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【霧首島編】

第二十六話 警告②

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 まず、葉月が俺に対して『先輩』なんて気持ち悪ぃ呼び方をしたことなんて一度もない。
 なのに、まるで誰かがあいつのスマホを取り上げて、代わりにメッセージを打ち込んだみたいな不自然さだ。
 俺は心配になって、電話してみたが数回のコールの後、留守番電話に変わった。

「葉月、監視されてるって書きたかったんだよな。明日、迎えに行くしかねぇよな」

 一応、俺も修行の身だが坊主なので、葬儀中に怒鳴り込むような非常識なことはできないけど、はっきり言って気が気じゃねぇし、今からでも乗り込みたい。
 明日、できるだけ早く葉月を迎えに行って俺たちが保護し、守ってやるしかない。
 今はそれしかできねぇよ。
 台風で船が出せねぇなら、やばい島で騒ぎを起こした後が怖ぇーし、何されるかわからんよな。
 だけど神埼家のやつら、もしかしてあいつの妊娠に感付いて、この霧首島に引き止める気じゃねぇだろうな。

「はぁ……しかし、あいつら遅ぇな。資料館のなにがおもしれぇんだよ。まだ廃村に向かったほうが、エモい廃墟の写真とか撮れそうじゃね」

 俺は大きく欠伸をすると、トイレへ向かった。
 この民宿はまさに、農家の家って感じで、二階の階段を降り、木の廊下を歩くと男女別の古いトイレがある。
 昼間なのに車の走る音も、動物の声も聞こえない。台風が近付いていることもあって、風の音だけが軽くビュービューと聞こえた。
 人の気配が消えた民宿って、昼間でも不気味だよな。雨宮が、悪い念みたいなもんを祓ってたけど、そもそもここ、なんか出そうな感じはあるんだよなぁ。
 
「あ……?」

 トイレから出ると、廊下を誰かが通ったような気配がした。俺の見間違いでなけりゃ、たぶんスーツの男だったと思う。
 もしかすると、なにか忘れ物をして武重のおっさんが戻ってきたのか? 
 けど、玄関が開くような音はしなかったし、あの先に部屋は無かったと思うが。
 見間違えかもしんねーし……。

「まぁ、いいや。あいつらが帰ってくるまで配信動画でも見るか」

 俺は階段をとっとっと、とリズム良く登りきる。
 すると背中にゾワッと悪寒が走った。
 やべぇ……この感覚は、間違いなく階段の真下に何かがいる!
 しかも俺は、霊視のスイッチを切ったままでいたのに、そいつは波長を合わせて来やがった。

「…………」

 仏門に入ったんだから、俺に訴えかけてきた霊も成仏させるべきかもしれねぇけど、今階段の下にいる霊からは、針で刺すかのような、凄まじく嫌な気配を感じる。
 たぶん振り返って、そいつを確認したり、こちらが視えていることを悟られてはいけないような気がした。
 俺は、下から迫りくるように上がってくるそいつを無視するように、速歩きで歩き自室まで向かった。
 部屋の障子を開け、刺激しないように静かに閉めようとした瞬間、俺の肩越しに生暖かい吐息を感じて、心臓が飛び上がった。
 そして、反射的にそいつの顔を『視て』しまった。
 その男は、落ち窪んだ目に裂けた口で、背中から伸びた猿のような毛むくじゃらの手を使い、俺の肩をぐっと掴んでいる。
 てっきり首吊り死体のように、口から舌が出ているのかと思ったが、槍の先端のようなものが唇から突き出しているだけだった。
 例えようもねぇくらい吐きそうな腐敗臭がするし、こいつは……、こいつは冗談なくやべぇ!

「うっ………わぁぁああ!」

 俺は思わず絶叫すると、部屋に入り自分の荷物をあさり、親父曰く偉い坊さんに祈祷して貰った最強の数珠を手にした。
 俺は雨宮のように、浄霊や除霊することはできねぇが、成仏を祈ってやることはできる。
 インパクトの強い悪霊らしき存在を直視しできず、俺は目を閉じ、仁王立ちのまま経を唱えた。
 霊視していないが、そいつが部屋の中に入ってきて、ぐるぐると、かごめかごめのように遠回りしながら歩き回っている映像が無理矢理入ってくる。

『――――贄ヲ……山の贄を………もっとォ贄ヲ……利華子りかこォ……………もう、終わらせ……女ジャナイ……!!』

 悪霊の声は、男と女の声が重なり合ったような不気味な声で、支離滅裂しりめつれつな事をブツブツと呟いている。
 生贄を求めるこの悪霊は、雨宮が葉月を霊視した時に視えたものだろうか。俺は目を閉じたまま、汗びっしょりになってひたすら読経をした。
 強力な悪霊に、俺の読経が効いてるのかはわからねぇけど、俺との距離を詰められず、円を描くように歩き回っている。
 数珠が結界のようになっているのだろうか。

『女の贄をササゲヨ……利佳子すまない……贄、女のニエ……を……アア、カンザキィィィ末代マデェ……! 許さない……許さない……遼太郎さん……ヲ』

 男の声がだんだん、憎悪に満ちた女の声に変わっていくと、俺の数珠がだんだんと熱くなり、パンッと渇いた音ともに珠が弾け飛んだ。
 俺は命の危機を感じて反射的に目を開ける。
 そこには、昭和っぽい半袖のYシャツにズボンの男が立っていた。
 そいつの背中には年代はバラバラだったがたくさんの女の霊が、肉の鎖のように捻れながら天上を覆っている。
 そして男の背中から生える、猿の両手がしっかりと、寄生するように腰に回されていた。
 男の口の暗闇から、恨めしい女の顔が視えたような気がして、俺は喉が痛くなるほど大絶叫した。

「やべぇ!! うぁぁぁぁ!」

 今まで視た、どんな悪霊よりもこいつはやばい姿をしている。俺はこれを直視して、正気を保っていられるのか自信がない。
 マジで恥ずかしいが、俺は腰を抜かしながら畳の上を後退った。
 数珠がバラバラになり、俺に狙いを定めていた悪霊が、ゆっくり歩いてきた瞬間、完全に死を覚悟した。
 ふと、俺の背中に何かが当たった。
 それは雨宮が持ってきた不審な荷物で、凄まじい霊気を感じる釣り道具……だよな?
 俺はもう、半ば錯乱状態で、それを引き寄せて前方に突き出した。
 悪霊は怯み、苦しそうに呻きながら顔を隠すとスルスルと部屋の外に文字通り吸い込まれ、消えていった。
 その瞬間、俺は汗びっしょりで目を醒ました。

「なんだ、夢かよ……やべぇ。しゃれになんねぇよ。いや、待て、あれただの夢じゃねぇや。勘弁してくれよ……」

 俺の数珠はバラバラになってはいなかったが、かなり熱くなってオーバーヒートしていた。
 大事に置かれていた、強い霊気を感じる雨宮の例の所持品を、俺は無意識に胸に抱きしめて、眠っていたようだった。
 けど、あの気色悪い化け物が放った言葉には、大事なヒントが隠されてそうだ。

「…………一つ言えることは、神埼家がそうとうあいつに恨まれているってことだよな」

 そう呟いた瞬間、民宿の玄関が開く音がして雨宮や梨子の会話、そして間宮先生の声が聞こえて安堵した。
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