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5 運命の歯車は回りだして①

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 あれから、一週間が経った。
 あの後、私は目の下にクマを作って、酒宿場からランスロット様の御一行を、お父さんとお母さんと共に見送ったの。
 レジェロ様が能天気に『ドルチェちゃん、良かったよ。バイバイ~~』なんて言うものだから、両親とランスロット様達に、不審な顔をされたわ。私は顔を真っ赤にしながら俯くしかなかったけれど、本当に最低なエルフだわ。
 私は娼婦なんかじゃない。あんな最低なエルフに、処女を奪われるなんて最悪だわ。それから流されて、あの後レジェロ樣に四回も体を許しちゃうなんて、私は一体どうしちゃったんだろう。

「レジェロ様は『また今度、どこがで会ったら宜しくね♡』なんて言っていたけれど、もう二度と会わないんだから! それにもうこの宿には泊まれないよね……うん」

 私は、自室で髪を梳いて寝る準備をしていた。体はお仕事で疲れ切っているけど、一人になると悶々もんもんとあの日のことを思い出してしまう。
 酒宿場は、英雄様御一行が泊まられたっていう噂が広がって、今日も大忙しだったの。ぜひ、ランスロット様達の泊まった部屋を使いたいって聖地巡礼の観光客や、冒険者ギルドの方々が利用して下さるようになったから。
 今夜も宿は満室になっていて、我が家にとっては本当に有り難いけれど……。
 私はまだ色んな感情が整理できていない。ランスロット様のあの夜の不貞のこととか、レジェロ樣と、一夜を共にしてしまったこととか。
 レジェロ様のことは腹立たしいし、許せない。大嫌いなはずなのに、彼が去ってから妙な心細さを感じてる。ただ遊ばれて、最低な事をされただけじゃない。なのにどうして。

「はぁ……」

 ずっとモヤモヤしているから、お部屋にいる問は、ついつい独り言が多くなってしまうからいけないわ。私は櫛を置くと、お気に入りの小さな手鏡を覗き込みながら、もう一度重い溜息を洩らした。

「レジェロ様は、本当にもうここには来ないのかな? き……気になってるとか、そう言うんじゃないの。私一体どうしたのかしら。レジェロ様のことなんて、絶対に好きになんてならないもん。だって、最低な強姦魔よ」

 そう言えばあれは一体、なんだったのかしら?
 私はあの夜、ようやく営みが終わりベッドの上で、急いで服を着替えていた。すると裸のまま寝転がって、私を見ていたレジェロ様が変なことを言っていたのを思い出した。

『ドルチェちゃん、君さ。気ぃ付けねぇと殺されちゃうよ?』
『え……? どうしてですか。まさかランスロット様が、なんて冗談なら聞かないです』
『んーー。もう一回戦したら、教えてあげてもいいよーん』
『も、もうしませんっ。不吉な事言わないで。私は誰かに恨まれたり、殺されるような事なんてしてないです』
『まっ、俺はちゃーんと忠告しましたからね♪ んじゃ、パパとママに見つかる前に、お部屋に帰りなよ。また今度どこかで会ったら宜しくね♡』

 あの日は混乱していたし、誰かに見つかる前にお部屋に戻らなくちゃ、って考えていたから気にしてる暇は無かったわ。レジェロ樣の性格からして、悪い冗談っぽいし……。でも忠告だって言っていたのが気になるの。
 
「エルフ族はみんな生まれながら魔力を持ってるから……予言ができるのかしら。ううん、もう怖いわ。深く考えるのはやめ! 明日も忙しいから寝なくちゃ」

 こんな事、お父さんとお母さんには相談できない。一人娘が『殺されるかもしれない』なんて聞かされたら、きっと二人共寝込んじゃう。それに、お客樣のお部屋に、どうして夜分遅く一人で行ったのかなんて聞かれたら、答えられないわ。
 私はナイトテーブルに、櫛と鏡を置くと、冷たいシーツの中に潜り込んだ。今日もいつも通りの日常だったじゃない。明日も、明後日もきっといつもの忙しい日々が続くだけだもの。
 頭までシーツを被った私は目を瞑り、嫌な想像を打ち消すように、睡魔が訪れるのを待った。

✣✣✣

「………んっ……なぁに」

 なんだか外が騒がしい気がするわ。もしかしてお客様達がこっそり抜け出して、酒盛りを始めているのかしら?
 実は前にもそんな事があったから、私はお父さんを起こして、一緒に様子を見に行こうかと思ったの。
 部屋の扉を開けると、そこにはカンテラと剣を持ったお父さんと、その後ろに隠れるようにして、強張った表情をしているお母さんがいた。お母さんは私を見ると、ぎゅっと抱きしめる。

「お母さんどうしたの? お父さん、な、何かあったの?」
「ドルチェ、お前はお母さんと共に部屋に戻っていなさい。なんだか外の様子がおかしい。二人共、鍵を掛けて部屋から出るな」
「盗賊団かもしれないわ。怪しい人影が窓の外をうろついていたのよ。それから酒場の方が騒がしくなって……悲鳴が聞こえた」
「今夜のお客様たちは、手慣れた冒険者ギルドの方ばかりだ。本当に相手が盗賊団なら、なんとか彼らと連携して、助けを求める」

 私は、お母さんの腕の中で青褪めた。
 ソルフェージュの帝都オラトリオは、比較的治安も安定していて、経済的に活気はある。
 けれど、貴族のお屋敷に盗賊団が入り、主人と召使いが殺されて金品を奪われた恐ろしい事件があったの。お金持ちの商人のお屋敷を狙って火をつけられたなんていう恐ろしい犯罪も、聞いたことがあるわ。
 特に邪神の勢力が拡大している時は人の心が荒み、犯罪も多くて、お昼間でも女の子が一人で歩けない場所もあった。
 今はランスロット様達が邪神軍を追い払ってくれたから、自警団の人達も衛兵も帝都を見回る余裕ができたみたいだったのに。

「お父さん、気を付けて……。無理して立ち向かわないで。危ないと思ったら引き返してね」
「ああ。大丈夫だよ。ビオラ、ドルチェを頼む」
「貴方、どうか無事で」

 私は、震える手を取り合いお母さんたちの寝室に入って鍵をかけた。私もお母さんも武器を持って戦えない。お父さん以外の人が入ってこれないようにしないと殺されちゃう。
 この部屋にあるのは花瓶と、小さなペーパーナイフ。いざとなればこれで、お母さんと私の身を守るしかないわ。
 そう思っているのに、怖くて私はベッドの真ん中に座ったまま、ぴったりとお母さんにくっついて、固まっていることしかできなかった。

「お母さん、怖い」
「ドルチェ、大丈夫よ……大丈夫。お母さんが守ってあげるからね」

 誰かの怒号と金属がぶつかり合う音、そして悲鳴が聞こえると、私はぎゅっと目を閉じる。
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