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前日譚―コインランドリー①―
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――――加盟金、ロイヤルティゼロ。楽に副業ができるという話を聞いて、私はコインランドリー経営に興味をもった。
清掃は必要だろうが、なんといっても無人経営できるというのが魅力だ。
「牧村さん、どうだい。いい場所でしょう、内覧してみるか?」
後部座席を振り返った、同年代の小太りの男が営業スマイルを浮かべる。
こいつは、不動産業を営む男で居酒屋で知り合った。お互い釣りが趣味、そして独身同士、ということで、すぐに意気投合しそこから親しくなった。
ユニバーサルタウン不動産の、支店長をしているらしく、私の持ちかけた相談に気前よくのってくれた。そして、私が目をつけていたこの空き物件を紹介してくれたのだ。
以前彼が、この場所について立地はいいのになかなか買い手がかつかなくて困っている、とぼやいたのを私は覚えていたのだ。
このあたりは住宅も多く、子供が多い。
雨の日が続く六月なんてコインランドリーを利用する客も、比較的多いんじゃないかと私は睨んでいた。
「中は少し暗いが、改装すれば充分使える。住宅街もあるから、立地も悪くない……井上さん、中を見てもいいかな?」
「そりゃ、昭和の時代から使ってるからねぇ、ランドリーを最新のものに替えて、店内をもっと明るくすりゃ、ここは穴場だと思うよ。それにこのあたりのランドリーは、ここだけだったんだ。好きなだけ中を見てくれ」
「なんだ、井上さんは一緒に見ないのか?」
「あぁ、俺はいいよ」
鍵を渡されたが、どうやら井上さんは車から出て、私と一緒に内覧につき合う気はないようだ。わざわざ釣り仲間に、かしこまった接客をするなんて、気がないのかもしれないが、何だか引っかかる。
まぁ、わざわざ休日を割いて私のために来てくれたんだから、そこまで求めても仕方がない。今日は、井上さんに酒でも奢ってやるか。
「わかったよ。せっかくの休日を潰してくれたからなぁ。今日は奢ろう」
「あっはは、ありがとさん」
私は車から降りると、横断歩道を渡る。
あいかわらず、ここは献花が供えてあるなぁ。
私も、このあたりを運転中に何度か事故車両をみたことがあるが、事故の起きやすい構造の横断歩道を科学検証してもらいたいな。
この横断歩道は、雨の日に飛びしてくる歩行者が多いと聞くので、この辺りを車で走るときは、細心の注意を払って運転してるのだが……。
私は鍵を開けると、シャッターを開けた。
このシャッターも昭和の名残りで、24時間コインランドリーになればもう必要がないだろう。
「懐かしいなぁ、昭和を思い出す。でも、ランドリーがそんなに古くないところを見ると、前のオーナーが機材を入れ替えたのかな」
中は古めかしいが、ランドリーは最新機種とはいえないものの、昭和の時代の古いものではない。オーナーが三人変わっていると聞いたので、機材を入れ替えたのだろう。
カビ臭い匂いがするが、長い間換気されていなかったせいだろうか。
レトロな雰囲気は子供の頃を思い出して、懐かしい気持ちになる。だが…………。なんと言えばいいのか、狙った物件に、ケチなんてつけたくないが気味が悪い。
――――ウァァァァー
――――ゥゥヴァ
「………?」
なんだか、赤ん坊のような、猫が盛ったような声がかすかに聞こえるような気がする。このあたりは野良猫が多いし、春先だからか。
しかし、このコインランドリー内から聞こえるぞ。猫やネズミが入り込めるような、小さな隙間ができていたら厄介だな。
「チッチッチッチッ」
私は猫の注意を引くために、舌を鳴らして身を低くした。鳴き声のする方向に向かって角を曲がった瞬間、ピタリと泣きやむ。
実家で猫を飼っていたからわかるが、案外猫は臆病な性質で、私が近づいたことを察して、身を隠したのかもしれない。
「おーい、出てこい! 魚肉ソーセージくらいなら買ってやるから。チッチッチッチッ」
それにしても、昼間なのに暗い。
奥の方には、古い机と椅子がありここで客は暇をつぶしていたのだろう。
――――しゅるしゅるしゅる。
私は違和感に気づいた。
鳴き声が消えた変わりに、地面をするような音がする。机の下の影が妙に黒く、波打っていてよく目を凝らすと、まるで人毛の束のように見えた。
手入れのされていないボサボサの髪が、しゅるしゅると視界から消えるのが見えて、私は腰を抜かした。
「ひっ……」
ランドリーを掴む赤いマネキュアの女の指が一本、二本、三本と芋虫のように蠢きながら増えていく。
そうか、私が出てこいと言ったから、あの女は……。
だめだ。あの女は顔を………、あの女の顔を……あの女の顔を……見ちゃいけない。
私は白目を向くと泡を吹いて倒れた。
清掃は必要だろうが、なんといっても無人経営できるというのが魅力だ。
「牧村さん、どうだい。いい場所でしょう、内覧してみるか?」
後部座席を振り返った、同年代の小太りの男が営業スマイルを浮かべる。
こいつは、不動産業を営む男で居酒屋で知り合った。お互い釣りが趣味、そして独身同士、ということで、すぐに意気投合しそこから親しくなった。
ユニバーサルタウン不動産の、支店長をしているらしく、私の持ちかけた相談に気前よくのってくれた。そして、私が目をつけていたこの空き物件を紹介してくれたのだ。
以前彼が、この場所について立地はいいのになかなか買い手がかつかなくて困っている、とぼやいたのを私は覚えていたのだ。
このあたりは住宅も多く、子供が多い。
雨の日が続く六月なんてコインランドリーを利用する客も、比較的多いんじゃないかと私は睨んでいた。
「中は少し暗いが、改装すれば充分使える。住宅街もあるから、立地も悪くない……井上さん、中を見てもいいかな?」
「そりゃ、昭和の時代から使ってるからねぇ、ランドリーを最新のものに替えて、店内をもっと明るくすりゃ、ここは穴場だと思うよ。それにこのあたりのランドリーは、ここだけだったんだ。好きなだけ中を見てくれ」
「なんだ、井上さんは一緒に見ないのか?」
「あぁ、俺はいいよ」
鍵を渡されたが、どうやら井上さんは車から出て、私と一緒に内覧につき合う気はないようだ。わざわざ釣り仲間に、かしこまった接客をするなんて、気がないのかもしれないが、何だか引っかかる。
まぁ、わざわざ休日を割いて私のために来てくれたんだから、そこまで求めても仕方がない。今日は、井上さんに酒でも奢ってやるか。
「わかったよ。せっかくの休日を潰してくれたからなぁ。今日は奢ろう」
「あっはは、ありがとさん」
私は車から降りると、横断歩道を渡る。
あいかわらず、ここは献花が供えてあるなぁ。
私も、このあたりを運転中に何度か事故車両をみたことがあるが、事故の起きやすい構造の横断歩道を科学検証してもらいたいな。
この横断歩道は、雨の日に飛びしてくる歩行者が多いと聞くので、この辺りを車で走るときは、細心の注意を払って運転してるのだが……。
私は鍵を開けると、シャッターを開けた。
このシャッターも昭和の名残りで、24時間コインランドリーになればもう必要がないだろう。
「懐かしいなぁ、昭和を思い出す。でも、ランドリーがそんなに古くないところを見ると、前のオーナーが機材を入れ替えたのかな」
中は古めかしいが、ランドリーは最新機種とはいえないものの、昭和の時代の古いものではない。オーナーが三人変わっていると聞いたので、機材を入れ替えたのだろう。
カビ臭い匂いがするが、長い間換気されていなかったせいだろうか。
レトロな雰囲気は子供の頃を思い出して、懐かしい気持ちになる。だが…………。なんと言えばいいのか、狙った物件に、ケチなんてつけたくないが気味が悪い。
――――ウァァァァー
――――ゥゥヴァ
「………?」
なんだか、赤ん坊のような、猫が盛ったような声がかすかに聞こえるような気がする。このあたりは野良猫が多いし、春先だからか。
しかし、このコインランドリー内から聞こえるぞ。猫やネズミが入り込めるような、小さな隙間ができていたら厄介だな。
「チッチッチッチッ」
私は猫の注意を引くために、舌を鳴らして身を低くした。鳴き声のする方向に向かって角を曲がった瞬間、ピタリと泣きやむ。
実家で猫を飼っていたからわかるが、案外猫は臆病な性質で、私が近づいたことを察して、身を隠したのかもしれない。
「おーい、出てこい! 魚肉ソーセージくらいなら買ってやるから。チッチッチッチッ」
それにしても、昼間なのに暗い。
奥の方には、古い机と椅子がありここで客は暇をつぶしていたのだろう。
――――しゅるしゅるしゅる。
私は違和感に気づいた。
鳴き声が消えた変わりに、地面をするような音がする。机の下の影が妙に黒く、波打っていてよく目を凝らすと、まるで人毛の束のように見えた。
手入れのされていないボサボサの髪が、しゅるしゅると視界から消えるのが見えて、私は腰を抜かした。
「ひっ……」
ランドリーを掴む赤いマネキュアの女の指が一本、二本、三本と芋虫のように蠢きながら増えていく。
そうか、私が出てこいと言ったから、あの女は……。
だめだ。あの女は顔を………、あの女の顔を……あの女の顔を……見ちゃいけない。
私は白目を向くと泡を吹いて倒れた。
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