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仄暗い秘密①

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 僕はようやく気持ちを落ち着けると、再びパソコンの前に座った。
 体感時間では、五分も無かったのに時計はすでに午後の20時を過ぎている。
 どおりで喉が乾いているわけだ。

 あの不気味な霊の存在や黒い影の存在は、今は感じないけど、念の為に僕とばぁちゃんで力を合わせて結界を張る事にする。
 これで僕は、自殺した二人と、おそらく自殺したであろう梶浦さん。そして琉花さんと同じ状況になってしまった。

『この部屋にいる間は、かろうじて守られるけど、あの影はどこまでも付き纏うから面倒くさいねぇ。呪詛なんて虫唾むしずが走るよ』
勘弁かんべんしてほしい……真っ黒で正体がわからないのが一番怖いんだよ。それより、あの動画の女の子は、いったい誰なんだ。
 朝比奈女子高等学校の制服だったけど、美術部の子じゃないのかな?」

 あのSNSの集合写真に乗っていた女の子の中には居なかった顔だ。琉花さんの事ですっかり抜け落ちてしまったが、新しい情報を入手したんだっけ。
 僕は慌ててバイトが終わったであろう梨子と連絡を取った。

『今、琉花ちゃんのマンションにいるんだよ。怖がってて……ちょっと尋常じんじょうじゃない感じだから一緒にいるの。闇からの囁きを見たって聞いたから、琉花ちゃんが飛び降りたらどうしようかと思って』
「そうか……。琉花さんのパソコンからアプリ立ち上げられるかな? 色々わかった」

 僕は、梨子に『闇からの囁き』を見た事を伏せた。
 行動的な彼女は、前回も相棒の僕を助ける為に危険な橋を渡ったので、今回も同じように呪いのサイトにアクセスする可能性がある。
 僕はこれ以上、いや、梨子には危険な目にあって欲しく無かった。

『――――やってみる。あ、そう言えば……! 休憩中に思い出した事があって。私の親戚に埼玉に住んでる従兄妹がいるんだけど、女子校に通ってたんだ。その時は知らない土地だし気にして無かったけど』

 ――――梨子の従兄妹が通っていた女子校は『朝比奈女子高等学校』だった。

 まるで、パズルのピースが合わさっていくかのように導かれている気がする。
 僕はアプリを立ち上げ、梨子がアクセスするのを待った。
 WEBカメラを気にする梨子が見え、隣には梨子にピッタリと寄り添い、毛布を被ったまま体を震わせている琉花さんにぎょっとした。
 式神達がせわしなく動いているけど、それを飲み込むように黒い影が濃くなってきている。
 烏帽子姿の守護霊の姿も、黒い禍々しい影に邪魔されてはっきりと見えず、数時間の間で確実に状況が悪化しているのが見えた。
 琉花さんの目の下にはクマが出来ていて、コスプレ美少女アイドルの面影もない位に覇気が無い。

「琉花さん、大丈夫か?」
『…………。変な声が聞こえるの。沢山の人の話し声とか笑い声とか。頭がおかしくなりそう。寒い……寒い……』 
『熱はないみたいなんだけど、救急車呼んだほうがいいのかな。親御さんに連絡したほうが……』
「少し、待って」

 琉花さんが少しでも気を抜いたら、まとわりつく黒い影に全身を飲み込まれ、自殺した女性たちのように思考が錯乱してしまいそうだ。
 こんなに早く防御が崩れるなんて、予想外だ。
 このままじゃ、琉花さんは正常な思考で夜を乗り越えらないかも知れない。
 梨子が帰った瞬間、命を絶つなんて事があったら、僕は曽根さんの時以上に後悔するだろう。
 もう、死者は出したくない。
 式神を遠隔リモート飛ばせるなら、もしかして――――。


『高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う龍王は

 大宇宙根元の御祖の御使いにして一切を産み一切を育て

 萬物を御支配あらせ給う王神なれば

 一二三四五六七八九十の十種の御寶を己がすがたと変じ給いて

 自在自由に天界地界人界を治め給う……』

 僕は印を作ると、これまでにない位に真剣に龍神祝詞を唱えた。僕か本当に龍神様のかんなぎとして、一番強い力を持っていると言うのなら遠く離れた琉花さんにも届くはずだ。
 脳内に、空をかける白い龍のイメージが降りてくると全身に絡みついてきた。 

 ――――琉花さんの呪いを解く。

 僕か目を開けた瞬間、琉花さんの体を押し潰そうとしていた黒い影がシャボン玉が弾け飛ぶように消えた。
 そして琉花さんはぐったりとして、眠りにつく。

『えっ、琉花ちゃん大丈夫? ねえっ……。あれ? 眠っちゃったみたい』
『寝かせてあげたらええよ。ふふふ、ばぁちゃんの言うた通り、あんたはやっぱり龍神様の一番のお気に入りだねぇ。教えても無いのに呪い返しするなんてさすがばぁちゃんの孫だよ。でも、呪いは元を絶たんといかんわ』
「ほ、本当にやれたの? と、とりあえず寝かせておいてあげよう。ちょっと帰り道で調べてて分かった事があるんだ」

 呪い返しをした覚えは無いが、琉花さんの呪いを解こうとした事が結果的にそうなったのだろうか?
 しかし誰に返ったのかも僕には確認できないし、呪いが解けたのかも半信半疑はんしんはんぎだが、画面からは邪悪な黒い影は見えず全く感じられないので、とりあえず成功したようだ。

 気を取り直して、僕は梨子にあのSNSの事を話して写真とアドレスを添付した。

『朝比奈女子高等学校、美術部ね。
 この人は、坂浦さくらさん。この人が曽根さんね……梶浦さんは、この真ん中の人? ねぇ、健くん。この投稿者の名前『Kana』だよ。この四人目の人が加奈さんなんじゃない?』

 四人の中でひときわ美人で知的な印象のある女子生徒が、加奈さんなのだろうか。
 カメラを意識しているのか、一人だけ行儀よく座ってはにかむように微笑んでいる。
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