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第八話 死者の声
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やっぱりそういう事かぁ。たしかに仲良くはしてたけど、わざわざ俺を指名するっていうことは、やっぱりあっち関係の相談だよな。
「ああ、視えるけど。霊障に困ってるのか? 俺は親父ほど強くねぇし、俺たちはただ亡くなった方を供養するだけだから、お祓いとはまた違うんだけどな」
雨宮のように神道と真言を操って霊を除霊したり、浄霊することはできない。あくまで、悪霊と呼ばれる故人の魂を成仏に導けるように教本を読むだけだ。
ホットコーヒーで両手を温めていた葉月が、俺の言葉に安堵するようにして「実は」と話し始めようとした。その時、スマホのバイブ音が鳴る。
どこからか電話が掛かってきたようで、葉月は立ち上がると店の外で話している。俺はアイスコーヒーを飲みながら外の様子を伺った。
葉月は、明らかに動揺しているようなそぶりで電話口で話している。なんだか嫌な予感がして、俺は二人分の代金を支払うと店を出た。
俺が外に出ると葉月もちょうど電話を切ったところみたいで、泣きながらこちらを振り返る。
「葉月、大丈夫か? 様子がおかしいぞ」
「千堂さん、どうしよう。警察から電話がきたの。遺体の身元確認して欲しいって……。どうしよう、綾人だったら、どうしよう」
「お、おい。しっかりしろって……俺が一緒に行ってやるから」
今にも震えて倒れそうな葉月の肩を抱いた。妊娠3カ月だと言っていたが、精神的なショックでお腹の子に影響が出そうだ。
葉月は、神崎綾人の捜索願を出したと話していた。警察から連絡が入ったってことは、どうしたって最悪な結果が思い浮かぶ。顔面蒼白になっている葉月の背中を擦りながら、俺はタクシーを呼ぶことにした。
もし、もしもだ。自ら失踪して自殺でもしてようもんなら、俺は綾人ってやつを許さねぇぞ。
辰子警察署までタクシーで行くと、そこには警察官と、神崎綾人の職場の上司だと名乗る男がいた。「わくわくまーと」の店長のようで落ち着かない様子で椅子に座っている。
真面目そうだけど、なんとなく気が弱そうなおじさんだ。
どうやら、葉月が来てから遺体安置所で身元確認をするつもりだったようだ。
「よ、吉田さん、綾人は?」
「安藤さん……。僕が神崎さんかどうかを確認するから、君は見ないほうがいいよ」
「葉月から彼氏の写メ見せてもらってるし、俺が確認します」
「そうか、お友達に頼んだほうがいい。お腹の赤ん坊のためにも」
葉月は力無く頷いて、ずっとハンカチを握りしめていた。身内や親しい人間の遺体確認なんて、よほど気をしっかり持ってないと無理だよな。とりあえず女性警察官に、葉月を任せることにした。
どういう場所で亡くなったかにもよるけど俺は職業柄、ご遺体は普通の人よりかは見慣れている。警察に促されるままに俺と吉田さんは安置所に向かった。
「………今日、辰好沼で変死しているカップルがいてね。その女性の周辺というか……側で二体の遺体が見つかったらしいんだ」
「辰好沼? すみません、俺はこの島の出身じゃなくてよくわからないんですけど、そこ治安が悪いところなんすか?」
「まぁ……」
吉田さんが曖昧な返事をすると、ようやく遺体安置所の扉を開けられた。
最初に注意された通り、吐きそうなほど酷い匂いがして俺たちは鼻を布で抑えた。
腐臭というのか、沼の匂いかも知れないが、ともかく刺激臭が酷く吉田さんは今にも嘔吐しそうだった。
ハッカ油を鼻の下につけても、気休め程度にしかならない。
俺は数珠は持っていないが、僧侶として冥福を祈るように手を合わせ、心の中で経を唱えた。
「顔は損傷が酷いので、服装やご遺体が身につけているもので、確認していただきますね」
警察がそっと下半身から胸まで見せると、俺と吉田さんは胃液が上がってくるのを感じながら、まじまじと見た。直接会ったことはないが、膨らんだ遺体の指には見覚えのある指輪が光っていた。
たしかこれは、葉月がつけていたものと同じ……ペアリングだろう。
吉田さんも、遺体の汚れた制服やその日着ていたズボンから、遺体は神崎綾人だと確信した。
「ま、間違いないです、この人は神崎綾人です」
吉田さんの言葉で俺はようやく開放される。先に吉田さんが部屋を出て、俺も後に続こうとしたその時、部屋の隅に嫌な感覚を覚えて自然にそちらを見た。
そこに、全身ずぶ濡れの蝋人形のような神崎綾人の霊が、うなだれるようにして立っている。やっべ、油断をして霊が視えるモードになっちまってたみたいだ。
『逃げても………無駄だったんだ………叔父さん……逃げても無駄だったんだ。叔父さん、どうしてなんだ……どうして……やめてくれ』
「…………」
ぶつぶつと繰り返し呟きながら、安置所の隅でゆらゆらと揺れていた。逃げても無駄だったって、どう言う意味なんだよ。
叔父さん……何のことだ?
ともかく、遺体安置所から出て遺体かあいつだってことを葉月に知らせないといけない。この匂いにも、正直もう耐えられそうにないしな。
俺がそう思って正面を向いた瞬間、膨れ上がった蝋人形のような神崎綾人の霊が、目の前にいた。
なにか命綱のような黒いもやもやとしものが腰に巻き付いていて、壁の奥に繋がっているようだった。さすがの俺も息を呑んで、全身からどっと冷や汗が吹き出すのを感じた。
『あんた俺が視えるんだろ。霧首の鬼遣から、葉月とお腹の子を守ってくれ……頼む……、助けてくれ』
すがるように神崎はそう言うと、すぅっと俺の目の前から消えた。なんの事だかさっぱりわからねぇけど、仏さんは助けを求めている。
それは、葉月とお腹の子の命をおびやかすような事らしい。
「こりゃ……雨宮の出番だわ。俺だけじゃ無理だ」
「ああ、視えるけど。霊障に困ってるのか? 俺は親父ほど強くねぇし、俺たちはただ亡くなった方を供養するだけだから、お祓いとはまた違うんだけどな」
雨宮のように神道と真言を操って霊を除霊したり、浄霊することはできない。あくまで、悪霊と呼ばれる故人の魂を成仏に導けるように教本を読むだけだ。
ホットコーヒーで両手を温めていた葉月が、俺の言葉に安堵するようにして「実は」と話し始めようとした。その時、スマホのバイブ音が鳴る。
どこからか電話が掛かってきたようで、葉月は立ち上がると店の外で話している。俺はアイスコーヒーを飲みながら外の様子を伺った。
葉月は、明らかに動揺しているようなそぶりで電話口で話している。なんだか嫌な予感がして、俺は二人分の代金を支払うと店を出た。
俺が外に出ると葉月もちょうど電話を切ったところみたいで、泣きながらこちらを振り返る。
「葉月、大丈夫か? 様子がおかしいぞ」
「千堂さん、どうしよう。警察から電話がきたの。遺体の身元確認して欲しいって……。どうしよう、綾人だったら、どうしよう」
「お、おい。しっかりしろって……俺が一緒に行ってやるから」
今にも震えて倒れそうな葉月の肩を抱いた。妊娠3カ月だと言っていたが、精神的なショックでお腹の子に影響が出そうだ。
葉月は、神崎綾人の捜索願を出したと話していた。警察から連絡が入ったってことは、どうしたって最悪な結果が思い浮かぶ。顔面蒼白になっている葉月の背中を擦りながら、俺はタクシーを呼ぶことにした。
もし、もしもだ。自ら失踪して自殺でもしてようもんなら、俺は綾人ってやつを許さねぇぞ。
辰子警察署までタクシーで行くと、そこには警察官と、神崎綾人の職場の上司だと名乗る男がいた。「わくわくまーと」の店長のようで落ち着かない様子で椅子に座っている。
真面目そうだけど、なんとなく気が弱そうなおじさんだ。
どうやら、葉月が来てから遺体安置所で身元確認をするつもりだったようだ。
「よ、吉田さん、綾人は?」
「安藤さん……。僕が神崎さんかどうかを確認するから、君は見ないほうがいいよ」
「葉月から彼氏の写メ見せてもらってるし、俺が確認します」
「そうか、お友達に頼んだほうがいい。お腹の赤ん坊のためにも」
葉月は力無く頷いて、ずっとハンカチを握りしめていた。身内や親しい人間の遺体確認なんて、よほど気をしっかり持ってないと無理だよな。とりあえず女性警察官に、葉月を任せることにした。
どういう場所で亡くなったかにもよるけど俺は職業柄、ご遺体は普通の人よりかは見慣れている。警察に促されるままに俺と吉田さんは安置所に向かった。
「………今日、辰好沼で変死しているカップルがいてね。その女性の周辺というか……側で二体の遺体が見つかったらしいんだ」
「辰好沼? すみません、俺はこの島の出身じゃなくてよくわからないんですけど、そこ治安が悪いところなんすか?」
「まぁ……」
吉田さんが曖昧な返事をすると、ようやく遺体安置所の扉を開けられた。
最初に注意された通り、吐きそうなほど酷い匂いがして俺たちは鼻を布で抑えた。
腐臭というのか、沼の匂いかも知れないが、ともかく刺激臭が酷く吉田さんは今にも嘔吐しそうだった。
ハッカ油を鼻の下につけても、気休め程度にしかならない。
俺は数珠は持っていないが、僧侶として冥福を祈るように手を合わせ、心の中で経を唱えた。
「顔は損傷が酷いので、服装やご遺体が身につけているもので、確認していただきますね」
警察がそっと下半身から胸まで見せると、俺と吉田さんは胃液が上がってくるのを感じながら、まじまじと見た。直接会ったことはないが、膨らんだ遺体の指には見覚えのある指輪が光っていた。
たしかこれは、葉月がつけていたものと同じ……ペアリングだろう。
吉田さんも、遺体の汚れた制服やその日着ていたズボンから、遺体は神崎綾人だと確信した。
「ま、間違いないです、この人は神崎綾人です」
吉田さんの言葉で俺はようやく開放される。先に吉田さんが部屋を出て、俺も後に続こうとしたその時、部屋の隅に嫌な感覚を覚えて自然にそちらを見た。
そこに、全身ずぶ濡れの蝋人形のような神崎綾人の霊が、うなだれるようにして立っている。やっべ、油断をして霊が視えるモードになっちまってたみたいだ。
『逃げても………無駄だったんだ………叔父さん……逃げても無駄だったんだ。叔父さん、どうしてなんだ……どうして……やめてくれ』
「…………」
ぶつぶつと繰り返し呟きながら、安置所の隅でゆらゆらと揺れていた。逃げても無駄だったって、どう言う意味なんだよ。
叔父さん……何のことだ?
ともかく、遺体安置所から出て遺体かあいつだってことを葉月に知らせないといけない。この匂いにも、正直もう耐えられそうにないしな。
俺がそう思って正面を向いた瞬間、膨れ上がった蝋人形のような神崎綾人の霊が、目の前にいた。
なにか命綱のような黒いもやもやとしものが腰に巻き付いていて、壁の奥に繋がっているようだった。さすがの俺も息を呑んで、全身からどっと冷や汗が吹き出すのを感じた。
『あんた俺が視えるんだろ。霧首の鬼遣から、葉月とお腹の子を守ってくれ……頼む……、助けてくれ』
すがるように神崎はそう言うと、すぅっと俺の目の前から消えた。なんの事だかさっぱりわからねぇけど、仏さんは助けを求めている。
それは、葉月とお腹の子の命をおびやかすような事らしい。
「こりゃ……雨宮の出番だわ。俺だけじゃ無理だ」
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