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【龍月編】

不穏な兆し①

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 鳴麗ミンリィのあの表情を思い出すたびに龍月ロンユエの心が痛む。ある意味、この物騒な仕事が入って忙しくなった事が救いかもしれない。
 だが、それは玄天上帝と北の國にとってそれは不穏な影となっている。

貧民窟ひんみんくつで玄武様に対して、反旗を翻そうとしている一味がいます。その頭はどうやらジーアオ族の雄のチンだということは突き止めました。ですが、この男にはどうやら手足となるゴウ族の密偵がいるようですが、まだ突き止める事ができていません」 

 流れるような長い髪を垂らした玄武が、玉座の上で眼鏡を少し上げると溜息を漏らした。今やこの國で最も信頼できる龍月ロンユエが誰よりも早く、不穏な空気を感じ取っていた。
 以前から、貧民窟ひんみんくつで兵士と民の小競り合いがあったり、怪しげな集会が開かれていると聞いていたが、反乱を起こそうとするほど大きな組織ができていたとは。

「そうですか……、貧民窟の状況には頭を悩ませていました。蛟族や狗族に援助するための物資や金銭を、横領している者がいるのです」
「その都度、我々が壊滅に追いやっていますがイタチごっこですね。チンはどちらかというと、表向き革命家のような立ち位置です。ただ、一部の情報では違法な商売をした挙げ句、資金繰りに困って、犯罪組織から借金をしているそうで評判は悪いようです」

 龍月ロンユエは跪き、挙手をしながらそう答えた。陳のアジトを攻めて捕らえようと思っても、寸前になって逃げられてしまう。
 これは内部に謀反をおこそうとしている黒龍ヘイロン族の役人がいるか、密偵がいるに違いないと、龍月は探っている。
 最近、名前も姿もわからないが、非常に優秀な者が陳の周りにいるということだけは突き止められた。
 陳は、玄天上帝の政治への怠慢たいまんを指摘し、さらなる支援と、蛟族や狗族を救う新たな聖獣が必要だと声高く叫んでいた。
 それだけでもこの國では不敬となる。
 玄天上帝も、彼らを平等に救おうと手を伸ばしているが、北の國に住む霊獣たちの目は厳しく、彼らの意識を変えるにはまだ時間が必要なようだ。

「とはいえ龍月。資金繰りに困っている陳一味も物資や、金銭を横領している可能性はありますね。本気で革命を起こそうとしているのなら、その他に武器も蓄えているでしょう」
「彼を指示する貧民窟の民は、横領されているのを知らずにいるのか、または純粋に革命が成功することを信じて、彼らを援助しているのかもしれません」

 陳は革命家テロリストか詐欺師か。
 そのどちらかもしれないが、ともかく早く情報を集め敵の尻尾を掴まなければならない。聖獣の中でも最も強く、聡明で天帝に忠誠の厚い玄天上帝に歯向かうなど、天帝に逆らうのと同じことで重罪だ。

「正直なところ、君だけを頼りにしています。ですが、あまり根をつめすぎないようにしなさい。最近、鳴麗の表情が暗いようです」
「鳴麗の?」
「きちんと屋敷に帰っていますか? 連日、泊り込みで仕事をしていると他の官吏たちから聞いています。唯一の義妹なのだから、大切にしてあげなさい」
御意ぎょい

 情報の整理だけでなく、危険な相手との接触もあるこの仕事でいつ命を落とすかわからない。だから玄天上帝は、家族を大事にしろと言うのだろう。
 龍月は目を伏せると鳴麗のことを思った。

✤✤✤

「はぁ……やっぱり、避けられてるよね」

 鳴麗は大きな溜息をついた。
 龍月の仕事が忙しいのは本当だろうが、今までならどんなに忙しくとも、必ず鳴麗のために帰宅してくれていた。
 龍月のいない屋敷は昼間でも暗く感じて寂しい。こんな時は美味しい物を食べるに限る。

「もう、こうなったらひとりで娘娘ニャンニャン包子パオズパーティーするしかない!! あっ、水狼も呼ぼうかな!」

 自分で作るのもいいが、やっぱり鳴麗が北の國で1番美味しいと思う娘娘ニャンニャンの包子で悲しい気持ちを吹き飛ばしたい。
 帰りに水狼の家に寄ろうかと考え、家を出ると、通りで見覚えのある背中が見えて思わず声をかけた。

「あっ! カルマっ……こんにちは!」
「っ、びっくりした。鳴麗さんか……。今日は休みなの?」

 橙色だいだいいろの髪を気怠げにかきあげたカルマが、驚いたように振り返った。鳴麗の屋敷に用がある時以外で、このあたりを歩いているのは珍しい。
 鳴麗はパタパタと嬉しそうに走り寄ると彼の隣にきてにっこりと微笑む。

「うん、そうなの。義兄さんはお仕事だけどね。もしかして、カルマは龍月兄さんに会いに来たの?」
「いや、このあたりで用事があって歩いていただけ。最近、龍月には逢えてないなぁ」
「カルマも逢えてないの? 私だけじゃなかったんだ……。な、なんとなく龍月兄さんはカルマには逢ってるのかなって。特別な感じがしたから」

 そう言いながら、鳴麗の耳と尻尾がみるみる垂れていくのを見ると、カルマは困ったように頭を掻いた。

「俺、今日の仕事はもう終わりにするから、話聞こうか……? 鳴麗さん」
 
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