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27 聖女の奇跡

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 先日の『ラメンタービレの奇跡』は、瞬く間に帝都中に、知れ渡る事になったわ。
 レジェロ様の提案で、私は貧民街だけでなく、神出鬼没しんしゅつきぼつに、帝都のいろんな場所へ向かい、大道芸人さながら奇跡の力をお披露目した。
 女神様から授かった聖なる力を、見世物のように使って良いのか迷ったけれど……、お医者様でも治せない病を治して、誰かの助けになるのならこれ以上嬉しい事はないわ。

「ドルチェちゃん、良い感じよ~~♪ 計・画・通り! 今や聖女ちゃんの噂が、オラトリオ中に流れてるよん! 可哀想に奇跡を信じられず、聖女じゃなくて魔法だろうなんて言うバカもいるけどさ。あんな芸当、誰にも真似出来ねぇからな♡」

 最初は半信半疑だった帝国民も、私の力を目の当たりにして、アリオーソの奇跡として、その場でお祈りする人も現れた。 
 レジェロ様は、相変わらず大袈裟おおげさな身振り手振りで、演説すると、私の手を取り甲に口付ける。

「でも、このブリッランテ神殿にも、大勢の患者さんが押し寄せて来てるわ。良いのかしら……」

 とはいえ、見廻りの憲兵が来る前にその場を移動しなければいけないのは、結構大変なのよね。
 ニヤリと笑みを浮かべたレジェロ様は、心配ないとばかりに笑う。

「そこも一応、計算済みだよん★ ちゃんアリアには許可済みなんでぇ、聖女ちゃんは心配しなくても、大丈夫♡ 一応ね、ドルチェちゃんはきちんと、アリオーソの聖女って事で噂が広まってっから。このまんまいくとアリオーソ神殿の奴ら、だんまりを貫けなくなるんじゃねぇかな。そうなって貰わねぇと困るし♪」

 聖女の噂を積極的に流しているのは、きっとレジェロ様ね。もしかしてアリオーソの神殿は、長年皇族の方々と癒着ゆちゃくしているから、レジェロ様はそこから引き離したいのかしら?
 少なくとも隠したとはいえ伝説は上層部で知られているし、聖女の迫害に、加担するわけにはいかなくなる筈だもの。
 
「うん……。それに、ブリッランテ神殿に長居するのはあまり良くないわ。占術を求めてやって来る方々ばかりだし、迷惑になってしまうかも」

 神話によると、魔術と予言の女神ブリッランテと古き竜と慈愛のアリオーソは、神話時代から交流が深かったようなので、友人同士と言えるかしら。
 それを思えば、匿われているのもおかしい事ではないのかもしれないけれど……。

「聖女様、お時間です。お疲れではありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
「そうですか、私も務めを果たします。また後でお話ししましょう」

 アリア様は、こうして巫女を連れて度々私の様子を伺って下さる。不自由な生活を余儀よぎなくされ、さらにご自分の役目も果たされているのだから、頭が下がる思いだわ。
 あの方が女帝に即位していたら、ソルフェージュ帝国は、末永く安泰だった気がするわ。
 私は、レジェロ様を従えるようにして、アリア様が用意して下さった部屋に向かうと、椅子に座った。
 大掛かりな皇族の玉座とまではいかないけれど、この場所は、ブリッランテの神殿で行われる、祭儀の際に使用する大広間で、椅子には神聖な装飾が施されていた。
 ここに座ると、一般庶民として暮らしてきた私も、この衣装と玉座のお陰で『聖女』様らしく見えるわね。
 レジェロ様は、ウロボロスの騎士らしく傍らに立って、常に不審な人物が接見しないか、護って下さっているの。
 この図式も、レジェロ様が考えた物で、私の神聖さをアピールする良い機会だと言っていたわ。

「ああ……聖女様、この子の命を助けて下さり、ありがとうございます。本当になんと、なんと、お礼をしたら良いのか……。慈愛の女神、アリオーソ様の奇跡……うう、もう大丈夫だからね」
「ママ……ママ、もう痛くないよ」

 痩せこけた幼い女の子を抱きしめ、涙ながらにお礼を言う母親に、私は微笑みかけた。娘さんは、不治の病を患っていて、彼女の命は一ヶ月も持たないと、医者に見放されてしまったと聞いたわ。

「お礼だなんて……。私は、やるべき事をしているだけですから。これから、どうかご家族が健康で幸せに暮らしていけるよう、祈っています。貴女はお母さんを大事にしてね」

 親子は何度も頭を下げると、顔色が良くなり、自分で歩けるようになった少女と退室していく。レジェロ様もこういう時は、普段のおちゃらけた態度を封印しているのよね。
 わざとらしいくらい、ニコニコしているし。
 次に魔法使いが連れて来たのは、ぼろぼろのローブを深く被った獣人だった。顔は見えないけれど、足を痛々しく引き摺るようにして、こちらまで歩いて来る。
 包帯を巻いている様子はないので、生まれつき足が不自由なのかしら?

「聖女様……御慈悲を。この哀れな狼に御慈悲を与え下さい」

 ローブから鼻先が見え、しゃがれた声でそう言いながら、フラフラと近付いて来る。
 歩くのも大変そうだし、私の方から彼の側に行ってあげた方がいいわ、と思い立ち上がろうとすると、レジェロ様がスッと片手で制してきた。

「レジェロ様……?」

 驚いて、私はレジェロ様を見上げる。見た事もない位、彼は無表情で冷たい目をしていた。そして次の瞬間、ニヤリと口端に笑みを浮かべる。

「おいおい、モフモフ狼ちゃんはずいぶん大根役者だねぇ! 血の匂いがプンプンこっちまで臭ってきてやがる」
「え?」

 なんの事かしら、そう思って視線を前方に向けると、次の瞬間に狼の獣人は地面を蹴り、空高く舞い上がっていた。
 ギラギラと輝く赤い瞳を光らせ、両手に持った剣を、私に向けて振り下ろしてくるのが見えた。私が悲鳴を上げる間もなく、レジェロ様が二刀流のダガーで応戦する。
 キィンと、刃がぶつかり合う音がして、私は我に返った。
 側に控えていた魔法使いが駆け寄ってくると、私を自分の背後に押し込み杖を前に出して、大声で叫んだ。
 
刺客アサシンだ! 応援をよこせ! レジェロ殿、加勢致します」
「うるせぇ、引っ込んでろ! こいつは俺の獲物だからさぁ、邪魔すんの辞めてくんね? 数々の邪神軍をぶっ殺してきたこの俺様を、誤魔化せると思った世間知らずのバカ犬は、この手で息の根を止めねぇとな」

 レジェロ様は魔法使いを怒鳴りつけると、狼と踊るようにして、素早くダガーでぶつかり合った。私は腰が抜けて立てなくなっていたけれど、レジェロ様は楽しそうに笑いながら、まるで刺客と遊んでいるみたい。
 狼は呼吸を乱しながら、舌打ちすると興奮したように咆哮した。

「偽の聖女に死を! ソルフェージュ帝国に混乱を招く、淫売婦の魔女に死を!」

 狼獣人の暗殺者は、唸り声を上げながらレジェロ様から離れ、再び地面を蹴ると私に向かって、高速で飛び掛かってきた。
 その瞬間、レジェロ様が飛び上がり空中から獣人に向かって、頭部や四肢、胴体を目に見えない速さの剣技で斬り捨てた。ドサッと鈍い音がして赤い血溜まりが床に染みを作る。
 私は、思わず目眩がして気を失いそうになった。

「あー、しまったわ。雇い主を吐かせる為にも、生かしとくべきだったなぁ♪ んでも、ドルチェちゃんを暗殺しようとした奴を、やっつけるのが番犬の役目なんで、しゃーないか。ちょっとそこの君、後でこいつ焼いたいてくんね? 頭切ったから大丈夫だと思うけど、獣人の回復力って、すげぇからさ♡」

 レジェロ様は、血のついた頬を手の甲で拭いながら、肩越しにウィンクした。

 ✤✤✤

 あんな事が起きてしまったので『聖女様への謁見』は午後から中止になってしまったわ。私は、腰が抜けたままレジェロ様に抱き上げられると、部屋まで連れ戻された。
 手の震えが止まらない。
 私をベッドに座らせてくれた、レジェロ様は、震える私の肩を抱いて引き寄せてくれた。

「ありがとう……レジェロ様。レジェロ様が居なかったら……殺されていたわ」
「んーー。聖女ちゃんを護るのは、ウロボロスの騎士の特権でしょ♡」

 まだ震える私の指を、レジェロ様はぎゅっと握ると、抱き寄せ額に口付けた。こんな状況にも関わらず、私の心は意識するようにぽかぽかと温かくなり、全信頼をレジェロ様に預けて、安堵する。
 レジェロ様は性格に難ありだし、正義の味方なんかじゃないけど、私にとっては一番頼れる味方なんだと思う。
 心が落ち着きを取り戻していると、強くノックする音がして、私は飛び上がってしまった。

「聖女様、ご無事ですか。お怪我はありませんでしょうか」
「アリア様っ……だ、大丈夫です。お入り下さい」

 私は、恥ずかしくなってレジェロ様の胸板を押し退けると、駆け付けたアリア様に、入るように促した。お務めを終えて、急いで私のところまで駆け付けて下さったのかしら?
 巫女と共に入室したアリア様は、青褪めた様子でいる。私は、彼女を安心させるように側まで近寄ると、手を取った。

「良かった……。申し訳ありません。聖女様をこんな目に合わせてしまうなんて。私共の落ち度ですね」

 アリア様は私の手をぎゅっと握りしめながら、本当に申し訳なさそうに謝罪した。あの日の奇跡から、今まで以上に、数え切れないほどの人々がブリッランテ神殿を訪れている。
 手が回らず、警備の網の目を潜り抜けて、悪い人が潜り込む隙はあるのかもしれない。
 
「いえ、私も無防備でした。レジェロ様が制して下さらなければ、あの刺客に近付いていたと思いますし」
「んまぁ、人気者になればそれだけ敵も多くなるしねぇ♪ 大丈夫だって、聖女ちゃんに近付くゴミは、俺が一人残らず粛清しゅくせい☆すっからさ」
「……とはいえ、私もレジェロ様と同じく聖女様をお護りする役目がありますので、警備の魔法使いを増やしましょう」

 レジェロ様はベッドの上で寛ぐように足を組むと、明るい調子で言う。アリア様はレジェロ様の言葉を受け止めつつ、負けじと必ず私も聖女様をお護りしますと、両手を握って誓った
 帝都に居る人達の為に、聖女の力を使っているつもりだけど、私の事を魔女と思う人はやっぱりいるのね……。ショックで落ち込んでしまいそうになるけれど、私の授かった力は、多くの人にとって必要な力だと信じてる。

「ん~~でも、あの狼ちゃんの雇い主が気になるんだよねぇ。単独犯かもしれねぇけどかなり手練れてるし。強烈な聖女アンチを、装ったんじゃねぇかとか思うわけよ」
「もしかして……ランスロット様?」
「どうかねぇ。黒衣の竜騎士くんだったら、もうちょっと慎重に頭を使うんじゃねぇかな♪ ところで獣人界隈って、いろんな種族と上手くやってける奴らばっかだけどさ、同族の繫がりを何よりも大事にするんよね」

 それはエルフも一緒じゃないかしら……どちらかと言うと、他の種族の事を見下している感じだけれど。
 獣人達は確かに人当たりは良い。
 だけどあまり他種族が、獣人族の文化やいざこざに立ち入られるのを嫌がるから、レジェロ様の言ってる事は分かる。
 だけど、それとこれとどんな繋がりがあるのかしら?

「どういう事?」
「あいつの使い所をどうしようか迷ってたけど、探って貰うかな♪ 聖女ちゃんに、もの凄ーく会いたがってる獣人が居るんだよねぇ♡ 新たな仲間は必要っしょ。覚えてる? モッソくん。活躍してくれそうじゃない?」

 ――――モッソ様?
 獅子の獣人でランスロット様と一緒に邪神軍を倒した、英雄のモッソ様?
 彼なら探れるのかしら? 
 酒宿場で少しお話しただけだし、私に会いたがっているなんて意外だったけれど、味方になってくれるなら嬉しい。


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