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復讐③

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 僕とばぁちゃんが一年三組の教室を出ると、女子生徒の笑い声のようなものが聞こえ、そちらに視線を向けた。
 ちょうど僕達が来た方向、階段を登る踊り場に消えゆく影を見つけ、僕達は早足で背中を追いかけた。キリの穴から出血していた不気味な壁も、いつの間にか消え失せて、今は、侵入者たちに落書きされた良くある廃墟の学校へと変わっていた。
 ひらり、と学生服のスカートが舞うのを見て、僕は息を切らしながら優里さんの後を追うように階段を登り、声をかけようとした。

「ゆっ……!」

 僕に背を向けるようにして立っていた優里さんの目の前に、まるで妖怪のような曽根さんの大きな顔が、みっちりと詰まっていた。
 鼻血を垂らしたまま、曽根さんはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ獲物を探すかのように、四方八方に目ギョロギョロと動かしている。
 さすがのばぁちゃんもその光景に、気味悪そうに眉をしかめていた。

『ねぇ、優里。あんた……林田ノコト好きナノ?
駄目ダヨ~~、加奈も狙ってるシィ。加奈に逆らったらドウナルカ知ってるの? 学校卒業デキナクナルヨ? ねェそんな事ヨリ、あいらの知り合いに芸能事務所のヒトがいるんだァ。その人が、優里を紹介シロってうるさいの。
カラオケ一緒に行って、お金貰うだけダカラー大丈夫! あいらの為二、一生のオネガイ!』

 曽根さんの顔が大きく耳まで裂けると、優里さんを飲み込もうとするように覆いかぶさる。
 彼女の口の中からは、裸の中年らしき男の腕が伸びてきて、優里さんは悲鳴をあげながらその場に座り込んだ。 
 その瞬間、また壁に小さな穴が空いて、血が流れ出すと僕は思わず歯を食いしばってしまった。
 また、あの気味の悪い感覚が僕を襲って嘔吐しそうになり頭をブンブンと降った。

『いや!!』
『ナニヨ、優里。トモダチでしょ? 私東京でアイドルにナルノ。協力シテヨ……シテクレナイなら、また……ひどい目に合わせるから』

 その会話から、生前の曽根さんと優里さんの間で起こった出来事は何となく想像がつく。僕ははらわたをかき回されるような、嫌な気分になった。
 なぜ、こんな酷いことをかつて友人だった人にできるのだろう。
 飲み込まれる寸前で、僕は反射的に優里さんに駆け寄り、大きな顔の曽根さんに向かって龍神真言を唱えた。
 不意打ちを食らった、大きな顔の悪霊は悲鳴をあげながら後退し壁に吸い込まれる。
 僕はそのままの勢いで、優里さんの肩に手をかけると声をかけた。

「優里さん、大丈夫……、君のことを……」
『ヒュー、ヒュー、ゼェ……ゼェ……邪魔するな……クソっ、もう少しなのに……!』

 振り向いたその顔は、優里さんのものではなく、いつの間にか彼女の姿は消えて、目の前に男がうずくまっていた。
 その人は僕もよく知る杉本さんで、険しく表情を歪め睨みつけると、僕に激しい憎悪の感情を向けていた。
 もちろん彼は死者ではなく、姉を死の淵まで追いやった四人を恨み生霊となって現れた姿だ。
 杉本さんは、喘息の発作で咳込みながら僕の体を押すと、通常では考えられないような物凄い力で跳ね飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。
 慌ててばぁちゃんが駆け寄り、目を離した瞬間に杉本さんの姿は消え去ると僕は呻いた。

「っ……!」
『健、大丈夫かい。生霊ってのは、悪霊よりも力が強くて厄介なんだよ。相手を呪いたくて実行するほどの強い思いを持った人間の生霊なんて、特にねぇ』
「はぁ、いたた。生霊の相手は初めてだよ、ばぁちゃん。死んでる人間より、生きてる人間の方が怖いって本当だね……前回の悪霊より、対処に困るよ」

 僕はなんとか立ち上がると、呪詛の最深部に行くために階段を登った。
 これは霊感ではなくて、薄っすらとした僕の感だけど、優里さんが落下した屋上に呪詛の最深部、根源のようなものがあるんじゃないか。
 優里さんにとって、あの場所が意識があった最後の場所で、三人はみんな屋上から飛び降りている。

✤✤✤

 俺は吸引薬を深く吸い込むと、壁を頼りにゆっくりと立ち上がった。
 社会人になってから、しばらくおさまっていた喘息の発作も、最近になって酷くなってきたのは、他人を呪うと言う無意識の罪悪感がストレスになっているのだろうか。
 それとも『人を呪わば穴二つ』か。
 だが、今ここで自分が倒れるわけにはいかない。
 菊池加奈の持つ『お蛇様』が強力な力のせいで、呪詛を強める方法を試しても、主悪の根源こんげんである、あの女を呪い殺す事が出来ず、呪詛返しとやらをされたのかも知れない。
 だったらもう、俺が寝たきりの姉の為にしてやれる事は1つだ。

 ――――菊池加奈を呼び出して、殺す。

 俺は発作が落ち着くと、額の汗を拭き取って帽子を深く被った。朝日奈女子高等学校の屋上へと続く階段を、ゆっくり登っていく。
 時刻は約束の時間を少し過ぎていたが、俺はの女が校舎に入っていく姿を見た。
 ポケットに忍ばせた凶器を、汗ばんだ手で握りしめると、屋上の扉を開けた。

「…………貴方、真砂さんのマネージャー?」

 振り向いた加奈は僅かに驚いた表情を浮かべたが、何かを察したように俺を見つめた。
 両親が離婚して名前が変わった俺を、この女は認識にんしき出来なかったようだが、姉が高校一年の時に、実家に遊びに来たことがある。

「名字が変わっていたから分からなかった。優里の弟も貴志って名前だったわね」

 
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