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【霧首島編】

雨宮健の心霊事件簿 ファイル004

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 霧首島が遠くに見える。
 警察と救助隊が来ると、結局裕貴さんは霧首島に残って、対応に追われることになってしまった。僕たちはというと、救助船に乗せてもらい辰子島に戻ることになった。
 僕たちは完全に観光先で、被災した旅行客という扱いになり温かい飲み物や、毛布などを渡され、なんだか申し訳なく思ってしまうな。とはいえ、霧首島の幽霊話なんてした日には、正気を疑われそうだが。

「間宮先生も、一緒に帰れば良かったのに。私ならあれだけ酷い目にあったら、早く島を出たくなっちゃうけどな。やっぱりオカルト好きの民俗学者って、変わってる人が多いのかな」
「うん、そうだね……」

 隣で僕と同じように海を見ていた梨子の無邪気な質問に、僕は生返事をした。昨日の出来事を、彼女に相談すべきか悩んで、結局まだ何も彼女に言えてないままだ。
 梨子にとって、間宮さんは自分の通う大学で専攻した学科の教授だし、彼のことをそれなりに信頼している様子だったから、確信が持てるまで下手なことは言えないな。

「健くん、私たちを守ってくれてありがとう。今回は、本当に格好良かったよ」
「へ?」
「健くんって、どんな悪霊を前にしてもちゃんと真剣に向き合うよね。立場に立って話すって言うか。そういう所、私好きだな」
 
 僕は、僕は頭が真っ白になった。
 梨子はきっと友だちや相棒として僕を褒めてくれているのだろうし、ここで勘違いしてしまったら、僕は痛い男になってしまう。ばぁちゃんが梨子の隣で、ニヤニヤしているのは気に食わないけど……。

「あ、ありがとう。なんか照れるな」
「ねぇ、健くん。私たち付き合っちゃおっか」
「えっ、えっえ? つつつ、付き合う? 僕と付き合うの!?」
「考えといてね」

 晴天の海上で見せた梨子の笑顔はあまりにも眩しすぎて、意識が遠のきそうになった。ショートボブの髪が風に靡いて、時間がスローモーションになってしまったようだ。
 梨子は僕の返事を待たずに、軽やかに安藤さんの方へ歩いていく。
 梨子はどこか活発な少女っぽさがあり、時には少年っぽい中性的な感じもあって……綺麗だな。だめだ、舞い上がりすぎてポエムになる。

『あんた、鼻の下伸ばして大丈夫かい? 健がグズグズしてるから、梨子ちゃんのほうが痺れ切らしちゃったんだよ。まるで、ばぁちゃんの若い頃を思い出すわぁ。じぃちゃんもシャイでねぇ』
「ばぁちゃんちょっと黙って。今の言葉を噛み締めたい」

 ばぁちゃんが一人大盛りあがりしている。いや僕の顔も完全ににやけているだろう。その証拠に、こっちに近付いてきた明くんが、僕を見てドン引きしているので、さすがに正気に戻った。
 明くんは梨子が今しがた佇んでいた所に来ると、僕の肩をぽんと叩く。

「すげぇ顔してたぞ、雨宮。まぁなんかあれだ。頑張れよ、童貞くん」

 僕は、ああ、うん、いやまぁとかいう返事しか返せなかった。明くんはそんな僕を無視して真剣な眼差しになると、梨子と安藤さんに背を向けて、僕に話し始めた。

「なぁ、雨宮。間宮先生が記憶がねぇって話しをしてっけど、俺にはそう思えないんだ。本殿を開けて、思わず御神体を手にとってしまった。って言ってたけどさ。明らかにあれは最初から盗む気だったぞ」
「最初から盗む気……? あの時何があったんだ」

 明くんは霧首島から離れて、ようやく僕に事の顛末てんまつを話す気になったんだろうか。僕は先程の浮足立つ気持ちを抑え、明くんの話に耳を貸した。

「集落から霧首海神神社に向かう道中も、なんかおかしくてな。あの人、全く動じないんだよ。心の底では霊なんて信じてないから怖くねぇのかなと思ったけど、違う。なんか恐怖に慣れてるような感じなんだよな。本当は視えてるんじゃねぇかなと俺は思う。本殿を開けて、大事に着飾られたカクリヨヒナが偽物フェイクで、後ろの御神鏡が本体だって言ったんだぜ。まぁ、百歩譲ってオカルトや民俗学の権威でもよ、迷わずに分かるか?」

 いや、霧首島の伝承はほとんど外に知られていないじゃないか。神社の御神鏡が本体って言うのは、普通の神社ならそうかもしれないがあの島に限って普通は通用しない。憶測おくそくで、分かるわけがないだろう。

「間宮先生に盗んたことを黙ってろと言われた。俺も共犯だってね。だけどこうなっちまった以上無効だろ。御神鏡を手にして出たら外の様子がおかしくなったんだ。そこから俺の意識はプッツリ途絶えててさ。意識を取り戻した時には、宿の前に突っ立てた。間宮先生はいないし、俺は慌てて部屋に戻って予備の数珠を取ってお前らを探したんだ。俺が死ななかったのは、親父が心配して読経でもしてたんじゃねぇかな」

 明くんは笑いながら言った。
 確かにあの島の悪霊は厄介だったけど、明くんの霊力なら、なんとか生き残れたはずだ。記憶をなくしていた間、守護霊に守られていたのかもしれない。
 彼の話が本当ならば、間宮さんは手にした時には憑依されておらず、一緒にいた明くんにも口止めをしている。最初から研究とは言え、窃盗目的でこの島に来たんだとしたら、穏やかな間宮さんのイメージが崩れ去り、急に怖くなった。

「だからさ、雨宮。間宮先生を信用すんなよ。梨子にはお前から言ってやれ」
「そうだね。僕も色々と引っ掛かってるんだ」

 それだけ言うと、明くんは僕から去っていった。
 そうだ、初めて間宮さんに会った時から僕は引っ掛かっている。彼には守護霊と言える存在は全く居ないし、背後霊も生霊の類も憑いていない。ただイメージとして、真っ暗な闇の穴が背後に浮かぶ。
 確かに豊富な知識で、間宮さんに助けて貰ったこともあったけれど、素材って一体何のことだ? もしかして華夜姫をその素材として使おうとしたのか。
 ふと、ばぁちゃんが真剣な表情で僕を見ると言った。

『健、あの男が来てから辰子沼にいた霊たちが居なくなっただろう』
「そう言えば……。綺麗さっぱり居なくなってた。魔物化した綾人さんの叔父さんも消えてた。ばぁちゃん、あのさ。間宮さんが素材って言ってたんだ。祟神は初めてだから失敗したって……』
『蠱毒の素材さ。前に言ったでしょう。昔守護霊を持たない者を見たと。それは九十九家の長だ。九十九一族は、悪霊をや犬神を使って、他人に呪詛を施すんだよ』
「え、それじゃあ……ばぁちゃんは間宮さんは九十九一族だって言いたいの。でも名字が違うよ」
『雨宮も表と裏の名は違うじゃないか。紅目は外の人間が、雨宮一族を呼ぶ時に使っていた呼び名なんだよ。霊視する時に何故か目が紅く光るからね。九十九一族もまた、百に満たない多くの死霊を呪詛に使うからそう呼ばれるようになった。間宮龍之介は、恐らく九十九の長だろうね』

 僕は息を呑んで霧首島が見えなくなった水平線に目をやる。間宮さんが手に入れた別の素材とはなんだろう。
 僕は奇妙な巡り合わせに、背筋が寒くなった。

「九十九一族……」

 この時の僕らは間宮さんと、距離を置くのが一番だと思っていた。けれど僕たちは否応なく、過去の因縁に巻き込まれてしまうのだった。


 ファイル004 鬼遣の贄 完
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感想 4

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みんなの感想(4件)

樹結理(きゆり)
ネタバレ含む
蒼琉璃
2023.10.11 蒼琉璃

樹結理さん、読了ありがとうございます(*‘ω‘ *)面白いと言ってくれて嬉しいです!
ようやく健と梨子とも進展が!?きっともだもだしそうな感じはありますがw
間宮さんとは色々と対立していきそうですね…シリーズ5は昔のお話とかもふまえたいです!
本当に最後までありがとうございます(*‘ω‘ *)

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樹結理(きゆり)

まだ読んでないのに更新通知で嬉しくなってコメントだけ来てしまいました🤣
完結までお待ちしております!
頑張ってください~✨✨

蒼琉璃
2023.09.08 蒼琉璃

ふわー!!樹結理さん!そんなに楽しみにしてくださり、ありがとうございます(*‘ω‘ *)がんばりますーーー!!!

解除
かぽぽ
2023.06.10 かぽぽ

更新ずーっと待ってました!
シリーズ全てとても面白いです!
楽しみです〜
ありがとうございます!

蒼琉璃
2023.06.10 蒼琉璃

かぼぼさん、ありがとうございます!!!
お待たせして本当に申し訳ないです😭😭凄く嬉しい、面白いと言って貰えて幸せです♡

解除

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