。久々に家のベッドで寝ようと思ってたんだけど……くるみちゃん、何か悩み事でもあるの?」
「……ううん、そうじゃないけど」
叔父は本業の仕事もあり、叔母が居ない分カフェ経営と、家事の全部が自分のみで全てこなさないといけないだろうし、疲労は溜まっているはずだ。まさかこの場に見ず知らずの生き血を吸う妖怪が居ます! なんて言った所で正気を疑われるだけだろうと考え直して、くるみは口籠った。
「この家は古いから、夜はちょっと一人だと怖いと思うけど、槐くんが居てくれるから、安心だよ」
「くるみは怖がりだもんね。叔父さん、安心して。俺がこの屋敷にいたら安心だから、もう帰っていいよ」
叔父はどうやら、この家が東京のマンションとは違い古くて怖いのだろと解釈したようだ。
その槐が問題なんだ、という言葉が喉まで出かかったが、寸前の所で我慢する。
槐がくるみの肩を抱いて微笑むと銀の月の瞳の奥がぼんやりと光った。瞳の奥に宿る怪しい眼光を見た叔父は、ぼんやりとした様子で頷き、荷物を持つと玄関へと向かった。
「それじゃ、くるみちゃん……また明日……」
「お、おじさん、待って……! 玄関まで見送るっ」
肩を抱かれたくるみは、弾かれたように様子のおかしい叔父を玄関先まで見送った。もしかして槐に、何かおかしな催眠術でもかけられたんじゃないかと心配になったからだ。
けれど、おかしかったのはその一瞬だけでバイクに跨がると、何事も無かったように、普段通りに別れの挨拶をして元気に帰って行った。くるみは重い溜息をついて、玄関を振り向くと異変に気が付き、驚いたように目を見開いた。
Cafe『彩』の文字が、Cafe『妖』に変わっている。
(お店の名前まで変わってる……! これも槐の力なの……??)
玄関先では、槐がこちらをまるで珍獣を眺めるようかのように、楽しげに微笑み腕を組んでもたれかかっていた。人の格好で月の光を浴びる槐は、とても艷やかで絵になっていてまるでモデルのようだ。悔しいけれど顔だけ見れば、巷で人気の芸能人よりも整っている。くるみはそれでも、人の生き血を吸う鬼を前にして緊張しながらも彼に近付いた。あの昼間の会話からして、自分を殺す気は無いのだろうと言う気がしたからだ。
「気が済んだか、空蝉の姫。早う中に入れ。物の怪が動き出す時間になる」
「え? どういう事なの? と言うか……なんで貴方が従兄弟なの?? それにお店の名前も変わってるし! もう何がなんだか解らないの」
聞きたい事が山程あるくるみは、またしても矢継ぎ早で質問をする。そんな様子に槐は鼻を鳴らすと玄関先に戻って来たくるみの手を取り抱き寄せ、ゆっくりと家の扉を閉めた。彼に抱き寄せられ頬を染めていたが、槐に手を引かれるようにして歩き始めた。
カフェの店舗となっている一階を抜け、居住スペースへと向う道中に槐が質問に答えた。
「お前は本当に質問が多いのう。まだ結納をしておらぬゆえ、従兄弟にしてやったが……夫婦の方が良かったか? 契りもまだ交わしておらぬが、俺と恋仲と言ったほうが良かったかも知れんな」
「ち、ちがっ……! 何言ってるのっっ、きゃっ!?」
くるみが真っ赤になって抗議をすると、手を引くのが面倒になった槐に、軽々と抱きかかえられた。長身の槐にとっては華奢な人間の娘など軽いものなのだろうか。こんな風に抱きかかえられるのは子供の時以来だ。
「店の名前は俺の好みに変えた、良い名だろう。お前の血を吸った時、くるみに関わる全ての人間の記憶に伊吹槐という人間を埋め込んでおいたので、騒げば騒ぐ程狂人扱いされるぞ。ここは、お前達人間が、いう……ぱら、ぱられ……なんたらみたいなものだ」
「もしかして、平行世界のこと……?」
今いる自分の現実とは違う、別の現実世界。生きていくなかで人生の分れ目、分岐したもう一つの世界を平行世界というが、ここは伊吹槐という人間が存在した世界になってしまったという事だろうか。
だから、看板も変わってしまったのだ。
「この町は、昔から常夜との境界線が薄く、物の怪どもが人と同じく行き交っている。お前達の言うところの妖怪は、どの種類も全て鬼だ。お前たちもそれを利用して、商売しておるだろう?」
「そう言えば……この町というか、この地方は鬼が名物になってるよね……。じゃあ妖怪というか、この街に鬼は沢山存在してるの?」
「うむ。都会にも鬼はいるがあちらの方が餌は豊富であるから、数はここより多いはずだ。常に身を隠しているから観光名物にはならんがのう」
確かにここは、鬼にちなんだ街づくりをしていて観光地やお土産など、有名な鬼の名前つけられており、駅の名前でさえその名がつけられている所もあった。それにしても都会にそんなにも沢山鬼がいるなんて思いもしなかった。霊感が無い訳では無かったが、全くその存在に気が付かなかったので、くるみは思考が整理できずに目が回るような気持ちだった。
「良いか、くるみ。空蝉の姫として鬼を意識した瞬間にあちら側もお前に気付く。人の世界に溶け込み、餌を安全に取りたい鬼達のとっては危険な存在という事になる。それと同時に、この上なく惹かれる存在でもあり……抗えない程だ。殺されるか、この世界から連れ去られて常夜で囲われるかだ」
「そ、そんな………それじゃ、私、殺されたり誘拐されちゃうかも知れないってことなの?」
今まで、普通に生きてきたのに、自分がそんな危険な立ち位置で生まれてきたなんて信じられない。突然怖くなって震えていると、ちらりと槐が自分を見つめ笑った。
「心配するな。俺はこれでも名の知れた鬼だ。俺の運命の女に手を出すような愚かな鬼はそうはいない。――――だから、俺の証をつけた」
かつては、祖父母の寝室だった部屋の襖がひとりでに開くとそこは、布団が敷かれ季節外れの紅葉が開かれた縁側から風に靡いて落ちていた。暗闇の中に浮かぶ満月と、人魂のような浮遊する淡い光に彩られた妖しくも美しい紅葉が美しく、見惚れてしまう程だ。
この家にこんな大きな日本庭園は無いが、こんな非現実的な光景も、くるみは徐々に受け入れ始めていた。
「ここも、槐の常夜なの?」
「嗚呼、そうだ。俺の常夜と部屋を繋げた。初夜には雰囲気も必要だろう?」
「えっ! ま、待って! ちょっ、あのっ」
ふわりと風が吹いて、その姿は美しい鬼のものとなる。丁寧に布団の上に寝かされて思わずくるみは赤面し硬直してしまった。
自分の趣味や、やりたい事に集中しすぎてまともに恋愛をしてない。成り行きでそう言う行為に至った事なんてもちろん無いし、考えた事も無い。たぶん、同年代の子に比べたら恋愛にもセックスにも興味が無い方だと思うが、意図的にそれを避けていた訳ではない。
ほんのりと、誰かと恋愛することに憧れはあるが、友達に良い人を紹介されてもいまいちピンとこなかった。
常識としてセックスの知識はあっても、よく分からない。いつかは経験するかも知れないと思っていても、突然こういう事になってしまって戸惑っていた。しかも相手は、人外の鬼なのだ。けれどいっこうに鼓動が収まる事も無く、くるみは槐を見つめていた。
「震えておるのか、可愛い奴め。案ずるな……俺は人の生き血を吸う外道だが、女を乱暴には扱わん。快楽で鳴かせる事はあっても丁寧に扱うぞ……泣き叫ぶ女を辱める趣味はないのでな」
「だ、だって……私、貴方の事何にも知らないしす、するなんて! それに勝手に私の血を吸ったじゃない、ま、また吸うの?」
顎を捕まれ、額同士が合わさると雅な香りがして、異性を強く意識した。恐ろしい鬼で生き血を吸われたのに、なぜか槐に対して普通に話せている事にくるみは、驚きを隠せなかった。
それどころが徐々に、先程までの怖さが薄れていっているのは、人と変わらず自分と会話が出来るせいなのだろうか。
「すまんな、辺りに他の鬼が集まるような気配がしたので取り急ぎ儀式をした。俺ほどの鬼になれば、一ヶ月に一度、血を吸えれば十分。人間が食するものも食える……俺の事ならば、これからじっくり知れるぞ」
「………そ、そうなの? えと、そう言う……ことじゃ……。それに、痛いのが怖いの」
「再び逢えるまで、俺の絵を描いていたな。俺ならば、くるみに痛みを与えず交わえる」
その指摘にくるみは真っ赤になった。あの日初めて出逢ってから夢のような光景が忘れられずに、イラストを描いていたからだ。
夢見がちなくるみが、誰にも言わず漫画やアニメのキャラクターに憧れるように、何枚もあの池で見た鬼の絵を描いていた。頻度は少なくなったが、大人になってもそれは続けている。
やりたい事の他に、現実の異性にそれほど興味を持てなかったのはあの日、出逢った鬼の事を、心の何処かで槐の事を気に掛けていたからだろうか。
「くるみ、俺が嫌か……?」
「…………そんな事、無いよ。嫌いじゃない」
掠れた声が唇から零れ落ちると、昼間戯れた唇が重ねられた。冷たくて薄い唇と柔らかなふっくらとした唇が重なると、くるみは大人しく身を任せていた。
舌先が口腔内に侵入すると、妖しく絡められる。吸血鬼の牙は吸血する時よりも短くなっているが鋭さを感じる。その僅かな刺激がぞくぞくと体を震わせた。
舌が絡められる度に、羞恥を煽る粘着音がくるみの頬を赤らめた。息が乱れて甘い声が漏れてしまう。意識がだんだんと気持ちいい舌先に翻弄されて恥ずかしいのに、快楽に飲まれてしまう。
(キスって、こんなに気持ちいいのかな……、だめ、流されちゃう……)
「流されろ、くるみ……我慢するな。気持ちよくなりたいだろう?」
「んんっ、はぁっ、こころ、よまなっ……んっ、……はぁ、んっ、ちゅ……」
艶のある低めの声で囁かれると、勝手に心を読んだ槐に抗議をするが、楽しげに笑われてまた再び唇が塞がれた。
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