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【霧首島編】
第十五話 マレビト②
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船着き場で明くんと安藤さんに出会った時は本当に驚いた。梨子も彼らが来ることは直前まで知らなかったようで、僕と出逢ってから話せば良いと思っていたそうだ。
『役者は揃った……。生きてるうちに一回は言うて見たかった台詞だねぇ。うんうん』
映画の台詞みたいな事を言うばぁちゃんに呆れつつ、僕と梨子、安藤さんと明くん、そして間宮さんがフェリーに乗った。
僕はばぁちゃんにかなり脅されたので、厳重装備で備えをしている。
ただ、めずらしく普段は絶対に触れてはならないと、きつく言われていた龍神の御神刀まで持たされた。僕はみんなに悟られないように御神刀を隠すのに必死になってしまい、それだけで疲労した。
ちなみに、雨宮神社の御神体は龍の御神鏡なので、これは代々雨宮家に受け継がれてきたものだ。家人以外の者が持ち出さないように、神棚が置かれた部屋に大事に飾られている。
「健くん、大丈夫? ひさしぶりに船に乗ったから気分が悪いんじゃない?」
「あ、いや。たしかに、船酔いはするけど、なんだか緊張しちゃってさ」
梨子が心配そうに僕を気遣ってくれて胸が熱い。ノートパソコン持参で、心霊事件簿のファイルの記録に励む彼女は、場数を踏むたびに玄人っぽくなっていく気がする。
緊張する、という言葉に梨子は笑った。
はぁ、不謹慎だけど笑顔が眩しすぎて、癒やしの女神のようだ……。
「私も緊張してるから分かるよ。あの島のことを何も知らないもんね。両親にも、行っても遊べる所なんて無いよ、って言われてたから」
「たしかに……。まぁ、同じ離島だし辰子島と変わらないから、どうせ遊びに行くなら都会にってなるよね」
「そういえば、僕が学生の時あの島に遊びに行った後輩がいるな。釣りだったか、写真が趣味だったか忘れたけれど」
僕たちの会話を聞いて、間宮さんが興味深そうに話しかけてきた。それにしても、寂れた離島に行くというのに、このお洒落感が半端ない服装は凄いなぁ。
そう言えば、梨子が間宮さんは御曹司なんだって言ってたっけ。
「そうなんですか? じゃあ、間宮先生が学生の時は、普通に遊びに行ってたんですか」
「いや、その子は他県から島に引っ越してきたんだよ。辰子島の住民は、決まった日にあの島に物資を運ぶか、観光客を連れて行くのみだから……。あそこは、霧首島の住人以外が足を踏み入れちゃ行けない場所が多いらしくてね、観光客もダイビングやシュノーケリング、あとは郷土館に行けるくらいで、行動を制限されているみたいだよ」
「禁足地が多いんですか。沖縄のユタやノロの御嶽なんかでも入れない場所がありますよね」
ノロというものが、どういう存在なのか僕はあんまり良くわかっていない。ユタや恐山のイタコ位なら知ってるけど、オカルト知識に関しては正直、梨子のほうが全然詳しい。
「あの、ノロってなんですか……? 御嶽ってあの石がある?」
「ああ、祝女はシャーマンみたいなものかな。神と交信する人たちだよ。ユタはいわゆる民間の霊能力者で、誰でも能力があれば名乗れるが、血筋で決まる祝女はそうはいかない。御嶽は本島でいう神社とか、ユタの修行場みたいなものだ。もしかしたら、霧首島もそういう独自の聖なる地が多くて、人の出入りを制限してるのかもしれないな。ただ、僕はそれがあまりいいものとは思えないけど」
「あの島出身ってだけで、忌み嫌われていますもんね」
梨子と僕の意見は同じだった。
島全体が聖なる場所だったとしても、辰子島の人々は、忌み嫌っている。
そのうち、話題にも上がらなくなった。
現代では霧首島も、限界集落を迎えた寂れた離島のリゾート地くらいの、認識になっていた。
「うん……。その後輩が帰ってきた時、異変に気づいてね。彼は正気を失っていた……。なにか見てはいけないものを見たのかもしれない。たとえば奇祭や、御神体とかね」
僕は肝が冷えるような気がした。ばぁちゃんに視線を移すと、頷くばかりだ。奇祭の内容まで知っているかわからないが、概ねそれが原因なんだろう。
『雨宮家がこの島に流れ着いてから、あの辰子島に関わるなって言われていたのさ。遠い昔、どうやら贄を捧げていると辰子島の島民の間で噂になっていた。さすがに、現代になってもうやっとらんと思ってたんだけどねぇ……』
僕は息を呑むと、少し離れたところで霧首島を見つめる明くんと、安藤さんに視線を移した。なぜ、神崎さんのご家族は安藤さんを招いたんだろう。
『奇祭を見たのか、別のもんをみたのかそれはわからん。とにかく、その当時の子供たちや親は、必要以上に関わることを禁じて、話もせんようになったんだよ。話もせんようになったら興味も薄れるでしょ。それに霧首島の連中は内心、外の人間を嫌っとるからな』
明くんの話によると、安藤さんは二三日、友達の家に身を寄せるということで、お父さんを説得したみたいだ。
✤✤✤
船が霧首島まで近付くと、山と寂れた漁港が見えた。ぽつぽつと船があり、数人の漁師の姿が見える。
僕たちは、スーツケースをカラカラと押しながら船着き場を降りた。観光シーズンでもないのに若者が何人か降りる光景は目立ったようで、漁師たちが微動だにせずじっとこちらを見ていてなんだか薄気味悪い。
船を降りると、喪服姿の中年の男女を両端に従えた、喪服姿の若い男性が立っていた。
「貴方が安藤葉月さんですね。弟がお世話になりました。それと、観光に来られたご友人方ですか。卒業旅行にこの場所を選んで頂きありがとうございます」
「は、はい。綾人さんのお兄さんですか……? この度はご愁傷様です」
「はい。そうです。私はこの島から出ることは叶いませんので、岩倉たちに言付けを頼みました」
島から出られないとは、一体どういうことだろう? 僕は内心首を傾げる。
『役者は揃った……。生きてるうちに一回は言うて見たかった台詞だねぇ。うんうん』
映画の台詞みたいな事を言うばぁちゃんに呆れつつ、僕と梨子、安藤さんと明くん、そして間宮さんがフェリーに乗った。
僕はばぁちゃんにかなり脅されたので、厳重装備で備えをしている。
ただ、めずらしく普段は絶対に触れてはならないと、きつく言われていた龍神の御神刀まで持たされた。僕はみんなに悟られないように御神刀を隠すのに必死になってしまい、それだけで疲労した。
ちなみに、雨宮神社の御神体は龍の御神鏡なので、これは代々雨宮家に受け継がれてきたものだ。家人以外の者が持ち出さないように、神棚が置かれた部屋に大事に飾られている。
「健くん、大丈夫? ひさしぶりに船に乗ったから気分が悪いんじゃない?」
「あ、いや。たしかに、船酔いはするけど、なんだか緊張しちゃってさ」
梨子が心配そうに僕を気遣ってくれて胸が熱い。ノートパソコン持参で、心霊事件簿のファイルの記録に励む彼女は、場数を踏むたびに玄人っぽくなっていく気がする。
緊張する、という言葉に梨子は笑った。
はぁ、不謹慎だけど笑顔が眩しすぎて、癒やしの女神のようだ……。
「私も緊張してるから分かるよ。あの島のことを何も知らないもんね。両親にも、行っても遊べる所なんて無いよ、って言われてたから」
「たしかに……。まぁ、同じ離島だし辰子島と変わらないから、どうせ遊びに行くなら都会にってなるよね」
「そういえば、僕が学生の時あの島に遊びに行った後輩がいるな。釣りだったか、写真が趣味だったか忘れたけれど」
僕たちの会話を聞いて、間宮さんが興味深そうに話しかけてきた。それにしても、寂れた離島に行くというのに、このお洒落感が半端ない服装は凄いなぁ。
そう言えば、梨子が間宮さんは御曹司なんだって言ってたっけ。
「そうなんですか? じゃあ、間宮先生が学生の時は、普通に遊びに行ってたんですか」
「いや、その子は他県から島に引っ越してきたんだよ。辰子島の住民は、決まった日にあの島に物資を運ぶか、観光客を連れて行くのみだから……。あそこは、霧首島の住人以外が足を踏み入れちゃ行けない場所が多いらしくてね、観光客もダイビングやシュノーケリング、あとは郷土館に行けるくらいで、行動を制限されているみたいだよ」
「禁足地が多いんですか。沖縄のユタやノロの御嶽なんかでも入れない場所がありますよね」
ノロというものが、どういう存在なのか僕はあんまり良くわかっていない。ユタや恐山のイタコ位なら知ってるけど、オカルト知識に関しては正直、梨子のほうが全然詳しい。
「あの、ノロってなんですか……? 御嶽ってあの石がある?」
「ああ、祝女はシャーマンみたいなものかな。神と交信する人たちだよ。ユタはいわゆる民間の霊能力者で、誰でも能力があれば名乗れるが、血筋で決まる祝女はそうはいかない。御嶽は本島でいう神社とか、ユタの修行場みたいなものだ。もしかしたら、霧首島もそういう独自の聖なる地が多くて、人の出入りを制限してるのかもしれないな。ただ、僕はそれがあまりいいものとは思えないけど」
「あの島出身ってだけで、忌み嫌われていますもんね」
梨子と僕の意見は同じだった。
島全体が聖なる場所だったとしても、辰子島の人々は、忌み嫌っている。
そのうち、話題にも上がらなくなった。
現代では霧首島も、限界集落を迎えた寂れた離島のリゾート地くらいの、認識になっていた。
「うん……。その後輩が帰ってきた時、異変に気づいてね。彼は正気を失っていた……。なにか見てはいけないものを見たのかもしれない。たとえば奇祭や、御神体とかね」
僕は肝が冷えるような気がした。ばぁちゃんに視線を移すと、頷くばかりだ。奇祭の内容まで知っているかわからないが、概ねそれが原因なんだろう。
『雨宮家がこの島に流れ着いてから、あの辰子島に関わるなって言われていたのさ。遠い昔、どうやら贄を捧げていると辰子島の島民の間で噂になっていた。さすがに、現代になってもうやっとらんと思ってたんだけどねぇ……』
僕は息を呑むと、少し離れたところで霧首島を見つめる明くんと、安藤さんに視線を移した。なぜ、神崎さんのご家族は安藤さんを招いたんだろう。
『奇祭を見たのか、別のもんをみたのかそれはわからん。とにかく、その当時の子供たちや親は、必要以上に関わることを禁じて、話もせんようになったんだよ。話もせんようになったら興味も薄れるでしょ。それに霧首島の連中は内心、外の人間を嫌っとるからな』
明くんの話によると、安藤さんは二三日、友達の家に身を寄せるということで、お父さんを説得したみたいだ。
✤✤✤
船が霧首島まで近付くと、山と寂れた漁港が見えた。ぽつぽつと船があり、数人の漁師の姿が見える。
僕たちは、スーツケースをカラカラと押しながら船着き場を降りた。観光シーズンでもないのに若者が何人か降りる光景は目立ったようで、漁師たちが微動だにせずじっとこちらを見ていてなんだか薄気味悪い。
船を降りると、喪服姿の中年の男女を両端に従えた、喪服姿の若い男性が立っていた。
「貴方が安藤葉月さんですね。弟がお世話になりました。それと、観光に来られたご友人方ですか。卒業旅行にこの場所を選んで頂きありがとうございます」
「は、はい。綾人さんのお兄さんですか……? この度はご愁傷様です」
「はい。そうです。私はこの島から出ることは叶いませんので、岩倉たちに言付けを頼みました」
島から出られないとは、一体どういうことだろう? 僕は内心首を傾げる。
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