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【水狼編】
幼なじみと恋模様①
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あれから、鳴麗は水狼について改めて考えてみた。
狼族は代々、西の國の白虎帝に使える一族である。
その中でも白虎帝に信頼され義兄と同じように、側近として仕えることができるのは、それだけ、文武両道で優秀だということだ。
「虫取りとか、魚釣りとか……劇を見て幼獣みたいにはしゃいでたのに。そうだよね龍月兄さんみたいに、優秀でないと出世なんてしないし。も、もしや……水狼はスパダリだった?」
鳴麗は頭を抱えるようにして自室でのたうち回っていた。
今まで、全く意識していなかったが、よくよく考えれば、水狼は学生の頃から同級生の雌に人気が高かった。
水狼は、他の狼族の中でも身体能力が高く、競技も武道も難なくこなしていつも一番を取る。
そしてそれなりに勉学もできて、性格も明るく、誰にでも優しく爽やかで容姿もいい。
思えば雌だけではなく雄の友人も多くいた。
それは今も変わらないし、人望も厚い。
もう成獣になったというのに、彼にふざけて抱き寄せられた時は、しっかりとした腕や胸板に、鳴麗も彼のことを幼なじみではなく『雄』として意識した。
「水狼と番になる。もしそうなったらどうなるの? わぁぁ、ぜんっぜん想像できないよーー! でも、水狼とは趣味とか、お話合うんだよね。だからうまく行くと思う」
義兄がいないことを良いことに、鳴麗は大きな叫び声をあげながら寝具から飛び起きた。
あれから、水狼はいつも通りで告白の返事を急かすようなことはなかったが、鳴麗のほうが妙に彼を意識していた。
「水狼にちゃんと返事しなくちゃ。ここでやらなきゃ雌がすたるな! うんっ! 改めてなんて恥ずかしいけど、番になる前提でお付き合いしよ」
鳴麗にとって『恋愛』は、友人の話からでしか想像できないが、大好きな人と特別な関係になれるなんて、素敵なことである。
水狼とこの先ずっと一緒にいることを想像したら、それはとても楽しいだろうと鳴麗は思った。
今日はちょうど、水狼と休暇が同じだったと記憶していたので、鳴麗は思い切って彼の家を訪ねることにした。
鳴麗はいつもより尻尾を綺麗に磨き、黒髪を整えると、最近購入したお気に入りの可愛い服を着て気合を入れる。
「んんっ、ゴホン!! この前の答えなんだけど……、付き合おっか。んー、可愛くないかなぁ。べ、別に付き合ってあげても構わないんだからね! ツンデレしすぎ? あーーもうわからん! 友だちに水狼役をしてもらって返事の練習をしたほうがいいかなぁ。ダメダメ、そんなの恥ずかしすぎるよ」
耳をへたらせながら、鳴麗は大きな溜息をついた。ともかく、今日は一大決心をして幼なじみの告白に答えるのだ。
✤✤✤
水狼の屋敷は、香西の中央区にある。
日の出と共に天馬に乗って西の國まで向かっているのだが、いくら天馬が距離を気にせず一瞬にしてどこにでも行ける駿馬とはいえ、主君のお膝元に住まないのは、不便だろうと鳴麗は思っていた。
『鳴麗といつでも遊べるように、ここに屋敷を建てたんだ。龍月さんは俺より忙しい人だから寂しくなったら、いつでも遊びに来てくれよ』
昔から水狼は、鳴麗にとって一番の親友だったので、そう言われた時は純粋に喜んだ。
今思えば、あれは雌として自分を意識していたのか、などと自信過剰になってしまう。
鳴麗は水狼の一人暮らしの屋敷に着き、緊張した面持ちで門を開け、玄関まで向かうと数回戸口を叩いた。
ソワソワとしっぽを振って待つ鳴麗は、格子戸の扉が開いた瞬間、ぬっと顔を出した見知らぬ『雌』を見て硬直した。
狼族の雌だ。
泣きぼくろが特徴的な美人だったが、どこかだらしなく服をはだけさせていて、いかがわしい。
彼女は寝起きのような表情で、頭を掻きながら、じっと鳴麗を見つめた。
「なぁに、あんた誰? あー、もしかして……こないだの子かな。水狼に用事?」
「………は? 貴女こそ誰?」
「おい、璃茉! そんな格好で外に出たら誤解……って、鳴麗!?」
後ろから顔を出してきたのは、明らかに動揺した様子で鳴麗を見る水狼だった。
事後のように服を開けさせた雌が、雄の一軒家にいるのだから、鈍感な鳴麗もそれがどういう意味を持つのかは理解できる。
しかも、両者の親しげな様子から見て、鳴麗がたどり着いた『答え』は一つしかない。
鳴麗は、頬を膨らませ大きな瞳に涙を浮かべると、顔を真っ赤にして尻尾を振り回し、踵を返した。
「お 幸 せ に !!!」
大声でそう言うと、鳴麗は裾を掴んで全力で走り出した。
告白の答えを先延ばしにしていたから、水狼は別の雌と番になったんだろうか。
それにしても、あまりにも心変わりが早すぎるし、本当はもうお付き合いしている狼族の雌がいたのだろうかという嫌な考えが彼女の頭をよぎった。
鳴麗は、水狼に恋人がいるという話を一度も聞いたことがない。
誰かと付き合っていたのを隠されたこと、水狼が鳴麗に言った言葉は、本当は本気じゃなかったのか、などと彼女の中で負の妄想がだんだんと大きくなっていく。
他の雌といる水狼を見て、初めて嫉妬という感情が湧いた鳴麗は、はっきりと自覚した。
「私も水狼のこと好きだったんだ……っ、ううー! バカッ、私を当て馬なんかにしないでよっ! もうっ、包子をヤケ食いしてやるんだからっ! 幸せになれっっ、バーーカ!」
鳴麗が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら走っていると、背後から慌てた様子で追い掛けてくる足音がした。
この足音は、鳴麗が聞き慣れた水狼のものだろう。
身体能力の高い彼に、追いつかれないよう鳴麗は必死に走るが、すぐそこまで距離を詰められる。
「鳴麗、ちょっと待ってくれ。おいっ! 違うんだって!」
「やだ!! 彼女のとこに帰りなさいよ! 追いかけてこないでってば!」
狼族は代々、西の國の白虎帝に使える一族である。
その中でも白虎帝に信頼され義兄と同じように、側近として仕えることができるのは、それだけ、文武両道で優秀だということだ。
「虫取りとか、魚釣りとか……劇を見て幼獣みたいにはしゃいでたのに。そうだよね龍月兄さんみたいに、優秀でないと出世なんてしないし。も、もしや……水狼はスパダリだった?」
鳴麗は頭を抱えるようにして自室でのたうち回っていた。
今まで、全く意識していなかったが、よくよく考えれば、水狼は学生の頃から同級生の雌に人気が高かった。
水狼は、他の狼族の中でも身体能力が高く、競技も武道も難なくこなしていつも一番を取る。
そしてそれなりに勉学もできて、性格も明るく、誰にでも優しく爽やかで容姿もいい。
思えば雌だけではなく雄の友人も多くいた。
それは今も変わらないし、人望も厚い。
もう成獣になったというのに、彼にふざけて抱き寄せられた時は、しっかりとした腕や胸板に、鳴麗も彼のことを幼なじみではなく『雄』として意識した。
「水狼と番になる。もしそうなったらどうなるの? わぁぁ、ぜんっぜん想像できないよーー! でも、水狼とは趣味とか、お話合うんだよね。だからうまく行くと思う」
義兄がいないことを良いことに、鳴麗は大きな叫び声をあげながら寝具から飛び起きた。
あれから、水狼はいつも通りで告白の返事を急かすようなことはなかったが、鳴麗のほうが妙に彼を意識していた。
「水狼にちゃんと返事しなくちゃ。ここでやらなきゃ雌がすたるな! うんっ! 改めてなんて恥ずかしいけど、番になる前提でお付き合いしよ」
鳴麗にとって『恋愛』は、友人の話からでしか想像できないが、大好きな人と特別な関係になれるなんて、素敵なことである。
水狼とこの先ずっと一緒にいることを想像したら、それはとても楽しいだろうと鳴麗は思った。
今日はちょうど、水狼と休暇が同じだったと記憶していたので、鳴麗は思い切って彼の家を訪ねることにした。
鳴麗はいつもより尻尾を綺麗に磨き、黒髪を整えると、最近購入したお気に入りの可愛い服を着て気合を入れる。
「んんっ、ゴホン!! この前の答えなんだけど……、付き合おっか。んー、可愛くないかなぁ。べ、別に付き合ってあげても構わないんだからね! ツンデレしすぎ? あーーもうわからん! 友だちに水狼役をしてもらって返事の練習をしたほうがいいかなぁ。ダメダメ、そんなの恥ずかしすぎるよ」
耳をへたらせながら、鳴麗は大きな溜息をついた。ともかく、今日は一大決心をして幼なじみの告白に答えるのだ。
✤✤✤
水狼の屋敷は、香西の中央区にある。
日の出と共に天馬に乗って西の國まで向かっているのだが、いくら天馬が距離を気にせず一瞬にしてどこにでも行ける駿馬とはいえ、主君のお膝元に住まないのは、不便だろうと鳴麗は思っていた。
『鳴麗といつでも遊べるように、ここに屋敷を建てたんだ。龍月さんは俺より忙しい人だから寂しくなったら、いつでも遊びに来てくれよ』
昔から水狼は、鳴麗にとって一番の親友だったので、そう言われた時は純粋に喜んだ。
今思えば、あれは雌として自分を意識していたのか、などと自信過剰になってしまう。
鳴麗は水狼の一人暮らしの屋敷に着き、緊張した面持ちで門を開け、玄関まで向かうと数回戸口を叩いた。
ソワソワとしっぽを振って待つ鳴麗は、格子戸の扉が開いた瞬間、ぬっと顔を出した見知らぬ『雌』を見て硬直した。
狼族の雌だ。
泣きぼくろが特徴的な美人だったが、どこかだらしなく服をはだけさせていて、いかがわしい。
彼女は寝起きのような表情で、頭を掻きながら、じっと鳴麗を見つめた。
「なぁに、あんた誰? あー、もしかして……こないだの子かな。水狼に用事?」
「………は? 貴女こそ誰?」
「おい、璃茉! そんな格好で外に出たら誤解……って、鳴麗!?」
後ろから顔を出してきたのは、明らかに動揺した様子で鳴麗を見る水狼だった。
事後のように服を開けさせた雌が、雄の一軒家にいるのだから、鈍感な鳴麗もそれがどういう意味を持つのかは理解できる。
しかも、両者の親しげな様子から見て、鳴麗がたどり着いた『答え』は一つしかない。
鳴麗は、頬を膨らませ大きな瞳に涙を浮かべると、顔を真っ赤にして尻尾を振り回し、踵を返した。
「お 幸 せ に !!!」
大声でそう言うと、鳴麗は裾を掴んで全力で走り出した。
告白の答えを先延ばしにしていたから、水狼は別の雌と番になったんだろうか。
それにしても、あまりにも心変わりが早すぎるし、本当はもうお付き合いしている狼族の雌がいたのだろうかという嫌な考えが彼女の頭をよぎった。
鳴麗は、水狼に恋人がいるという話を一度も聞いたことがない。
誰かと付き合っていたのを隠されたこと、水狼が鳴麗に言った言葉は、本当は本気じゃなかったのか、などと彼女の中で負の妄想がだんだんと大きくなっていく。
他の雌といる水狼を見て、初めて嫉妬という感情が湧いた鳴麗は、はっきりと自覚した。
「私も水狼のこと好きだったんだ……っ、ううー! バカッ、私を当て馬なんかにしないでよっ! もうっ、包子をヤケ食いしてやるんだからっ! 幸せになれっっ、バーーカ!」
鳴麗が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら走っていると、背後から慌てた様子で追い掛けてくる足音がした。
この足音は、鳴麗が聞き慣れた水狼のものだろう。
身体能力の高い彼に、追いつかれないよう鳴麗は必死に走るが、すぐそこまで距離を詰められる。
「鳴麗、ちょっと待ってくれ。おいっ! 違うんだって!」
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