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本家へ②

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 トンネルを内部にみっちりと広がる異形の魔物が、道路照明を飲み込みながら進んでいく。
 悪霊の単体が魔物化したり、年月をかけて集合体がお互いの意識を飲み魔物になってしまう事もあるが、あそこまで悪意があって気味の悪い姿のものを見たのは生まれて初めてだ。
 悪霊達の意識が溶け合っていると言うより、まるで大きな人毛の檻に、霊達が閉じ込められていて隙間からこちらに向かって必死に憎悪を向けて、とり憑こうとしている。
 映画や漫画のように、格好良く祝詞や式神、呪術を放つことが出来ればいいけど、ハンドルを握っている僕は、とりあえずあれに追いつかれないように必死に逃げるしかない。

「ちょっと雨宮、何となしなさいよ! 神社の跡取り息子でしょっ!」
「健くん! わ、私にも薄っすら視える……視えるよ、やだ、追ってきてるじゃない、気持ち悪い、何とかして!」

 ――――何とかしてくれと言われても困る。
 正直に言うと、速度を上げて追いかけてくる異形のモノから事故を起こさないように逃げるのが精一杯なんだけど。僕は緊張で、額に汗が流れ落ちるのを感じて叫んだ。

「――――ばぁちゃん!」
『よし来た、任せとき!』

 ばぁちゃんがニュッと僕の背中から出てくると、そのまま車の屋根ルーフを突き抜けて車の上で仁王立ちをすると異形の魔物と向き合う。
 式神達を何体か飛ばし、一瞬異形のモノは怯んだようにうごめいて歩みが遅くなったが、それを飲み込むようにして髪の毛で出来た口を一瞬大きく開け、式神達を飲み込んで行く。ばぁちゃんの舌打ちが聞こえると、車の屋根リーフの乗ったまま、僕に話し掛けてきた。

『健、ばぁちゃんと一緒に龍神真言を唱えなさい。あんたの霊力で力を増幅させる!』
「わ、わかった」

 僕の頭の中に、龍神真言の印を切るばぁちゃんの姿が視えた。僕はばぁちゃんの隣に立って印を切るイメージをすると、同時に真言マントラを唱える。
 ばぁちゃんの印に僕の霊力と龍神の加護を増幅させるのだ。

「ノウマク サンマンダ ボダナン メイギャ シャニエイ ソワカ!」

 辺りが一瞬光に包まれ、白龍が咆哮ほうこうを上げるように口を大きく開けたかと思うと異形の魔物は光の波に押されるようにして姿を消した。
 僕たちの車はそれと同時にトンネルを抜けたが、前方にブレザー姿の女の子が立っていて、反射的に急ブレーキをかけた。

「危ない!」

 梨子と僕が同時に声をあげたその瞬間、その女子生徒の眼前で車が停止する。
 僕は、その焦げ茶のくせ毛が胸元まである少女に見覚えがあった。彼女は悲しそうな目で僕を見るとそのまま溶けるように薄くなり消えていった。

「あの子、動画で見た子だ」
「え? なんですか?」
「また何かいたの?」

 あの異形の魔物に追われ、危機一髪ききいっぱつで人をきそうになった僕の心臓の鼓動は激しく鳴り、血の気が引いた。
 背後の魔物は消え、杉本さんと琉花さんはようやく安堵したように息を吐きつつも僕の言葉に食い入る。梨子は初めて見る異形の魔物と、前方にいた少女が消えてしまった事に呆然としていた。

「……さっきの女の子が、あの動画に出てたの? 健くんが言ってた……ブレザーの女子高生の幽霊」
「そう、なんだけど……」

 僕は口ごもった。
 何かを訴えようとしている、あの少女は確かに幽霊のように思えるけど何だか違和感がある。その違和感を上手く言葉にする事が出来ず僕は黙った。

「雨宮さん、もうこの場から離れませんか。気味が悪くて」
「あれから一時間も経ってる。どうなってんの、琉花の時計壊れた?」

 車の時計を見ると、信じられない事にトンネルに入ってから一時間も経っていた。
 そんな筈は絶対に無いのにまるで怪異によって時空を歪められたようで、僕は背筋が寒くなる。『闇からの囁き』を見てしまい呪いを受けた二人が共に居たから起きた事なのだろうか。

『とにかく、ここから離なさい』

 ばぁちゃんも早くこの場から去るように促しているし、なにより明くんを待たせている事を思い出した僕は、みんなの無事を確かめると車を走らせた。

✤✤✤

「地獄から帰ってきたような顔してるぞ、大丈夫かよ」

 明くんは僕の顔を見るなり、呆れたように言った。
 その姿は先日遠隔リモートで初めてあった時のような、ヒップホップ系ではなく袈裟けさを着た若い僧侶の姿だ。意外に事にきちんと正装してくるんだなと感心してしまう。

「いや、その……ちょっと、色々とあってさ。千堂くん、待たせちゃってごめん」
「まぁいいや、菊池さん所には遅れると連絡しておいたからさ。いやー、やっぱり美人の巫女さんの守護霊いいわー。って、えっ、あの子、真砂琉花じゃね? めっちゃ可愛いじゃん」

 その美人な巫女さんはうちのばぁちゃんだし、琉花さんに興奮して赤くなっている明くんはどうやら煩悩ぼんのうを断ち切れていないようで心配になる。
 琉花さんは完全に猫を被ってアイドルとして対応し、杉本さんも完全に営業スマイルを浮かべいるので僕と梨子は肩をすくめた。

「いやー! 後でサイン貰える事になったし姉貴に自慢できるわ。ありがとな、雨宮」
「あはは……で、菊池さんの家はここから近いの?」
「この先の畦道あぜみちを十五分くらい歩いて、坂を登れば菊池さんの家だぜ。車は俺んちに置いとけよ」
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