30 / 39
炎に包まれて①
しおりを挟む
ピクリとも動かない千鶴子を見て、清史郎は腰を抜かすとあろうことか、救急車も呼ばず悲鳴をあげながらその場から逃げ出した。
階段から落ちて、絶命した妹によろよろとした足取りで走り寄った達郎は、泣きながら千鶴子の瞼を閉じるとうわ言のように呟き出す。
「もう終わりだ……遠山家はだめだ……全部、全部燃やさなくちゃ」
達郎は幽霊のように立ち上がって僕の横を通り抜けた。僕とばぁちゃんの霊視は、そのまま彼の視界をジャックして進む。泣きながら屋敷に酒瓶をぶちまけると、達郎はマッチに火を付けた。
炎は勢いよくカーテンを走ると一気に燃え広がる。
達郎の体は炎に包まれ、火事に気が付き逃げ遅れた女中達も勢いよく炎に飲まれた。
「これが遠山家とこの邸の末路なんだね……」
「なんて恐ろしくて、胸糞が悪い過去なんだい」
僕たちがそう呟くと同時に、地下室はお洒落なティールームに変わる。そこにはやつれた表情の克明さんが座っていた。
目の前には、着物姿の遠山千鶴子がお茶を飲んで楽しく話をしている。
蓄音機から、サロメのオペラが流れていて、僕はようやくこの歌が彼女自身の事だと言う事に気が付いた。預言者ヨカナーンに拒絶されたサロメは彼の首をどんな高価な宝物よりも欲した。サロメは、千鶴子そのものだった。
「克明さん! 妹さんに頼まれて助けにきました」
僕が叫んで、踏まこもうとした瞬間に、手前にいた千鶴子が立ち上がり僕に襲いかかってきた。だが、僕を館の中で追い回していた凄まじい跳躍力の化け物のような千鶴子では無い。
髪をふりみだして、目が血走った狂人のような彼女が僕の首を締めた。
「こいつ、離れろ!! っ……!?」
呪符を取り出して、千鶴子を祓おうとしたばぁちゃんは吹き飛ばされ、地下室の壁に叩きつけられた。僕は必死に千鶴子の両手を掴んで引き離そうとするが、ボロボロと皮膚の組織、いや肉が剥がれ落ちて青ざめた。
「邪魔をしないでと言ったでしょう! 私と克明さんはここで幸せに暮らすのよ。お前なんて死ねばいいのよ!」
「ぐっ……その、人は……浅野清史郎じゃないっ……! 赤の他人だっ……」
僕は彼女に届くかわからないが、呻く様に声をかけた。背後で背中を強かに打って咳き込むばぁちゃんが叫ぶ。
「健、ここはあの世とこの世の間にある空間だよ。龍神様の声に耳を傾けなさい、未熟なお前でも、この場所ならお前の持つ霊力を最大限に発揮できる!」
(そ、そんなこと言われたってばぁちゃん、漫画やゲームの世界みたいに必殺技なんて繰り出せないよ)
僕はばぁちゃんのとんでもない無茶振りに、こんな状況でもツッコミを入れてしまった。だが僕はもう無我夢中で額の真ん中に意識を集中させる。
誰もが想像するであろう龍の姿を思い浮かべると、段々とそれが白い龍へと変わっていく。空の上で大きくとぐろを巻いてこちらを向いたかと思うと、日本語であって日本語で無いような、僕の語彙力では表現できない不思議な声を聞いた。
ゆっくりと僕は目を見開くと、目を血走らせ残像を纏いながら憤怒の表情をする彼女がなんだか哀れにも思えた。
「……っ、千鶴子さん……っ、君は、この館の秘密を……見られるのを……恐れていただろう……はぁ、……儀式を、していることを……、知られたくなくて……僕にずっと、警告して……いたな。なぜだ……? 正気の君は……清史郎さんに世間に、知られたくなかったんじゃないか……? 自分が人殺しだってことを……」
僕がそう言うと、一瞬千鶴子が怯んだのを感じて今だとばかりに両手を掴んで引き剥がすと言った。
「はぁっ、千鶴子さん、よく聞くんだ。ここにいるあの人は有村克明。浅野清史郎とはよく似たいるけど別人だ。清史郎さんは君の儀式を知った後、関東大震災で亡くなっているんだ」
「うそよ、うそよ……清史郎さん……。そんな……この邸でずっと待っていたのに……!」
僕の目が白く輝くと、龍神がとぐろを巻いて千鶴子の体に巻きついた。必死に体を動かす彼女に、僕はほとんど無意識に言葉を発していた。
「千鶴子さん、誰かの心を自分の思い通りにする事なんて出来ないんだ。君は本当に情念に囚われて哀れだと思うけれど、現世で人の命をたくさん奪ってきた。それはきちんと罪を償わなくちゃ」
そういった瞬間、龍の体は青白い炎に変わり遠山千鶴子の絶叫と共に燃え尽きた。冥府の扉は開かれて、彼女は地獄に堕ちたのだと思う。
罪を償って人として生まれ変わるまで……悪魔の側で焼かれるのかも知れない。
「良くやった健! 合格だよ。さすが、ばぁちゃんが鍛えぬいた自慢の孫だねぇ!」
余韻に浸っていると、僕の背中をばぁちゃんが激しく叩いてため息をついた。お洒落なティールームが消え失せ、地面に座り込んで項垂れた、克明さんが呻く様に言った。
「き、君は……誰だ?」
「僕は雨宮健です。多分覚えていないかもしれないですが、香織さんに小さい頃遊んで貰ってて……詳細は省きますが、香織さんの霊に頼まれて貴方を助けにきました」
だが、克明さんはなんとも言えない表情で僕を見ると項垂れた。そして涙ながらに震える声で言った。
「雨宮さん所の……。どうして……香織が? でも、俺のせいなんだ……俺があの日、迎えに行かなかったせいで香織は死んだんだ。俺のせいなんだよ……。俺が殺したのも同然だ」
階段から落ちて、絶命した妹によろよろとした足取りで走り寄った達郎は、泣きながら千鶴子の瞼を閉じるとうわ言のように呟き出す。
「もう終わりだ……遠山家はだめだ……全部、全部燃やさなくちゃ」
達郎は幽霊のように立ち上がって僕の横を通り抜けた。僕とばぁちゃんの霊視は、そのまま彼の視界をジャックして進む。泣きながら屋敷に酒瓶をぶちまけると、達郎はマッチに火を付けた。
炎は勢いよくカーテンを走ると一気に燃え広がる。
達郎の体は炎に包まれ、火事に気が付き逃げ遅れた女中達も勢いよく炎に飲まれた。
「これが遠山家とこの邸の末路なんだね……」
「なんて恐ろしくて、胸糞が悪い過去なんだい」
僕たちがそう呟くと同時に、地下室はお洒落なティールームに変わる。そこにはやつれた表情の克明さんが座っていた。
目の前には、着物姿の遠山千鶴子がお茶を飲んで楽しく話をしている。
蓄音機から、サロメのオペラが流れていて、僕はようやくこの歌が彼女自身の事だと言う事に気が付いた。預言者ヨカナーンに拒絶されたサロメは彼の首をどんな高価な宝物よりも欲した。サロメは、千鶴子そのものだった。
「克明さん! 妹さんに頼まれて助けにきました」
僕が叫んで、踏まこもうとした瞬間に、手前にいた千鶴子が立ち上がり僕に襲いかかってきた。だが、僕を館の中で追い回していた凄まじい跳躍力の化け物のような千鶴子では無い。
髪をふりみだして、目が血走った狂人のような彼女が僕の首を締めた。
「こいつ、離れろ!! っ……!?」
呪符を取り出して、千鶴子を祓おうとしたばぁちゃんは吹き飛ばされ、地下室の壁に叩きつけられた。僕は必死に千鶴子の両手を掴んで引き離そうとするが、ボロボロと皮膚の組織、いや肉が剥がれ落ちて青ざめた。
「邪魔をしないでと言ったでしょう! 私と克明さんはここで幸せに暮らすのよ。お前なんて死ねばいいのよ!」
「ぐっ……その、人は……浅野清史郎じゃないっ……! 赤の他人だっ……」
僕は彼女に届くかわからないが、呻く様に声をかけた。背後で背中を強かに打って咳き込むばぁちゃんが叫ぶ。
「健、ここはあの世とこの世の間にある空間だよ。龍神様の声に耳を傾けなさい、未熟なお前でも、この場所ならお前の持つ霊力を最大限に発揮できる!」
(そ、そんなこと言われたってばぁちゃん、漫画やゲームの世界みたいに必殺技なんて繰り出せないよ)
僕はばぁちゃんのとんでもない無茶振りに、こんな状況でもツッコミを入れてしまった。だが僕はもう無我夢中で額の真ん中に意識を集中させる。
誰もが想像するであろう龍の姿を思い浮かべると、段々とそれが白い龍へと変わっていく。空の上で大きくとぐろを巻いてこちらを向いたかと思うと、日本語であって日本語で無いような、僕の語彙力では表現できない不思議な声を聞いた。
ゆっくりと僕は目を見開くと、目を血走らせ残像を纏いながら憤怒の表情をする彼女がなんだか哀れにも思えた。
「……っ、千鶴子さん……っ、君は、この館の秘密を……見られるのを……恐れていただろう……はぁ、……儀式を、していることを……、知られたくなくて……僕にずっと、警告して……いたな。なぜだ……? 正気の君は……清史郎さんに世間に、知られたくなかったんじゃないか……? 自分が人殺しだってことを……」
僕がそう言うと、一瞬千鶴子が怯んだのを感じて今だとばかりに両手を掴んで引き剥がすと言った。
「はぁっ、千鶴子さん、よく聞くんだ。ここにいるあの人は有村克明。浅野清史郎とはよく似たいるけど別人だ。清史郎さんは君の儀式を知った後、関東大震災で亡くなっているんだ」
「うそよ、うそよ……清史郎さん……。そんな……この邸でずっと待っていたのに……!」
僕の目が白く輝くと、龍神がとぐろを巻いて千鶴子の体に巻きついた。必死に体を動かす彼女に、僕はほとんど無意識に言葉を発していた。
「千鶴子さん、誰かの心を自分の思い通りにする事なんて出来ないんだ。君は本当に情念に囚われて哀れだと思うけれど、現世で人の命をたくさん奪ってきた。それはきちんと罪を償わなくちゃ」
そういった瞬間、龍の体は青白い炎に変わり遠山千鶴子の絶叫と共に燃え尽きた。冥府の扉は開かれて、彼女は地獄に堕ちたのだと思う。
罪を償って人として生まれ変わるまで……悪魔の側で焼かれるのかも知れない。
「良くやった健! 合格だよ。さすが、ばぁちゃんが鍛えぬいた自慢の孫だねぇ!」
余韻に浸っていると、僕の背中をばぁちゃんが激しく叩いてため息をついた。お洒落なティールームが消え失せ、地面に座り込んで項垂れた、克明さんが呻く様に言った。
「き、君は……誰だ?」
「僕は雨宮健です。多分覚えていないかもしれないですが、香織さんに小さい頃遊んで貰ってて……詳細は省きますが、香織さんの霊に頼まれて貴方を助けにきました」
だが、克明さんはなんとも言えない表情で僕を見ると項垂れた。そして涙ながらに震える声で言った。
「雨宮さん所の……。どうして……香織が? でも、俺のせいなんだ……俺があの日、迎えに行かなかったせいで香織は死んだんだ。俺のせいなんだよ……。俺が殺したのも同然だ」
10
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
暗愚う家で逝く
昔懐かし怖いハナシ
ホラー
男の子四人が、ある遊園地に来たときの話
彼らは、遊園地の奥ヘ入っていく。
その時、広場を見つけ、そこでボール遊びをしていた。いろんなアトラクションがあったが、何個かの面白い物は、背が足りなくて乗れないためであったからだ。
その近くには、誰も寄り付かないような、暗い木造りの家があった。二階のあるそこそこ大きいものだった。普通の家だ
さぁ、その家の真実が今明かされる。命をかけた、9時間の出来事。今思えば、悲しく、恐いものだった…
フィクションです。
Dark Night Princess
べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る
かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ
突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する
ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか
現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語
ホラー大賞エントリー作品です
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
AstiMaitrise
椎奈ゆい
ホラー
少女が立ち向かうのは呪いか、大衆か、支配者か______
”学校の西門を通った者は祟りに遭う”
20年前の事件をきっかけに始まった祟りの噂。壇ノ浦学園では西門を通るのを固く禁じる”掟”の元、生徒会が厳しく取り締まっていた。
そんな中、転校生の平等院霊否は偶然にも掟を破ってしまう。
祟りの真相と学園の謎を解き明かすべく、霊否たちの戦いが始まる———!
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる