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【霧首島編】

第二十話 神崎綾人の葬儀③

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 私はそう言うと、綾人のお母さんにお辞儀をする。おばさんは車椅子の上から涙を拭きながら、私にもう少し側に寄るようにと言った。

「体が戻ってきただけましよ。士郎しろうはこの島から出たあと、行方不明になってしまって、今も見つからないの。でもね、きっとあの子は死んでると思うわ」
「士郎……さんですか? もしかしてその方は綾人さんの叔父さん……ですか?」
「あら、よく知ってるわねぇ。あの子から聞いたのかしら。この島は見ての通り何もないから嫌になって飛び出しちゃったのよ」

 神崎士郎かんざきしろう……綾人の叔父さんの名前。彼と同じく、この島が嫌になって出ていったんだ。そして、ご遺体は上がってないけれど、千堂さんや雨宮さんの霊視が合っていたら、士郎さんはあの辰好沼で死んでる。
 親戚同士が同じ場所で亡くなるだなんてそんな偶然、あるのかな?
 それに普通家族なら、行方不明になっても、どこかで生存している事を信じるんじゃない?
 それなのにどうして簡単に、もう死んでるなんて思うんだろう。おばさんも、もしかして霊が視えるのかな?

「どうして……亡くなってると分かるんですか」
「どうしてって……ふふふ、姉弟の感よ。それより、貴女には綾人が良くして貰ったから、いつでも私たちを頼ってちょうだい。昔は島民以外の人は受け入れなかったんだけど、見ての通り、人口も減ってしまったのよ。だから、いつでも遊びに来ていいのよ、あの子も喜ぶわ」
「は、はい……ありがとうございます」

 なんだか、大事な事をはぐらかされたような気がする。そして、この人の口調からして私が妊娠してる事も、知っているみたいで、何故か背中に冷や汗が伝った。
 ううん、本当ならきちんと言わなきゃいけないことだ。そのつもりで来たんじゃない。
 だって、お腹の子は綾人の子供でもあるんだもん。なのになんで、こんなにもこの家やおばさんたちが怖いんだろう。
 叱られても、先にお父さんに妊娠のことを打ち明けた方が良かったって後悔した。
 おばさんの口は、大きく三日月のようにして釣り上がり笑っていて、私の告白を待っているんじゃないかな。
 私は、あまり押しに強いほうじゃない。
 今すぐ、この緊迫した場所から逃げ出したいけれど、核心を突かれるまで、妊娠のことははぐらかそうかな、なんて思った。

「あの……、もしかして喪主は裕貴さんなんですか? 何か私、手伝うことがあったら」
「ええ、私は体が不自由ですし、あの子の父は海で死んだので今は裕貴が当主なんです。いいえ、いいのよ……、貴女の体に障るでしょ? 赤ちゃん今、何ヶ月目かしら」
「え……ど、どうして……。わかりますか? はい、もう少ししたら四ヶ月目に入ります。まだ少しつわりがあって……あの、私たち結婚するつもりだったので、いずれご挨拶に行こうと思っていました」

 なんとなく妊娠してるって分かるものなのかな。もしかして、裕貴さんが気づいたのか。
 でも、これ以上嘘はつけないし私はとうとう観念した。
 正直なところ、綾人が亡くなってから赤ちゃんを生むにも、実家を頼って援助してもらわないと厳しいよね。
 辰子島で生んでも、シングルマザーとしてやっていくなら、本島に渡らなくちゃいけないだろうとは覚悟はしてた。
 してたけど、内心綾人の実家を宛にしてた部分もある。綾人の子供かどうか証明しろって言われたらそれまでだな、と思ってた。

「そう……。いいのよ、神崎家に跡取りが出来た事が大事なんだから。葉月さん、ご家族の手を借りても、女手一つで赤ん坊を育てるのは大変なことよ。神崎家には立派に子供を育てるくらい財産はあるの。どうかしら、形だけでも裕貴と結婚するというのは」
「え……?」

 この人は一体何を言ってるんだろう。裕貴さんは綾人の面影があって、優しいし悪い人じゃなさそうなのはわかる。
 だけど、私この島に住む気なんてないし、結婚しろだなんて……。
 それも、綾人のお葬式もしていないのに、こんな話をするなんて、ちょっと正直常識を疑ってしまう。もしかしておばさんはお腹の子を、この家の跡取りにしたいの?

「母さん、そんな事を言ったら葉月さんが困ってしまいますよ。さぁ、食事が用意できたようです。神崎、分家一同揃いましたよ」

 普通は、火葬のときに食事をして待つことが多いと思うけれど、この島では葬儀の前に集まるんだ。
 でも、私は内心この話から逃げられると思って安堵し、裕貴さんの方を見てぎょっとした。
 全身真っ黒の神主さんの姿をして、頭にはなにかの葉っぱのようなものを枝垂れのようにつけている。神道の葬式って、辰子島でもあったけどこんな感じじゃなく、一般的なものだった。
 私が目を丸くしてることに気づいたのか、裕貴さんは笑っていった。

「島民以外の方から見ると、異様ですよね。これが昔からの風習なんです。私ども神崎家は代々、山祇神社と霧首海神神社を管理しているんです。山祇神社の方は主に神崎家の長女、霧首海神神社は、長男が管理するのですが……まぁ、今は、分家の者が仮の山祇神社で巫女をしてまして。私は霧首海神神社を守って両方の祭事に関わっております」
「そ、そうなんですね。すごく興味深いです。綾人さんは、あまり島のことは話さなかったから」

 長女……菜々さんは、あの状態じゃ山祇神社の管理なんて出来ないよね。
 でも、あの人はどうしてあんなふうになってしまったんだろう……嫌な考えが浮かぶ。
 ここに、梨子先輩や雨宮さんがいたら、色々と相談できるのにな。
 なんだろう、この部屋の四隅に出来た黒い影が濃くなってきているような気がして怖い。
 なんとなく、軽々しく鬼遣の事も口にできないような雰囲気なんだよね。

「海送りする前に、ケガレの食清めをいたします」
「海送り……ケガレ??」
「ふふ、そうよ。これで今回は安心だわ。成功するわ。もう大丈夫よ」
 
 裕貴さんは、おかしな格好のままぶつぶつと呟くおばさんの車椅子を押すと、島民全員が集まる部屋へと向かった。
 十二世帯、三十人ほどの喪服の老若男女が正座をして無言で待っていて、いっせいに私たちを見ると同時に笑みを浮かべた。
 どれもこれも、作られたようなアンバランスな笑みで、直視すると足元から崩れ落ちそうな不安を覚えてしまう。
 膳の上には、白米と塩。酒、そしてどろっとした一欠片ひとかけらの肉のようなものが載ってある……、これ何の肉かな?

「葉月さん、よう来たねぇ」
「ほんとうに、別嬪べっぴんさんだわ」
「綾人さんはよう頑張ったね」
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