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夏の終わりの依頼人④
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僕が生まれた頃、実家の神社の周辺は住宅街として開発され、一軒家がいくつか建っていた。一時期、長閑な田舎で余生を過ごすという事が世間で大々的に流行り、この島にも本州から移り住む人が多くなった為だという。有村家は、元々この島の生まれだったが、祖父母の為にバリアフリーの二世帯住宅を建てて、この辺りに引っ越してきたようだ。
僕は、幼稚園に入る前から霊が見えていた。
霊体の子供を、人間の男の子だと勘違いして遊んでいた時もある位に霊力が強かった。他人には見えないものがこの世にはあり、それを口にしてはいけないのだと、母さんやばぁちゃんに教えて貰うまで、友達と呼べるような相手は一人も居なかった。
僕が幼稚園の年長組になった頃、有村香織という年上の少女と知り合った。多分、うちの神社にご両親が用事があって、暇を持て余していた彼女に遊んで貰ったのだろうと思う。
ばぁちゃんが言うには、そこから小学校の低学年まで、香織ちゃんが時々面倒を見てくれていたようだ。中学生の香織ちゃんが、小学生の男の子を相手をするなんて、嫌がりそうなものたが、彼女は実の弟のように僕を可愛がっていた。
同年代の女子と楽しくお喋りして遊びたい年頃だろうが、もしかすると彼女も僕と同じように、何か問題を抱えていたのかも知れない。僕は、ばぁちゃんの話を聞くまで、お世話になっていた少女の面影すら思い出せずにいたが、ぼんやりとその顔を思い出してきた。
セーラー服のよく似合う、笑顔の可愛らしい年上の少女だった。
『そうだねぇ。あれは十五年前のちょうど、秋頃やろうか、香織ちゃんが家に帰って来ないってご両親がうちに来てね。健と遊んでるんじゃないかと思ったんやろうね』
その日、香織ちゃんは僕の家には来なかった。彼女は文化部に所属していたが、田舎の部活なんてバスの時間を考えれば遅くまで行われている筈も無い。ご両親は級友に、かたっぱしから電話をかけ、香織ちゃんの兄は近所を探した。
島には駐在所があるが、警官は二人体制だ。夜が明けるのを待って、捜索隊を要請し島の人々も香織ちゃんを探した。
そして、彼女は遺体となって見つかった。
あの人気の無い小道の草むらの中で、滅多刺しにされて息絶えていた。
殺人事件として捜査されたが、都会とは違い不審者が目立つような島だというのに、有力な情報を掴も無く、犯人を見つける事が出来ずに未解決事件となった。
『それで……お葬式の日に、あんたを連れて行ったんだけど、泣き叫んで倒れちゃってね。あの頃のあんたは霊力を制御出来ずにいたから、霊視してしまったんやろ』
「そうか……だから、僕は覚えて無いんだ」
多分、霊視した光景があまりにも衝撃的で残忍だったから僕は心的外傷になってしまったのだ。僕は自分の心を守る為に香織ちゃんごと存在を消してしまった。その光景を思い出さなくて本当に良かったと思う。
僕は、ばぁちゃんの声を聞く事が出来ない梨子に説明をした。
「この島で、そんな酷い事件があったなんて知らなかった……。香織ちゃんは、健くんが霊を視える事を知ってて助けを求めにきたの? 犯人を探して欲しい……とか?」
「いや、違うと思う。香織ちゃんを殺した犯人を探して欲しいなら、もっと前に僕の前に現れてた筈だよ。それに、お兄ちゃんを助けてっていってたんだ」
彼女の悲愴な顔を思い出す。香織ちゃんを殺した犯人を探す手伝いなら頼まれなくても幾らでもやる。だが、今まさに兄弟を助けて欲しいと頼ってくると言う事は、親族が何か危険な事に巻き込まれたのでは無いかと考えた。
『有村さんとこには、克明っていうお兄ちゃんがいたねぇ。四歳違いで大学受験も無事終わってね。本当はお兄ちゃん一人で島を出る予定みたいだったけど、近所の目に耐えられんようになってご両親は関東に引っ越したんや。祖父母だけが、都会に行くのを嫌がって残ったみたいやけど……、奥さんの方が先に亡くなって、それから今年、一人残った旦那さんが亡くなって家を取り壊したんや』
娘が殺害された土地に残るのは、遺族としても辛い選択だろう。そして犯人が見つかるまでその場を去らないと言うのも間違いではないが辛い選択だと思う。
「香織ちゃんには、克明さんっていうお兄さんがいたみたいなんだ。僕とは十一歳も年上だから彼の事は覚えて無いんだけど……、今は三十三歳位かな」
「その、克明さんというお兄さんを助けて欲しいって彼女は言ってるんだよね。健くんに頼むって事は、もしかして霊に関係しているんじゃない?」
僕は梨子のキラキラと輝く目を見て嫌な予感がした。その可能性は否定できない。しかし、霊に頼まれてどこに引っ越したかも、今はどうなっているか分からない人を探して助けるなんて、完全に探偵や刑事の仕事だ。本当に犯罪のようなものに巻き込まれているなら、僕ら素人が関わるには危険すぎる。
だが、子供の頃に遊んでくれた香織ちゃんの事を思うと僕も何とかしてあげたいと思う。
『自分が殺されてもなお、家族を心配してる優しい子よ。もちろん助けるに決まってるよねぇ、健』
「きっと健くんなら出来ると思って、香織ちゃんは助けを求めて出てきたんだよ。私も助手として手伝う!」
「…………。もう、分かったよ」
二人の圧力に負けて、僕は引き気味になりつつ頷いた。
僕は、幼稚園に入る前から霊が見えていた。
霊体の子供を、人間の男の子だと勘違いして遊んでいた時もある位に霊力が強かった。他人には見えないものがこの世にはあり、それを口にしてはいけないのだと、母さんやばぁちゃんに教えて貰うまで、友達と呼べるような相手は一人も居なかった。
僕が幼稚園の年長組になった頃、有村香織という年上の少女と知り合った。多分、うちの神社にご両親が用事があって、暇を持て余していた彼女に遊んで貰ったのだろうと思う。
ばぁちゃんが言うには、そこから小学校の低学年まで、香織ちゃんが時々面倒を見てくれていたようだ。中学生の香織ちゃんが、小学生の男の子を相手をするなんて、嫌がりそうなものたが、彼女は実の弟のように僕を可愛がっていた。
同年代の女子と楽しくお喋りして遊びたい年頃だろうが、もしかすると彼女も僕と同じように、何か問題を抱えていたのかも知れない。僕は、ばぁちゃんの話を聞くまで、お世話になっていた少女の面影すら思い出せずにいたが、ぼんやりとその顔を思い出してきた。
セーラー服のよく似合う、笑顔の可愛らしい年上の少女だった。
『そうだねぇ。あれは十五年前のちょうど、秋頃やろうか、香織ちゃんが家に帰って来ないってご両親がうちに来てね。健と遊んでるんじゃないかと思ったんやろうね』
その日、香織ちゃんは僕の家には来なかった。彼女は文化部に所属していたが、田舎の部活なんてバスの時間を考えれば遅くまで行われている筈も無い。ご両親は級友に、かたっぱしから電話をかけ、香織ちゃんの兄は近所を探した。
島には駐在所があるが、警官は二人体制だ。夜が明けるのを待って、捜索隊を要請し島の人々も香織ちゃんを探した。
そして、彼女は遺体となって見つかった。
あの人気の無い小道の草むらの中で、滅多刺しにされて息絶えていた。
殺人事件として捜査されたが、都会とは違い不審者が目立つような島だというのに、有力な情報を掴も無く、犯人を見つける事が出来ずに未解決事件となった。
『それで……お葬式の日に、あんたを連れて行ったんだけど、泣き叫んで倒れちゃってね。あの頃のあんたは霊力を制御出来ずにいたから、霊視してしまったんやろ』
「そうか……だから、僕は覚えて無いんだ」
多分、霊視した光景があまりにも衝撃的で残忍だったから僕は心的外傷になってしまったのだ。僕は自分の心を守る為に香織ちゃんごと存在を消してしまった。その光景を思い出さなくて本当に良かったと思う。
僕は、ばぁちゃんの声を聞く事が出来ない梨子に説明をした。
「この島で、そんな酷い事件があったなんて知らなかった……。香織ちゃんは、健くんが霊を視える事を知ってて助けを求めにきたの? 犯人を探して欲しい……とか?」
「いや、違うと思う。香織ちゃんを殺した犯人を探して欲しいなら、もっと前に僕の前に現れてた筈だよ。それに、お兄ちゃんを助けてっていってたんだ」
彼女の悲愴な顔を思い出す。香織ちゃんを殺した犯人を探す手伝いなら頼まれなくても幾らでもやる。だが、今まさに兄弟を助けて欲しいと頼ってくると言う事は、親族が何か危険な事に巻き込まれたのでは無いかと考えた。
『有村さんとこには、克明っていうお兄ちゃんがいたねぇ。四歳違いで大学受験も無事終わってね。本当はお兄ちゃん一人で島を出る予定みたいだったけど、近所の目に耐えられんようになってご両親は関東に引っ越したんや。祖父母だけが、都会に行くのを嫌がって残ったみたいやけど……、奥さんの方が先に亡くなって、それから今年、一人残った旦那さんが亡くなって家を取り壊したんや』
娘が殺害された土地に残るのは、遺族としても辛い選択だろう。そして犯人が見つかるまでその場を去らないと言うのも間違いではないが辛い選択だと思う。
「香織ちゃんには、克明さんっていうお兄さんがいたみたいなんだ。僕とは十一歳も年上だから彼の事は覚えて無いんだけど……、今は三十三歳位かな」
「その、克明さんというお兄さんを助けて欲しいって彼女は言ってるんだよね。健くんに頼むって事は、もしかして霊に関係しているんじゃない?」
僕は梨子のキラキラと輝く目を見て嫌な予感がした。その可能性は否定できない。しかし、霊に頼まれてどこに引っ越したかも、今はどうなっているか分からない人を探して助けるなんて、完全に探偵や刑事の仕事だ。本当に犯罪のようなものに巻き込まれているなら、僕ら素人が関わるには危険すぎる。
だが、子供の頃に遊んでくれた香織ちゃんの事を思うと僕も何とかしてあげたいと思う。
『自分が殺されてもなお、家族を心配してる優しい子よ。もちろん助けるに決まってるよねぇ、健』
「きっと健くんなら出来ると思って、香織ちゃんは助けを求めて出てきたんだよ。私も助手として手伝う!」
「…………。もう、分かったよ」
二人の圧力に負けて、僕は引き気味になりつつ頷いた。
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