上 下
21 / 46
【霧首島編】

第十九話 神崎綾人の葬儀②

しおりを挟む
「すごく、大きい!」

 私がそう言うと、裕貴さんは初めて笑って頷いた。
 遠くからでも、そう見えるくらい大きな建物は、旧家のお屋敷という感じだった。
 ちょっと感動しちゃったな……。
 もちろん、辰子島にも地主さんのお家はあるけど、ここはもっと古くて広い。
 綾人が過ごしたお家を見ると、なんだか胸が熱くなる。

「すごく広いですね、辰子島でもこんな大きなお屋敷は見たことないです」
「ええ、年々管理が大変になってきているんですけれどね。この敷地内に分家と、島民たちが集まる寄り合い所などがあります。小さな工場もあるんですよ」
「そんなに広いんですか……。子供の頃の綾人さんにとったら、この敷地全部が遊び場所だったんでしょうね」
「ええ。私とは歳が少し離れていたんですけど学校から帰ったら、綾人に遊んでくれとせがまれて、遊び相手になっていたんですよ」

 裕貴さんは、懐かしむように徐々に近づいてくる本家を見ていた。
 この島って、学校あるのかな。
 まぁ、小中学校はあるとしても、ここに高校があるという話は全然聞いたことがない。
 辰子島の高校に通ってたなら狭い島だから、知らない人がいればわかる。もしかして本島の高校に行ったのかなぁ。
 でもあの時……変なこと言ってたよね。
 些細ささいな事が引っかかるのは『ご当主の裕貴様は島を出られませんで』という、岩倉さんの言葉のせい、なんだよね。

「裕貴さん、ここの島って高校はあるんですか? あの、当主はこの島から出られないって聞いたもので……。もし無いなら、勉強大変だったんだろうなって」
「高校は、廃校になってしまったんですよ。通信教育を受けていました。今なら、ネットでオンライン授業が出来るでしょうが……当時は無かったんです。ここは、辰子島よりもいまだにネット環境は良くなくて。厳密には、神崎本家の人間はこの島を離れられません。そのお話も、ゆっくりさせていただきますね」

 裕貴さんはやんわりと答えてくれる。ふと、バックミラー越しに、運転手の岩倉さんの驚くほど無感情な視線を感じてゾッとした。
 なんだろう……あんまり触れちゃいけない話題だったのかな。島の外の人には知られたくないようなことなんて、うちの所でもあるし。
 車が停車すると、本家には忌中紙の紙が貼られていた。
 弔問客ちょうもんきゃくだろう喪服姿の人たちもいて、いっせいにこっちを振り返った。なんか、すごい緊張するな……。
 でも十二世帯しか島民がいないなら、部外者の私なんて嫌でも目立っちゃうよね。
 おかしいな、まだお葬式の時間じゃないと思うんだけど。
 もしかして、あの人たち早めに集まって綾人を偲んでるのかな。
 私は車から降りると、裕貴さんとともに弔問客の人々に軽く挨拶をする。

「さぁ、葉月さん。こちらに……母が待っています。私は少し葬儀の用意がありますので母と綾人との思い出話でもしてやってください」
「え、あ、はい」

 それはそれで、すごく緊張する。
 綾人が生きていて、もし島に戻る事を嫌がらなかったら、結婚の報告をする相手だった人。もしかしたら私の、お義母さんになっていたかもしれないんだよね。
 私は、旧家の玄関を開け格式ある日本家屋の廊下を歩く、裕貴さんの後ろをついていった。
 囲炉裏がついた土間もあるし、ここ、築100年くらいは経ってるのかな……?
 さすがに、電気だけは現代的なものになってるけど、夜は怖そう。
 ギシギシとなる廊下を歩いていると、ふと脇から誰かの強い視線を感じて、何気なくそこを見た。

「――――ひっ!」

 障子を少し開き、その隙間から女が血走った目を見開いてじっとこっちを見てる。
 えっ、なに……、この人……ブツブツと独り言言ってる。
 喪服を着てるみたいだけど、髪も乱れてるし普通の精神状態じゃないのはひと目みてわかる。
 だけど、なんていうかそれだけじゃない感じがして直視できない。

「あんた、どうしてここに来たの。あんた、どうしてここに来たの。あんた! 綾人! 帰りぃ!! 利華子りかこ様の邪魔するな!」
菜々なな、やめなさい! 葉月さん気にしないでくれ。あの子は綾人の姉で……少し精神を病んでしまっているんだ。すぐに落ち着くと思うけど気にしないで」
「は、はい」

 裕貴さんが私の腕と背中を押して、この場からすぐに立ち去りたいみたいだったけど、私も同じだ……。
 動揺して、気の利いた事も言えなくてとりあえず小さく返事するしかなかった。
 お姉さん、少し精神を病んでいる、というレベルじゃない気がする……。
 後ろの方でまだ奇声が聞こえた。
 肩越しに振り返ると岩倉さんが、部屋に向かって必死にあの人をなだめてるみたいだった。
 それからしばらく廊下を歩くと、障子が開け放たれた大広間に出て、だだっぴろい畳の部屋が見えてきた。
 質素な供花と、棺桶。遺影の前には車椅子に乗った細身の中年の女性がいる。
 あの人が綾人のお母さん……なんだ。

「母さん、葉月さんを連れてきましたよ。私は送りの準備をします。食事も用意させておきますので」
「お帰りなさい、裕貴さん。あら……貴女が葉月さんなの。綾人はこんなに可愛い子とお付き合いしてたのねぇ……ホホッ」

 なんだか、狂言とか能でみる恵比寿えびす面のような感じ……。優しそうだけどのっぺりとしていて、なんだか怖い。
 こんなこと、初対面のしかも亡くなった彼氏のお母さんに思うだなんて、酷いよね?
 でも、作り笑いがそのまま固まって、動かせなくなったような感じで不気味。
 きっと私、心から歓迎されているわけじゃないんだろうな。
 綾人が、この家からどうして逃げ出したのかなんとなくわかった。この家……というかこの島は凄く、重くて暗い。

「……安藤葉月と申します。この度はご愁傷さまです」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

処理中です...