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18 古の伝承①

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 アリア様が用意して下さったのは、清楚な白のフリルのついたお姫様のようなドレスに、深緑の天鵞絨ベルベットのフード付きガウン。それを纏うと私も、なんだか聖女らしくなる気がするわ。
 それから、レジェロ様が下さった蒼玉サファイアの指輪をすると、まるで御守りのようにキラキラと輝いていて、素敵。
 レジェロ様が、善人だとか言う気はないのだけれど、真っ先に駆け付けてくれて、私を護る約束を果たしてくれた事は、嬉しかったわ。
 あのランスロット様に対しても、牽制するような事を言ってくれたので、私の中ではレジェロ様の株が、ほんの少しだけ上がったような気がする。
 
「よし、これでいいかしら」
「ドルチェちゃん、お着替え出来たー? 君の体の隅々まで知ってるのにぃ、今更恥ずかしがる事ってあるぅ? 早くキャワワなお姿を、俺に見せてちょーだい♪」

 こう言う、デリカシーのない所は本当に呆れちゃうんだけど。もう、レジェロ様は生まれつきこう言うエルフなんだと割り切るしかないわね。
 お部屋の扉を開けると、壁に持たれるようにして腕を組み、待っていたレジェロ様が、私を見てニヤリと笑った。

「あーー。すっげぇいいじゃんソレ♡ まさに穢なき最強さいつよ聖女ちゃんって感じで。このまんま抱きたくなっちゃうね。ちょい胸元が見えるの、最高に可愛いしぃ?」
「もうっ。神聖な神殿でなんてこと言うの。絶対にアリア様の前では、はしたない事を言わないでね、レジェロ様」
「ひっどいなぁ、俺だって一応弁えくらいは知ってるよん♡ まー、未来を見通す力のあるアリアちゃんに、本性を隠したって、無駄な気はするけどぉ」

 レジェロ様は鋭い目でニヤリと笑うと、私の背後に回り両肩を押しながら、アリア様が待つ、お部屋に向かう事になった。
 ブリッランテ神殿には、屈強な騎士様は居ないけれど、全ての護衛が魔法使いなのはとても珍しい気がするわ。
 木漏れ日が入るアリア様のお部屋は、書斎のようになっていて、沢山の本棚がある。これはお付きの方に読んで頂いているのかしら? それとも魔法で文字を読むの?
 そして、紫色の魔石で作られた光源が、ぼんやりと部屋を照らしている。魔石を、部屋の明かりとして使うには、あまりにも高価過ぎるから、私達のような庶民には買えないけれど……とても綺麗だわ。
 その淡い光の中で、椅子に座ったアリア様が、私達の気配に気付いて顔を上げた。

「聖女様、ご用意した物はお気に召されましたか?」
「は、はいっ……素敵なお召し物をご用意して頂き、ありがとうございます。私のお、お部屋まで作って下さって、アリア様になんとお礼をすればいいか」
「貴女様のためにご用意した物ですので、遠慮は入りません。どうか、私の事はアリアとお呼び下さい」

 まさか、元皇族でブリッランテの予言の巫女様を、敬称もつけずに呼ぶなんて、私には出来そうにないわ。アリア様はどうやら、この神殿の高位巫女のようだし。
 付添人のエルフの巫女がお座り下さい、と言われる前に、レジェロ様はドカッと座る。
 
「いやぁ、あの神竜の暴走はワクワクしたねぇ。俺が直々にブッ殺せなかったのが、残念だけど♡ ねぇねぇ、アリアちゃん、俺達たっくさん質問があるんだよねぇ。聖女ちゃんの事とか、あの死竜の事とか、予言とかさぁ。説明してちょーだい♪」

 レジェロ様はふざけたような口調だけど、鋭くアリア様に質問する。本当にレジェロ様にとっては元皇族も、予言者も関係ないのね。

「――――ええ。本来ならば予言や聖女様について、アリオーソ神殿の司祭が、聖女様にご説明をするべきなのですが。メヌエット女帝の息が掛かっておりますので」

 淡々と話すアリア様に、私は違和感があったわ。メヌエット様と幼い頃に生き別れになったせいなのか、どこか他人行儀だもの。

「メヌエット様の……。でも、ソルフェージュ帝国を統治する皇帝一族は、代々女神アリオーソの、敬虔な信者だと両親に聞いた事があるのですが。本当は違うのですか?」
「いえ。敬虔な信者である事は今も変わりありません。私も女神ブリッランテに選ばれる以前はそうでした。ですが、メヌエットは……幼い頃の私から見ても、皇帝に相応しい器とは言えないでしょう」

 膝の上に両手を置いたまま、アリア様はなんの迷いもなく、そう言うので、私とレジェロ様は顔を見合わせたわ。そう言えば、レジェロ様も、メヌエット様の事をあまり好きじゃないと言っていた気がする。

「アリア……様、それは、どういう意味ですか?」
「私の記憶の中にある妹は、愛する者をわざと傷つけ、かいがいしく世話をするのです。可愛らしい野生の動物から、愛玩動物ペットにいたるまで。蝶のはねをちぎるのも好きでした。そして、死んでしまった蝶のために泣くのです。そのような行動を、お父様やお母様に話しても信じなかったけれど……。このような個人的な話はどうでも宜しいですね。本題に入りましょう」

 あの慈愛に満ちた美しいメヌエット様が、幼少期にそんな恐ろしい事をしていただなんて、私には全く想像がつかなかったわ。アリア様は、実の妹の事を恐れているようだった。
 
「へぇ? やべぇ女って、ゾクゾクしちゃうね。そうなると、弟君のグラーヴェくんとの関係も深読みしちまうよなぁ?」
「…………」
「弟が生まれる前に、皇族を離れた私には分かりません」

 そういえば、メヌエット様は体の弱いグラーヴェ様を溺愛されていると聞いた事があるわ。でも、憶測おくそくで、考えるの止めようと、私は頭を振った。

「アレクサンドラ大陸の創世記より、純血を重んじるオーガを除く、全ての小国と種族が寄り集まり、やがてソルフェージュ帝国が建国されました。その当時は二つの口伝が伝えられていたのです。七神と決別した生と死のディソナンスが、邪神として降臨し、神々が創造した全ての種族と大陸を恐怖で統治する……と」
「そのお話は、帝国学院で先生から教わりました」

 アレクサンドラ大陸では、一般常識と言っていいほどの歴史だわ。邪神軍の攻撃が、眠りに入っているかのように穏やかな時もあれば、活発な時もある。それはまるで災害のようで、大陸の発展の歴史でもあるのだから。アリア様は、私の言葉に、微笑んで頷く。

「混乱の時代に全ての竜の母、アリオーソの神竜に選ばれし黒衣の竜騎士がソルフェージュ帝国に現れ、悪しき邪神を封じる。今、ソルフェージュとアレクサンドラ大陸で伝えられている伝承はここまでです」

 それが、人々の希望でもあったわ。

「……ただし。この大陸が闇と恐怖に包まれる時、古の竜と慈愛の女神アリオーソの魂の欠片と、印を宿した聖女が現れる。世界は光に包まれ、この大陸に真の平和が訪れるのです」

 どういう事なのかしら?
 黒衣の竜騎士様……ランスロット様が邪神を封じて終わりだと思っていたのに。闇と恐怖に包まれる……だなんて。

「なーーんか、女神様のプランBみたいな言い方だねぇ。はっはーん、理解♡ 細かく言うと、ソルフェージュ連合騎士団に、伝説の勇者が出現する事は、予め皇族に予言されてたってわけ?」
「そうです。ブリッランテの予言の巫女は代々皇族にそう伝えておりました。もちろん、聖女様の事も。ですが、ソルフェージュ帝国にとって、帝国に仕える騎士が神竜と共に邪神を封じ世界が平和になる。それだけに留めておく方が、都合が良いのでしょう。帝国に忠誠を誓った英雄が一人いれば、それで良いのです」

 帝国の騎士団が生んだ勇者が、世界を救うだけで皇族の権威は安定する……のかしら。だから、聖女の存在が文献からも抹消まっしょうされてしまったの?

「こうして、聖女様の伝承はこの大陸から消されてしまったのです。貴女様の存在を知っているのは、古きエルフ、ブリッランテ神殿にいる最高位の私と側近。そして、アリオーソの最高司祭、側近の巫女だけでしょう。けれど、私達のように視る能力のないアリオーソの司祭は、伝承には半信半疑です。そして、上層部の聖職者は腐敗しております」

 アリオーソはとても人気のある女神様だから、帝国の他にも多額の援助もあるわ。私は悪い噂なんて聞いた事がないけれど、お金にしか興味のない方も、いるかもしれない。

「聖女という存在が、どうして邪魔なのか理解できたわ。私の存在はランスロット様の功績を危うくしてしまうし、ソルフェージュ帝国にとっても……、皇帝とは別に崇める存在が民に出来てしまうから」
「だから、命を護るために女神アリオーソとえんもゆかりもねぇ場所に、ドルチェちゃんは生まれたってわけ? 酒宿場に働く庶民Aが聖女だなんて普通は思わねぇよなぁ? んで、俺以外にドルチェちゃんを見つけられなかったんだ。ま・さ・に、運命♡」

 レジェロ様は頭の後ろで手を組むと、椅子の上でふんぞり返った。アリア様は少し眉を顰めると、溜め息をついて言ったわ。

「ですが、貴方のような誠実でないエルフが、聖女様のウロボロスの騎士に選ばれたのは、意外でした」

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