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【霧首島編】

第二十九話 幽体離脱③

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 や、やばい!
 幽体離脱していることをこいつらに気付かれたか!?
 鳥居をくぐっていった『穢れ』たちは僕の心の声が聞こえたように、いっせいにこちらを振り返った。
 ばぁちゃんが、反射的に式神を放つと両側から僕を覗き込んでいた、黒い『穢れ』が吸い取られるようにして消えていく。
 ばぁちゃんの扱う式神は、僕が扱うよりも何倍も機敏に動き、肉眼で確認するのが難しい位の速度で僕たちの周りを円を描くように飛び交っている。
 そして、赤茶けた鳥居からゾロゾロとこちらに向かって引き返してきた、穢れを背負った亡者たちを、竜巻のように巻き込んでは、力を失い真っ黒になって墜落していった。
 背後からも、同じように黒い蚊柱が呻き声をあげながら、僕らを取り囲んでいて、周囲は団子状態になっている。

「ば、ばぁちゃんの式神でも、この数の穢れは全部、吸い取れないよ! このままじゃ飲み込まれる」
『急急如律令! 健! こいつらを浄化するのにあんたとの龍神祝詞じゃ、追いつかない。御神刀を抜くんだよ!』

 この『穢れ』は山祇神社に向かう山道や、神社付近で遭遇した量とは、比べものにならない。
 ばぁちゃんが指で印を結びながら浄化していくが、それでも、まだ周囲にうじゃうじゃいて対応しきれない。
 式神の消費する量が尋常じゃないくらい早すぎて、祝詞と同時にするのは、あまりにもリスクが高すぎる。
 もう、ここはいちかばちかだ!
 僕は、無我夢中で御神刀を手にすると神経を集中させ、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
 その瞬間、僕の両腕にヒリヒリとした強い霊気が走り、体が熱くなって刀が眩い光を放ったかと思うと、大勢の人たちの断末魔のような声が響きわたった。

 ――――グギァァァァァァァァァ!


 僕たちの周囲に群がっていた、黒い穢れを背負った亡者たちを、龍神様の光が一瞬にして浄化する。
 抜刀しただけで、御神刀から龍神様のこんな強い力が放たれるとは思わなかった。
 心なしか、あの気味の悪い人型の穢れどころか、この辺り一帯が清められたような気がして、僕は額の汗を拭うばぁちゃんを見た。

『やっぱり、あんたが一族の中で一番霊力が高いよ。龍神様に選ばれたかんなぎだね。ばぁちゃんがようやく御神刀を抜刀できたのは、あんたが生まれた時くらいだからねぇ。それも一回きりなんだよ』
「ばぁちゃん、僕を自慢の孫みたいに言ってくれるのは嬉しいけど。今ここで、これを使用して良かったの? あのさ、これ絶体絶命の時に一回しか使えない仕様とかじゃないよね?」
『知らん。抜刀してぶっ倒れてないんだからあんたなら大丈夫だよ。それどころか、何ともないなら、あんたの霊力はばぁちゃんが思うよりももっと強いってことだねぇ』

 おいおい、霊力を大幅に使うなら、一日で回数制限があるアイテムなんじゃ……?
 とりあえず僕はなんともないので、次抜刀しても大丈夫そうだけど、そんな大事なことはもっと早くに言ってほしい。

「ばぁちゃん、さっきよりこの辺りは清められたみたいだけど、神社には入れないかな?」
『あの穢れはなくなったけど、祟り神がいるから禍々しいねぇ。狂れるのを覚悟で行くんなら、ばぁちゃんは止めないよ』

 ばぁちゃんの言葉に、僕は息を呑んだ。
 あの郷土資料館で遭遇した華夜姫かよひめらしき祟り神は、今まで遭遇してきたどの魔物よりも恐ろしく、本気で命の危機を感じた。
 だが、今は梨子の命がかかっているかもしれない。
 彼女を連れてきた僕の責任は重いんだから、迷っていられない。

「行くよ。梨子が贄にされる可能性があるんだから見過ごせない。祟り神を鎮めるのも、神主の役目じゃないか」

 ばぁちゃんは笑って頷く。
 もしかして僕の本気を、試したのかもしれない。
 僕は、息を止めるようにして御神刀を携えたまま鳥居を潜った。

✤✤✤

 俺と間宮先生は、集落を抜けて霧首海神社を目指した。
『民宿たけしげ』の女将さんたちは、俺たちに行って欲しくねぇから、丁寧に場所まで教えてくれたんだよなぁ。
 間宮先生が保護者なら、遊び半分で集落に近付かねぇと思ったかも知れないが、甘かったな。
 それにしても、なんつーか……不気味だ。

「千堂くん、ここらへんで何か感じるかい? 僕は霊感はゼロだと思ってるから、特に何も感じないんだけど……、ここは本当に雰囲気のある集落だよね」
「いや、ここには何もいないっす。霧首島全体が心霊スポットみたいなんだけど……、ここはもぬけの殻って感じで逆に不気味」

 人間も霊も獣もいねぇ。
 本当にもぬけの殻って感じだ。
 もしかすると、普段はここにも霊がうじゃうじゃ溜まっているのかもしれないけどな。
 そんなことより、本当に廃屋だらけでかなり昔の年代の家が、取り壊されずにそのまま自然に朽ちていくのを待っているようだ。
 ここはほとんど、廃村に近いゴーストタウン。
 限界集落ってどこもこんな感じか?
 
「間宮先生、この島って昔はかなり人も住んでたっぽくないですか? 家屋も多いし、建物からしても、移り住んできた人もいそうなくらい年代がバラバラっす」
「うん。壊れた廃屋の中には、昭和っぽい建物から、かなり昔の日本家屋まであるよね。人が住んでる場所ももちろんあるけど、思ったより昔は人が多かったんだろうな」

 異様なくらい静かで、まるでここだけ全部死に絶えて、腐り落ちていふようだ。
 今にも崩れそうな廃屋が、自分の家の隣にあるなんて身の危険を感じそうなもんだけどよ。
 まぁ、人が住んでそうな家も、修繕はしてるだろうけど、もう結構古そうな感じなんだよな。

「誰も住んでいない家屋に、この島の手掛かりとか残ってないだろうか。僕も『第六感』を働かせてみようかな」
「えっ、不法侵入になるっすよ。それにこんだけ多かったら、全部回ってるうちに日が暮れちまう」
「まぁね。何も壊さないように調査しよう」

 間宮先生はヘラヘラと笑って言った。
 見つかったらやばそうだけど、ここはもぬけの殻だし、少し調べるくらいなら大丈夫か。
 けど天気が悪くて暗いし、闇雲に探せねぇよ。
 感を働かせるったってな……、俺だって雨宮じゃねえんだから、そんな特殊な霊感は持ってねぇ。それに、早く葉月に会ってやりてぇんだけど。
 間宮先生は立ち止まると額に手を当てた。
 この人、天然なのか?
 民俗学者でオカルト好きなんて、変なやつには違いねぇけど、本当に霊能力とかないんだよな?

「僕の感だけど、こっちだと思う。あの辺りの家屋が怪しいな。廃屋だけど物がそのまま残されているから、日記や新聞がありそうだし。それに、君たちの言う念が残ってそうじゃない?」

 振り返った間宮先生は迷いもなく、一区画を指さした。
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