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第七話 事件発覚②
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「そう言えば、店長と彼女さんが一緒に捜索願い出したんですよね。でも……彼女さんって萬屋の……」
「ああ、やっぱり島の人は横の繋がりがあるんだなぁ! そうなんだよ、彼氏の勤務先とはいえ、ライバル店に来るなんて勇気があるよね。なんだか、お父さんに結婚を反対されてると言ってたよ」
身内の所在がわからない以上、職場の上司か彼女が行方不明の届けを出すしかないだろうな。
安藤さんのお父さんと確執はあって逃げ出したくなるようなことがあったとしても、明らかに事件性がありそうな失踪の仕方だし、賢明な判断だと思う。
昨日、佐藤さんの息子さんと彼女さんの立ち話の中に、失踪した人がいるようなことも言っていたし、人数だけみれば辰好沼で見つかった遺体と数が、一致してしまう。
「店長、神崎さんの下の名前ってなんて言うんですか?」
「え? 綾人だよ。とりあえず僕は警察に行くから頼んだよ。佐藤さんもしばらくシフトに入れないと思う」
綾人。
あの沼にいる悪霊が口にしていた名前だ。これは霊視していないのに、無意識のうちに第六感が働いたと言うべきか。
人を引きずり込むだけの魔物と化した悪霊が唯一、生前の記憶らしい言葉を口にしていた。
二人は親しい間柄なんだろうか。僕はあの釣り人が、誰なのか気になって仕方がなかった。
「ま、まだ死んだのが神崎って決まったわけじゃないし。佐藤のおばちゃんは大変だろうけどなー、まぁ俺たちはシフト回すしかねぇわ」
横林さんの切り替えの早さに驚くが、僕はいろんな事が引っかかって、いまいち仕事に身が入らなかった。
そして、僕が仕事を上がる寸前に顔面蒼白になった店長が帰ってきた。やっぱり、僕たちが予想した通り発見されたご遺体の一つが、神崎さんだったからだ。
✤✤✤
葉月から連絡があったときは本気で驚いた。
正直、あいつが島に帰る直前に俺はもう親父に連れ戻されて、東京から離れてバイト仲間とも疎遠になってたから。
葉月のこと、いいなとは思ってたけど自然消滅すんじゃねぇかなと考えてた。
『千堂さん、お久しぶりです。また、お話ししたくなってメッセージ送りました。お父さんのお仕事を手伝っていて、なかなか東京まで遊びに行けなくて。千堂さん、こっにちくる予定ってありますか?』
『え、久しぶり。急にどうした?』
『あの、千堂さんに逢いたくて。逢ってお話したい事があるんです』
まぁ、正直に言うとちょっと期待してた。
葉月はなんていうかめちゃくちゃ可愛いって訳でもないけど、守ってやりたい小動物みたいな感じの女の子だ。
ほどよく俺の煩悩を刺激してくるルックスとスタイルで、性格も悪くないし良い子だと思う。できるんならぜひとも付き合いたいタイプの子ではある。
だから、彼氏がいて妊娠してますって話を聞いたときは正直に萎えたし、なんで俺に会いたいんだよと心の中で愚痴った。
だけど、よくよく話を聞くと神崎とかいう男が失踪した後に妊娠がわかったんだという。
『どうしてもラインじゃ……。私、どうしたらいいか分からなくて。千堂さんしか頼れないの』
『わかった。なら、従兄妹んちに遊びに行くって事で、法事は親父に任せて島に行く。梨子も島に帰るらしいし、大丈夫だろ』
ここまで頼られちゃ、俺だって無碍にできない。妊娠のことで悩んでるなら俺ではなく、親しい友人に相談するだろうし、なんとなく、別のことを相談したいんじゃないだろうかと俺は思った。
そして、俺が予想していた通りだった。
「島から友達が来るって言ったんで、しばらくお父さんに店番を任せてるから大丈夫です」
「そうか、それなら大丈夫そうだな。萬屋マーケットのことなんとなく覚えてるよ。梨子の家に泊まりに行って、姉貴と三人で駄菓子とか買ってたからな」
葉月の存在まではっきり認識していなかったが、女の子がいたような気はする。
夏休みや、冬休みになると坂を下って食料の調達をしていたことを思い出した。あの時の店番が葉月の母さんだったんだろうな。
今でもあの辺りの様子は変わらなくて懐かしい。
俺たちは昔からある喫茶店『純』という場所に入って奥の席に座った。ぽつぽつ地元の常連がいて、スキンヘッドの俺をちらちらと見ていた。
いけてるラッパーの格好してるけどよ、俺は坊主なんだって。
「そうだったんですね、それじゃ、本当はそのときに千堂さんと出会ってたかも」
「いやまぁっ……、そうだったらすげぇよな」
無自覚なんだよなぁ、こいつ。
俺じゃなかったら完全に勘違いするぞ。妙に照れくさくなって珈琲を飲むと、とりあえずひとしきりバイト時代の話や、昔話を終えて本題を切り出した。
「それで、俺しか頼れないってどういうこと? 失踪した彼氏のことか?」
「はい……、それもあるんですけど。綾人がいないと、一人で生むのか不安なんです。お父さんは綾人のこと、霧首島の出身だからよく思っていないみたいで。でも、それよりもっと不安な事があるんです」
――――霧首島?
そういや、この辰子島の近くにそんな島があったような気はするが、地元じゃねぇから全然名前も覚えてねぇ。
よくわからんが、娘の彼氏の出身地が気に入らないというのもあるんだな。隣の島のやつとソリが合わないとかだろうか。
まあ、うちの寺でも檀家同士ソリが合わないとか、よそ者が気に入らないっていう相談をときどき受けるけど。
「もっと不安な事ってなに?」
「千堂さんって、視えるんですよね?」
「ああ、やっぱり島の人は横の繋がりがあるんだなぁ! そうなんだよ、彼氏の勤務先とはいえ、ライバル店に来るなんて勇気があるよね。なんだか、お父さんに結婚を反対されてると言ってたよ」
身内の所在がわからない以上、職場の上司か彼女が行方不明の届けを出すしかないだろうな。
安藤さんのお父さんと確執はあって逃げ出したくなるようなことがあったとしても、明らかに事件性がありそうな失踪の仕方だし、賢明な判断だと思う。
昨日、佐藤さんの息子さんと彼女さんの立ち話の中に、失踪した人がいるようなことも言っていたし、人数だけみれば辰好沼で見つかった遺体と数が、一致してしまう。
「店長、神崎さんの下の名前ってなんて言うんですか?」
「え? 綾人だよ。とりあえず僕は警察に行くから頼んだよ。佐藤さんもしばらくシフトに入れないと思う」
綾人。
あの沼にいる悪霊が口にしていた名前だ。これは霊視していないのに、無意識のうちに第六感が働いたと言うべきか。
人を引きずり込むだけの魔物と化した悪霊が唯一、生前の記憶らしい言葉を口にしていた。
二人は親しい間柄なんだろうか。僕はあの釣り人が、誰なのか気になって仕方がなかった。
「ま、まだ死んだのが神崎って決まったわけじゃないし。佐藤のおばちゃんは大変だろうけどなー、まぁ俺たちはシフト回すしかねぇわ」
横林さんの切り替えの早さに驚くが、僕はいろんな事が引っかかって、いまいち仕事に身が入らなかった。
そして、僕が仕事を上がる寸前に顔面蒼白になった店長が帰ってきた。やっぱり、僕たちが予想した通り発見されたご遺体の一つが、神崎さんだったからだ。
✤✤✤
葉月から連絡があったときは本気で驚いた。
正直、あいつが島に帰る直前に俺はもう親父に連れ戻されて、東京から離れてバイト仲間とも疎遠になってたから。
葉月のこと、いいなとは思ってたけど自然消滅すんじゃねぇかなと考えてた。
『千堂さん、お久しぶりです。また、お話ししたくなってメッセージ送りました。お父さんのお仕事を手伝っていて、なかなか東京まで遊びに行けなくて。千堂さん、こっにちくる予定ってありますか?』
『え、久しぶり。急にどうした?』
『あの、千堂さんに逢いたくて。逢ってお話したい事があるんです』
まぁ、正直に言うとちょっと期待してた。
葉月はなんていうかめちゃくちゃ可愛いって訳でもないけど、守ってやりたい小動物みたいな感じの女の子だ。
ほどよく俺の煩悩を刺激してくるルックスとスタイルで、性格も悪くないし良い子だと思う。できるんならぜひとも付き合いたいタイプの子ではある。
だから、彼氏がいて妊娠してますって話を聞いたときは正直に萎えたし、なんで俺に会いたいんだよと心の中で愚痴った。
だけど、よくよく話を聞くと神崎とかいう男が失踪した後に妊娠がわかったんだという。
『どうしてもラインじゃ……。私、どうしたらいいか分からなくて。千堂さんしか頼れないの』
『わかった。なら、従兄妹んちに遊びに行くって事で、法事は親父に任せて島に行く。梨子も島に帰るらしいし、大丈夫だろ』
ここまで頼られちゃ、俺だって無碍にできない。妊娠のことで悩んでるなら俺ではなく、親しい友人に相談するだろうし、なんとなく、別のことを相談したいんじゃないだろうかと俺は思った。
そして、俺が予想していた通りだった。
「島から友達が来るって言ったんで、しばらくお父さんに店番を任せてるから大丈夫です」
「そうか、それなら大丈夫そうだな。萬屋マーケットのことなんとなく覚えてるよ。梨子の家に泊まりに行って、姉貴と三人で駄菓子とか買ってたからな」
葉月の存在まではっきり認識していなかったが、女の子がいたような気はする。
夏休みや、冬休みになると坂を下って食料の調達をしていたことを思い出した。あの時の店番が葉月の母さんだったんだろうな。
今でもあの辺りの様子は変わらなくて懐かしい。
俺たちは昔からある喫茶店『純』という場所に入って奥の席に座った。ぽつぽつ地元の常連がいて、スキンヘッドの俺をちらちらと見ていた。
いけてるラッパーの格好してるけどよ、俺は坊主なんだって。
「そうだったんですね、それじゃ、本当はそのときに千堂さんと出会ってたかも」
「いやまぁっ……、そうだったらすげぇよな」
無自覚なんだよなぁ、こいつ。
俺じゃなかったら完全に勘違いするぞ。妙に照れくさくなって珈琲を飲むと、とりあえずひとしきりバイト時代の話や、昔話を終えて本題を切り出した。
「それで、俺しか頼れないってどういうこと? 失踪した彼氏のことか?」
「はい……、それもあるんですけど。綾人がいないと、一人で生むのか不安なんです。お父さんは綾人のこと、霧首島の出身だからよく思っていないみたいで。でも、それよりもっと不安な事があるんです」
――――霧首島?
そういや、この辰子島の近くにそんな島があったような気はするが、地元じゃねぇから全然名前も覚えてねぇ。
よくわからんが、娘の彼氏の出身地が気に入らないというのもあるんだな。隣の島のやつとソリが合わないとかだろうか。
まあ、うちの寺でも檀家同士ソリが合わないとか、よそ者が気に入らないっていう相談をときどき受けるけど。
「もっと不安な事ってなに?」
「千堂さんって、視えるんですよね?」
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